第8話 会話の産物(前)-2

 オズワルド氏に連れられて城下町を歩く。石畳の街路を踏みながら、眼前にある王城のシルエットが少しずつ近づいてきていた。

 天気は相変わらずの曇り模様だ。商店の並びをいくつか曲がり、視界の正面から王城が消えたかと思うと急に開けた場所に出た。そこには野球場のような大きな建物がそびえ立っていた。



「着きましたよ。『魔法闘技場』です」



 闘技場か……、なるほど。たしかに世界史の授業で見たコロシアムのように見えなくもない。名前の通りならこの中で魔法使いが闘っているのだろうか?


「その顔は、やはりここに来るのは初めてみたいですね?」


「はい、これはどういった施設なんですか?」


 名前から察するところはあるが、とりあえず聞いてみることにする。


「説明するより見るが早いと思いますよ。入場料は安いものですが……、せっかくなので今日は私が2枚買ってきますよ」


 彼はそう言うと私の返事を待たずに、建物前にいくつか並んだチケット売り場に駆けていった。そして時間をおかずに駆け足で戻ってきた。彼から紙のチケットを受け取り礼を伝える。


「お気になさらず。コーヒー1杯よりも安いものですから」


 再び彼に連れられて闘技場の入り口にいる受付の女性にチケットを渡し、入口の門をくぐる。すると、中に入ってすぐT字路のように廊下が分かれているところに行きついた。



「今日は左にいきましょうか」



 彼は左へと進んでいった。ホームとアウェイで応援席が分かれているのだろうか?よくわからないまま私も彼の後を追って左側の廊下を進む。

 外で観戦している人の声だろうか、たくさんの人の声が混ざり合い反響して聴こえてきた。少し歩くと上り階段が続き、それを抜けると階段状に並んだ座席が広がっていた。



 大きな声援が耳に飛び込んできた。


 満席――、とまではいかないが、座席には大勢の人が座っている。そしてその視線の先には野球場に似た菱形のフィールドが広がっていた。ここが「闘技場」だろうか?



「前の立ち見のとこまでいきましょう。そっちの方がよく見えますよ」



 オズワルド氏は座席の側面にある階段を下って行った。私はきょろきょろと周りの様子を見ながら彼を追っていく。一番前はそれなりの人だかりができていた。それでも闘技場の様子を見る邪魔になるほどではない。この雰囲気は「野球場」というよりも「競馬場」に近い気がした。


「この試合はもう大詰めのようですね」


 闘技場に目をやると、2人の魔法使いとおぼしき人が両手に杖を持って駆けまわっている。そして、その杖の先から突然火の玉が飛び出した。お化け屋敷で見る人魂の超巨大版のようだ。



 人が使う「魔法」を初めてこの目で見た瞬間だった。


 巨大な火の玉が出現したかと思うと、中空に現れた氷の塊がそれをかき消した。私の人生経験のなかで今見ている光景は、テレビやゲームの中でしか存在しないはずの超常現象だ。


 あまりの衝撃に目が釘付けになっていたのだが、急に闘技場の魔法使いは2人とも動きを止めた。



「決着がつきましたね」



 オズワルド氏はそう言った。ただ、私から見る限り、2人の魔法使いはどちらも無傷だ。決着は、「相手を倒す」ではなく別のルールがあるのだろうか? この時の私はよほど驚いたような顔をしていたのか、彼は笑いながら話しかけてきた。


「初めてでしたら驚きますよね? ここは魔法使いが技量を競い合う場所なんですが、同時に賭け事の場でもあるんです」


 賭け事? 意外な言葉が飛び出した。いよいよ競馬・競輪の類の気がしてきた。オズワルド氏はこの闘技場、そして「魔法闘技」について詳しく説明してくれた。



「『魔法闘技』は、1試合に必ず4名の魔法使いが参加します。彼らはどれだけ優れた魔法使いであっても事前に申告した3つの魔法しか試合中は使えません。攻撃魔法を選ぶのか、補助系を選ぶのか……。その辺りの選別は術者ごとに自由に決められるようになっています」


 私は持ち歩いてる簡易な手帳にその内容をメモした。今聞くだけでは全て覚えられないような気がするからだ。


「そして、なにより大事なのが、勝敗の決し方ですね。お気づきになられたかもしれませんが、魔法で術者自体を攻撃することはほぼありません」


 たしかに……、先ほどの闘いでも誰かが直接魔法でやられたようには見えなかった。


「各術者の頭の上に透明の的が浮いてるんです。そのままみんな『的』と呼んでますね。魔法が施された特殊なアイテムで、術者の魔力で多少は動かすこともできるようです。あんまり遠くとかは無理と聞いてますけどね」


 「的」の存在には気付かなかった。察するに、魔法の攻撃でその的を射られた人が敗北だろうか?



「とてもシンプルに――、魔法で的を攻撃された人が負けになるわけです。そのルール上、的を自分の背中に隠すとか視界から消してしまうのは反則になります。術者への直接攻撃は危険を伴いますし、最悪死ぬかもしれませんからね。それでも少なからず怪我をする者もいますし、直接攻撃をしないから安全、というわけでもないですが――」


 オズワルド氏は、魔法による術者への直接攻撃について詳しく話してくれた。極端な話だが、魔法で対戦相手を戦闘不能にしてから的を攻撃したら外すはずがない。

 だが、ルール上これは違反に当たるらしい。基本は的に向かってか、もしくは威嚇や牽制の意味合いで術者がいないところに魔法を撃つのは許されている。だが、直接術者を狙うのは反則負けになるそうだ。


 ただ、動きまわる闘いの中で、的狙いや牽制の魔法が術者へ向かう場合も当然ありえる。そもそも、的の位置自体が術者から非常に近いところにあるのだ。狙った本人にその気がなくても、人に当たってしまうケースはいくらでもあるだろう。


 この辺りの判定は非常に難しいようだが、私はそれをサッカーのディフェンスのように捉えて理解した。

 ボールに向かってのスライディングはファウルをとられないが、ドリブルしている人や足に向かってはファウルになる。おおよそは同じ理屈だと思った。



「参加されている魔法使いはどこかのギルドに所属している方々ですか?」


「そういう人もいれば、いわゆる『フリー』の人もいますね。ギルド所属の魔法使いはギルド側が承認しなければ出場できない仕組みのようです。『賭け事』が絡みますから一部のギルドは参加を許可していないようです。代表例を挙げると『やどりき』という大きな魔法ギルドですね。品格を非常に重んじるギルドですから」


 「やどりき」――、パララさんがひどい目にあった一件で名前が出てきたギルドだ。たしかあの時も、規模が大きく品格のあるギルド、という話を聞いた気がする。



「『賭け事』というと……、誰が勝つかを予想するということですか?」


「そうです。ただ、これが中々奥が深くてですね? まず、先ほど少し触れたようにどんな魔法使いでも、ここで使っていい魔法は事前に申告した3つだけです。そして出場する選手の誰と誰が闘うかは、当日の試合開始数時間前までは秘匿されています」


「なるほど。つまり、とても優れた魔法使いであっても申告した3つの魔法がたまたま対戦相手の魔法と相性が悪ければ勝てない……、ということですか?」


「さすが、スガワラさん! 理解が早くて助かります。試合開始の何時間か前から出場する術者はこの建物の一室で待機するルールにもなっていますから、対戦者同士の結託もできないわけですね」


 つまり出場選手がわかっていても、実際に試合で戦うかどうかはまた別ということか。出場する魔法使いは申告する魔法を、誰とどういう組み合わせで闘うか考えて選ばなければならないわけだ。


 そして、お金を賭ける側も同じく、魔法使いの技量と使える魔法、対戦カードを見て誰が勝つかを予想しなければならない。これはたしかに奥が深そうだ。


「試合として観戦する楽しさは当然あります。さらに勝ち負けを予想する楽しさもあるわけです。そして、スガワラさんにここを紹介した理由ですが、この賭け事をしている人たちの魔法に関する知識がすごいんですよ?」



 私はオズワルド氏の話を聞きながら、以前に友人と競馬を見に行った時を思い出していた。友人の付き添いで行ってみただけで、私の競馬の知識は乏しかった。一方、競馬を趣味にしている友人のその知識量は、素人ながら驚かされたものだ。


 やれ血統がどうとか、馬場状態がどうとか、コースの内が荒れてるとか外が伸びる、とか……、いつから競馬の専門家に鞍替えしたのか、と言いたくなる知識を披露されたのを覚えている。



 きっとこの魔法闘技場で賭け事をしている人たちも同じなのだろう。「賭け事」はそれほどまでに人を虜にして惹きつける魅力があるのだ。


「その『賭け』はどこで行われているんですか? ここにいる人たちにはあまりそういった気配がありませんが?」


「ああ、それはですね……。ここに入った時、廊下が左右に分かれていたのを覚えていますか?」


 私は少し前の記憶からその光景を思い浮かべた。


「今いる左側はいわゆる観戦目的の人ばかりの席なんです。逆に右側は賭け事目的の人ばかりの席なんですが――、どうにも私は向こうの空気が合わないのでこちらに来ました」


 彼の話し方と表情からなんとなく右側の空気を察した。これに関しても競馬場と似ていると思う。実際にレースを観戦する場所はとても開け放たれていて清々しかった。


 一方で馬券を買う場所は、地べたに新聞を引いて赤ペン片手に唸っている人やレース結果への不満、騎手への罵倒を吐き出す人など近寄りがたい人がたむろして閉鎖的な空間ができあがっていた。


 ようするにどんな世界でも、競技や試合にギャンブルの要素が合わさると似たような環境を生み出すのだろう。



 オズワルド氏の説明は非常にわかりやすく、この「魔法闘技場」のルールがわかってきた。たしかにここに出入りするようになれば自然と魔法に詳しくなれるかもしれない。


 ただ、右側のエリアに足を踏み入れるのは勇気がいりそうだ。



「あともうひとつ、スガワラさんにお話ししたい『とっておき』がありまして――」


 彼はここまで言った後、もったいぶるように話を止めた。そして私の目を見ると続きを話し始めた。


「運がいいですよ、スガワラさん?」

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