第3章 友達

◆第8話 会話の産物(前)-1

 お昼過ぎ、私は中央の城下町に来ていた。今日は酒場がお休みの日だ。空は厚くどんよりとした雲に覆われていて、まとわりつくような湿気を感じる。


 外出前、ラナさんから「お天気は心配ないですよ」と言われた。どこかで天気予報を聞けるのか、はたまた魔法使いは天気の予測ができたりするのか? とりあえず雨の心配はいらないようだ。



 先日、露店でアクセサリーを販売した際、昼食をとったオープンテラスのお店の近くを通りかかる。特別ここで食べたパスタがおいしかったわけではない。決して不味かったわけでもないが、何度も来て食べたいと思わせるほどの魅力は感じなかった。

 ただ、ここに来たのは少しの「期待」があるからだ。


 そして、それはいとも簡単に実現した。



「――スガワラさんですよね!?」


 テラスの一席に座っている男性が手を上げている。


「覚えていますか? 先日お会いしたオズワルドです!」


 私は彼の座っているパラソルの下のテーブル近くまで歩み寄った。


「こんにちは、オズワルドさん。今日はこちらでお仕事ですか?」


 彼はテーブルに使い込まれた手帳と情報誌を広げていた。中身が空になったティーカップがその隣りに置いてある。黒いシャツにチノパンのような――、ラフな格好をしている。どこの世界でも機能性重視の服装は同じようなものなのだろう。


「ええ、まぁそんなところです。お時間よければご一緒しませんか?」


 彼は前の空いた席へ掌を向けた。目じりにはっきりと笑い皺の浮かんだ優しい笑顔を見せている。私はお言葉に甘えてその席に座ることにした。ほどなくしてウエイトレスが注文を取りに来たので、コーヒーを注文する。オズワルド氏も紅茶のおかわりを頼んでいた。


「この店は飲み物のおかわりが無料なんです。それで書き物をするときはよく利用しています。店員はあまり気が利かなくて、こっちから呼びつけないと注いでくれないのが惜しいところですけどね」


 彼は内緒話をするように、テーブルに前のめりになって声を潜めながらそう言った。少しするとコーヒーと紅茶が運ばれてきた。早速ひと口だけすする。コーヒーも特別な味ではない。ただ、無料で何杯でも飲めるのなら魅力的だな、とも思った。


「スガワラさんは……、今日はどういったご用向きで?」


「私は単なる散策です。この辺りについては詳しくなくてですね。自分の足で歩いて街を覚えていこうと思いまして――」


「そうですか。あの、もしよければスガワラさんのお話をいろいろ訊かせてもらえませんか? せっかくの機会ですので」


 彼は開いていた情報誌をたたみ、手帳を何ページかめくって白紙のページを準備していた。


「私はかまいませんが、期待に添えるほどおもしろい話ができるかわかりませんよ?」


「先日のアクセサリーの販売を傍から聞いているだけでもなかなか興味深いものがありました。実は私、けっこう期待してるんですよ?」



 彼がどんな期待をしているのかは別にして、私は私で狙いがあった。



「でしたら私も――、代わりといってはなんですが、いくつか『情報屋』のオズワルドさんに聞いてみたいことがあるんです」


「いいですね、仮にも『情報屋』を名乗ってますから。スガワラさんのお話に見合うだけの情報を提供してみせますよ。ですから、出し惜しみなくおもしろい話をお願いします」


「わかりました。なんでも聞いてください」



 彼がどういった情報を扱っている人間なのかはまだわからない。「情報屋」としての腕もまったく不明だ。


 今、私には知りたいことがたくさんある。だが、それは闇雲に動き回って手に入るものではない。場合によっては危険が伴うのも以前に嫌というほど思い知らされた。


 それならもっとシンプルに、情報を扱う専門家を頼るのが今できる最良の方法だと思った。もっともこのオズワルド氏がどこまで信用できる人物かを含めて、慎重に話しなければならないが……。



「スガワラさん流の商品を買ってもらうコツはありますか?」


 オズワルド氏の質問はとても平凡で、とても情報屋が聞きたいような話とは思えなかった。それとも話の取っ掛かりとして私が話しやすそうな内容を選んだのだろうか?


「コツ――、と言われてもいろいろありますので、簡単に説明するのは難しいですね」


「おっと、それはそうですよね。でしたら、なにかひとつわかりやすそうなものを教えてもらえませんか?」


「うーん……、例えばお客様の言うことはすべて肯定する、とかでしょうか?」


 そう言って私は彼がテーブルに置いている情報誌を手に取った。


「仮にですが、この情報誌が他のところで出版しているものより高かったとします」


「高いんですか? 掲載されてる記事にさほど差はないということですよね?」


「その通りです。多くの記事の内容に違いはありません。ただし、この町のグルメ記事に関してだけは専門家が直に足を運んで書いた記事が載っていますので、そこだけは大きな違いがあります」


「へぇ、グルメ記事だけは他と違うんですね」


「つまり……、そういうことです」


 オズワルド氏は私の顔を見ながら瞬きを何度かした。


「つまり――? どういうことですか?」


「今のグルメ記事の話は本当に『仮』の話です。ただ、オズワルドさんの問いかけに私が最初から、『いいえ! グルメ記事の内容は違います!』と言っていたらどうでしょうか?」


「そうですね……、本当に違うのか、と疑ってかかるかもしれませんね」


「はい、人は自分の意見を否定されると相手にも否定を返す傾向にあります。ただ、それは裏を返すと肯定すれば肯定が返ってくるのです」


「なにかわかったような気がします」


「はい、一度は相手の意見を『そうです』と受け止めた上で、後から一部訂正します。その方がお互い角が立たないんです」


 オズワルド氏は手帳の真っ白なページに素早くメモを残していた。


「やはりスガワラさんの話は興味深いですね。今のたったひとつの話でも新しい発見がありましたよ」


「そんな大袈裟なものではありません。伝えたい『内容』はもちろん大事なのですが、実は内容こそ同じでも『伝え方』の方が大事な場合もあるという一例です」


 オズワルド氏は何度も頷いていた。その表情はとても楽しそうに見える。


「今の話は私が情報を売り込むのに役立ちそうです。それでは……、お次はスガワラさんが私に聞きたいことをどうぞ?」


 あっさりとバトンタッチしてくれた。この程度の話で彼は満足なのだろうか。


「ええと、私の番ですか。なにから聞こうかな?」


「なんでもお教えできるわけではありませんが、もらった分くらいはお返しできるようがんばりますよ?」


 オズワルド氏の顔を見ながら私は思案した。彼にとっては、私がどんな情報を欲しているか、も重要な情報のひとつなのだ。そういう意味で彼は情報を提供しているようで同時に別の情報を得ている。

 なるほど、情報屋とはおもしろいものだな。私はとりあえず当たり障りのない話から聞いてみることにした。



「魔法使いや魔法ギルドについての知りたいですね。私はこれについて非常に疎い人間でして」



 口にしながら、あまりに的を絞り切れていない質問で彼を困らせてしまうのではないか、と心配になった。


「スガワラさんは魔法使いに興味がおありなのですか? それならうってつけのところがありますよ?」


 彼は軽く手を叩くと、突然席を立って手帳や情報誌を小さな鞄にしまいはじめた。軽く左手の甲に目をやったかと思うと手元にコインを出していた。ここを出てどこかに案内してくれるのだろうか。


「ついてきて下さい。おもしろいところにご案内します」

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