第7話 ケの日-6

 テーブルに出された料理はほぼ無くなった。


 皆の食べるペースが落ち着く中、サージェ氏だけは独り黙々と食べ続け、お皿を空っぽにしていく。見かけによらず大食漢なのか、たまたまお腹を空かしていたのか……、どっちだろうか。

 周りの会話にはほとんど参加していない彼だが、その食べる姿を見ていると、実は彼なりにこの場を楽しんでいるような気がしてきた。


 カレンさんとブルードさんは食べ物がなくなってもお酒を飲み続けていた。カレンさんのこういう姿は見慣れていたが、ブルードさんも引けを取らないくらいお酒に強いようだ。

 残りの女性たちはお茶を飲みながら他愛のない話に花を咲かせている。私は視界の端に紙袋を見つけて、そういえば今日の仕事帰りにお土産を買ってきたことを思い出した。ちょうど皆が食べ終わった頃合いだったので、いいタイミングだと思った。



「今日、城下町に行ったのでお土産を買ってきました」



 私は紙袋の中から、星と月のトリートを1袋ずつ取り出した。これに最初に反応したのはパララさんだった。


「もっ…もしかしてそれは『星月ほしつき』ですか!? 私、それ大好きなんです!」


 彼女の声に呼応したかのように一斉に皆の視線が私の方を向いた。


「おお、さっすがスガさん!  いいのを選んできたな!」


「やりますねー。私もそれ、けっこう好きなんですよー」


「ありがたいねぇスガ、早速いただこうよ?」


「……ふん、案外気が利くんだな」


 思った以上に絶賛されて逆に驚いてしまった。本当に人気のお菓子なんだな。クドゥさんに感謝しないと。


「ありがとうございます、スガさん。ボクも大好物なんですよ」


 ラナさんは食器棚からお皿を2つ持ってきてテーブルに置いた。そして、星と月の形のお菓子をそれぞれ広げた。パララさんはご褒美をもらった子どものように目を輝かせている。


「スガさんは……、星月は初めてですか?」


 ラナさんもパララさんも「星月ほしつき」と呼んでいる。その略し方が一般的なのだろう。


「はい、オススメのお土産はこれだと聞いて買ってきたのですが、まだ食べたことはありません」


「ちっさい頃よく食べましたよねー、大人んなってもおいしんですけどねー」


「はい! ほっ…星の甘さとサクサクの食感が大好きなんです!」


「私はどっちかてと月のしょっぱさが癖になって好きだねぇ」


「オレもよく食べたのはガキん時だが、今でもあると嬉しくなるな」


 本当に老若男女問わず人気みたいだ。お菓子にはいくつ歳をとっても人を惹きつける魅力があるのだろう。



「せっかくなのでまずはスガさんが食べてみてください。ボクはみんなの分の紅茶を淹れてきますから」


 そう言ってラナさんは厨房へ入っていった。手伝います、とパララさんがその後を追っていく。ご厚意に甘えて私はまず星型の方から手に取った。


 何故かカレンさんとブルードさん、リンカさん、それにサージェ氏……、皆から妙に視線を感じるのは気のせいだろうか? 別に私が食べるのを待たずとも好きに食べたらいいのに、と思った。



 星のトリートはパララさんの言った通りサクサクの食感のクッキーだった。しつこくない素朴な甘さが口に広がり、いくらでも食べられるような気がした。


 続いて、月のトリートを口に運んだ。こちらは星と比べて少し歯ごたえがある。カリカリとした食感はまさにクラッカーで、ほどよく効いた塩味が癖になりそうだった。こちらも星と同様にいくらでも食べられると思った。


 どちらもロングセラーのお菓子といった感じで、素朴な味わいが誰からも好かれるのだろう。


 それぞれひとつずつ食べ終えた。席に戻ったパララさんが私の顔を見ていた。――というより、先ほどからみんな私を見ているような気がする。隣の席に戻ったラナさんは笑顔で私に尋ねてきた。


「どうです? どちらかがおいしかったですか?」


「はい。それぞれ味に特徴があってどちらも何個でも食べられそうです。とてもおいしいですね」


「ええ、ボクもそう思います。それで……、どちらの方がおいしかったですか?」


「……えっ?」


 なぜかラナさんからわずかに圧を感じたような気がする。


「やっ…、ややっぱり星ですよね! この控えめな甘さと紅茶がとっても合うんです!」


 パララさんが星のトリートをひとつつまんでそう言った。いつの間にかラナさんの淹れた紅茶が配られている。


「わかります、ちょっぴり小腹が空いたときに星の甘さがほどよくお腹を満たしてくれますね。紅茶との相性も抜群です」


 ラナさんも星をひとつ取って口に入れていた。


「食後は甘いものに限る……。自分も星が好きです」


 サージェ氏がここでは珍しく自分から口を開いた。そして彼も星をひとつと取って食べた。



「私は月が好きだけどねぇ。この塩加減がお酒とも合うんだよね」


 カレンさんは月の方に手を伸ばしてひとつ口に放った。


「オレも昔から月が好きだったな。甘いお菓子は他にもあるけど……、こうしょっぱい味のお菓子てあんまりなくてなぁ」


 ブルードさんも月をひとつ手に取って食べていた。


「わかりますー、やっぱり塩気って大事ですよねー」


 リンカさんも月を手に取って食べた。


「スガはどうだい? やっぱり月の方がおいしいよね?」


「や…っ『やっぱり』ってなんですか? 星の方がきっと甘くてスガさんの口にも合っていますよ?」


「……甘いのがいいに決まっている」


「えー、子どもならわかりますけど……、大人になったら月のがいいですよ? サージェくんは口がお子様なんじゃないですか?」


「いくつになっても甘いものは心を満たしてくれると、ボクは思いますけどね?」


「星だっておいしいさ! けど、どっちか選ぶなら月だろ?」



 私は困惑していた。たまたま星と月のそれぞれの好みが3対3で別れてしまったせいなのか、皆揃って私はどちらが好みか訊いてくる。どちらも違った味でおいしいが、あえて甲乙つけるようなものではないと思うのだが――。


 そういえば、ロングセラーのチョコレート菓子で、2種類の派閥のようなものがあったのを思い出した。なんとか戦争、と題してどちらが好みかのアンケート調査をしていたのをよく覚えている。


 ただ、あれはたしかメーカーの営業戦略で、それによって下がっていたお菓子の売り上げが回復したという話を聞いた。当たり前の話だが、実際にお菓子の好みで戦争が起こっているわけではない。消費者の興味をひくための企画なのだ。


 ところが、星と月の好みに関して私が返事に困っていると、各々がそれぞれの良さについて主張を始めていた。

 「戦争」ではないが、星と月の好みについての「論争」が勃発している。皆が真剣な顔つきで意見を交わしていた。



 この状況は――、一体なんなのだろうか……?

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