第7話 ケの日-5

 ブルードさん特製ソースのかかった料理はとてもおいしかった。厚切り肉とその肉汁、脂とが絡まって味をさらに引き立たせている。ボリューム満点で、少々脂っぽい感じもしたが、一緒に焼いてある野菜と合わせて食べるとほどよくマイルドな味になった。


 オーブンから出したばかりのグラタンは、表面は軽く焦げ目がついて皮を張ったようになっていて、中はとろけていた。表面と違って中は火傷しそうなほど熱く、一度口に入れた後、はふはふと熱い息を吐き出した。料理をつくったラナさんとブルードさんを皆が口々に褒め称えていた。


「そういえばスガって普段はここで飯食べてるのかい?」


「はい、外出時以外はまかないをつくってもらっています」


 自分で言うのもなんだが、ここに関してはとても恵まれていると思っている。パララさんは、うらやましいです、と何度も言っていた。


「あっ…あの、ラナ…は、お店がお休みの日はどうなふうに過ごしてるんですか?」


 ついにラナさんの敬称が無くなった。


「そうですね? 本を読んだり、天気がよければお散歩したり、気になったお店を覗いたりしてますね」


 そういえば、お店にいる時以外のラナさんを私はあまり知らない。


「ラナはこう見えて情報通だからねぇ。西側のいい店とか穴場はけっこう知ってるんだよね」


「ふふっ……、こう見えてってどう見えてるんでしょうね?」


 女性の数が多いせいか、女性陣で話は盛り上がっていた。私は完全に聞き専門にまわっている。ブルードさんは年長者の余裕なのか、うんうんと話に頷きながらお酒を飲んでいる。逆にサージェ氏は会話にまるで興味が無さそうにしながら黙々と肉料理を頬張っていた。


「ラナさんてすっごくモテそうですよね、癒し系っていう感じで。付き合ってる方とかいるんですか?」


 リンカさんがいかにも女性が好みそうな話題を振っていた。いや、私も興味がある話だ。


「お付き合いしてる方はいませんよ。リンカさんこそギルドの男性が放っておかないんじゃないですか?」


「いやー、それが全然なんですよねー。おいしい血を飲ませてくれる男がいてくれたら最高なんですけどねー」


 ラナさんの表情はあまり変わらなかったが、話を聞いていたパララさんの表情が一瞬ひいたのを感じた。


「これでも何年か前はいたんですよ? ただ寝ているところをこっそり血抜いてるのがバレてフラれちゃいましたねー」


 それは世の男性の九分九厘が別れを選択するだろう。


「リンカの変態性はギルドの中ではもう有名になってるからねぇ。言い寄ってくる男なんていないだろうさ。逆にラナはここで飽きるくらい声かけられてるでしょ?」


 カレンさんはお酒を片手に話をしていた。まだ食事を始めてからそれほど時間は経っていないが、すでに3回は注ぎなおしているのを見ている。



 彼女の言う通り、ラナさんはたしかにお店で頻繁に声をかけられている。一緒に働いていると、デートのお誘いみたいなのを何度も耳にしていた。だが、いつも笑顔で話しながらそれとなく断っているようだ。カレンさんもそれをわかっているようで、さらに深堀はしなかった。



「パララちゃんはどうなの?」



 その代わりなのか、話の矛先はパララさんに向いた。自分にまわってくると思っていなかったのか、裏返った変な声が聞こえた。


「わっ……わた、私も付き合ってる人は…いません。けど……、いい人いないかな、と探しては…います」


 パララさんの返答に女性陣はさらに盛り上がっていた。こういう会話はどこの世界でも一緒なんだろうな。


「パララちゃん、だっけ……、どんな人が好みなの?」


 リンカさんが身を乗り出して尋ねている。きっとこの手の話題が好きなのだろう。主張の激しい胸部がテーブルに乗っかるようになっていた。


 パララさんにあれこれ聞いても返事に窮するだろうと思っていたが、予想通りで黙り込んでしまった。いつもと違うのは顔が真っ赤になっているところだ。


「まぁまぁリンカ、可愛いからってあんまりいじめるなよ?」


 カレンさんが割って入ってリンカさんをたしなめている。パララさんは冷たいお茶をごくごくと飲んでいたが顔の色はまったくひいていなかった。


「スガワラさんとかどうです? パララちゃんの好みじゃありません?」


 私は変なタイミングで名前を出されてむせてしまった。リンカさんは好き勝手話をさせると危ない人のような気がしてきた。


「なんでそこで私なんですか!? 私もパララさんも気まずくなってしまいますよ」


 変に正面の席を意識してしまって私も顔が熱くなっているのを感じた。リンカさんとカレンさんはけらけら笑っている。


 ラナさんは、あらあら……、と言いながらこちらを笑顔で見ていた。パララさんは真っ赤なまま完全に沈黙してしまった。私は話の矛先を変えたくてサージェ氏を見た。


「さ、サージェさんは女性にモテそうですが、その辺のところどうなんですか?」


「……興味ない」



 台風が発生するのでは、と思うほど温度差を感じる返答が返ってきた。まるで会話に参加する気配はないが、料理だけはしっかりと食べている。きっとブルードさんの肉料理が気に入ったのだろう。


「サージェにそういう話振っても無駄無駄。あんたはもうちょっと協調性をもたないといけないよ?」


 カレンさんは目を細めながらサージェ氏の顔を見てそう言った。


「サージェくんはカレン以外にはほとんど心を開いてくれないからねー、もうちょっと会話を楽しみましょうよ?」


 リンカさんもサージェ氏の目を覗くように顔を見ている。すると、サージェ氏は少し間を空けてから口を開いた。



「この料理……、うまいです」



 なにかまるで見当違いな言葉が出てきた。一応会話に参加したつもりなのだろうか。


「ブルードさんの料理は絶品ですよね。奥様がうらやましいですよ」


 ラナさんは何気なしにそう言ってサージェ氏の言葉を拾っていた。私はそれを聞いて驚いた。


「……ブルードさんてご結婚してらしたんですか?」


「あれ? オレ、スガさんに言ってなかったっけ?」


 この酒場でいつも一緒に働いているのに知らなかった。やはり仕事をしながらの会話と、こういったリラックスした場での会話は内容が全然違う。


 これをきっかけに今度はブルードさんの奥さんはどんな人か、という話題になった。私も大いに興味がある内容だ。ラナさんとカレンさんは会ったことがあるようだ。

 二人とも口を揃えて、「とても美人」と言った。ブルードさんは少し照れながらも嬉しそうにして否定をしなかった。彼のこんな表情も私は初めて見た。


 普段とはまったく違う話題や表情にふれてとても楽しい時間だ。


 こちらの世界に来てからもっとも身近だと思っていたラナさんとブルードさんについても発見があった。酒場の中では「仕事」と割り切っているところもあったが、もう少し周りとの距離を縮めてもいいのかもしれない。

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