◆◆第3話 魔法使いの挑戦(後)-1
その日からパララさんは酒場から人がひくお昼過ぎにお店へ来るようになった。まずはコミュニケーションの訓練が必要なので、私とラナさん、時にはブルードさんにも手伝ってもらって他人との会話に慣れてもらうことにする。
私が販売の手伝いの仕事をしていると知ったパララさんは、職が決まって報酬をしっかりもらえるようになったら、その2割を5回ほど私に支払う提案をしてくれた。 ラナさんから頼まれたこともあり、今回は仕事とあまり考えていなかったが、私はこの提案にのった。
このような提案を彼女からしてくることに彼女の本気具合を感じた。きっと彼パララさん自身、変わるきっかけを求めていたに違いない。そして、きっちりと契約を交わすことで私にも責任が生じる。
無償で引き受けるのは、聞こえこそいいが責任が曖昧になることが多い。私自身が手を抜かないようにするためにも彼女の提案は非常にありがたかった。
まずはパララさんという人をしっかりと理解したい。彼女についていろいろと聞くことから始める。女性ということもあって話をするときはラナさんに協力してもらった。
私よりラナさんに心を開いていると感じたからだ。私は魔法に関しての知識が乏しいため、パララさんにまずは魔法の話を尋ねてみた。
「パララさんは……、たしか火の属性の魔法が得意なんですよね?」
「ぇっと…得意、というか火属性以外はほとんど扱えません。弱体関係はちょっとだけ使えますけど……」
魔法使いには、各属性との相性があるらしい。多くの場合、火と水に代表されるような対立する属性を両方扱えることはほとんどなく、いずれかの属性に偏るそうだ。
パララさんは火の属性に特化しているようである。弱体は、RPGでもあったが、文字通り「弱らせる」魔法だ。相手の力を入らなくしたり、足を遅くしたりと妨害を行う魔法のようである。
「なるほど、一番自信あるのはなんという魔法ですか?」
「どっ…どれも自信はそれほどありません…です」
私たちが話をしている横にラナさんがやってきて言った。
「パララさんは『ヴォルケーノ』を使えるようです。火属性の上級魔法です。魔法ギルドのなかでもこれを扱える人間は限られているはずです。これだけでもパララさんの能力は相当なもののはずなんですよ?」
ラナさんは彼女に笑顔を向けてそう言った。
「ヴォルケーノは……、たしかに上級魔法ですが……、私は詠唱に時間がとてもかかりますので……、なんていうか、咄嗟に使ったりはできないと思います」
「魔法は上級になるほどに精霊との契約に時間がかかりますからね、それは当然のことですよ」
ラナさんの補足で魔法のことが少しずつ理解できた。
しかし、パララさんの何事も悪いところばかり伝えてしまうのはどうにかならないものだろうか。私は話題を変えてみることにした。ラナさんは、仕事の依頼書を見てきますね、と言って席を外した。
「パララさんは、なにか好きなものありませんか?」
「すっ…好きなものですか?」
顔が急にきょとんとしてますます少女の顔になった。
「はい、『もの』ではなく『こと』でもいいです。なにかありませんか?」
「好きな…ことですか? ええと――」
うんうん唸っているが、なかなか答えが返ってこない。なにやら難しく考えすぎているような気がする。
「食べ物とかでいいんですよ。動物とか言葉とか……、人でもいいですよ?」
沈黙が続くと辛いので私もいろいろと問いかけてみる。
「ひと……、でもいいんですか?」
なにか急に目が輝いたように見えた。
「はい、なんでも構いません」
「好き……、というか憧れの人ならいます!」
パララさんの口調が明らかにこれまでよりなめらかになったのを感じた。
「では、その人について私に教えてくれませんか?」
「はい! 『ローゼンバーグ卿』です!」
「……ローゼンバーグ卿?」
「私とはすれ違いでしたが、セントラル魔法科学研究院を飛び級で最年少、さらに首席卒業した方です!」
「それは興味深い人ですね」
「はい! ローゼンバーグ卿は私が通っている頃のセントラルではみんなの憧れでした。飛び級で卒業してますので年齢は私とそれほど変わらないんです!」
「なるほど、とても若い方なんですね」
「優秀な魔法使いを多数輩出しているセントラルでも、ローゼンバーグ卿は伝説の存在となっています。特に精霊とのコンタクトに関して桁違いの才覚があったという噂です!」
「精霊とのコンタクト……、と言いますと?」
「私たちが魔法を使う時は精霊とコンタクトをとります。呪文の詠唱もそれの一種なんです。ですが、そのコンタクトに要する時間や工程は人によって差が出るんです」
「つまり、同じ魔法でも長い呪文を言わないとできない人と一言二言でできてしまう人がいる、というような感じでしょうか?」
「そういうことです! ――で、ローゼンバーグ卿はそこが他の魔法使いと全然違ったそうです。私も見たわけではありませんが、学内の噂では中級魔法くらいでしたら詠唱過程をほぼすっ飛ばして使えたと聞いています!」
「詠唱過程をすっ飛ばす、つまりはなにも予備動作なしにいきなり魔法を放てる、という意味ですか?」
「そうなんです! そんなことができる人は世界中の魔法使いを探しても数人程度しかいないと聞いています!」
「世界中探しても……ですか、それはすごい」
「そうです、すごいんです! 私と近い年齢でそんなすごい人がいるなんて憧れます! セントラル卒業後、どうされているかは不明のようで謎に満ちているのですが、一度でいいからお会いしたいと思っています!」
「パララさん……、それです!」
「…え?」
「あなたは今、憧れのローゼンバーグという方の話をする時とてもイキイキとしていました。その感じで話せばいいのです」
ローゼンバーグ卿という人の話になると明らかに彼女の雰囲気が変わった。テンションが上がり、まだまだ言い足りないというように次々と言葉が出てくる。なにより彼女が楽しそうに話をしている。これが必要な要素だ。
しかし、私が今の感じで自分について話せないかというと途端に口ごもってしまった。
「そっそそ…そんな、むずかしいです……」
「今、パララさんは私に憧れの人について紹介してくれました。自分が好きなもの、気に入っているものは誰かに伝えたくなるものです。パララさんは自分の長所に自信をもって人に紹介すればいいんです」
こうは言ったが、頭で理解できたとしてもすぐにできるわけではない。「自信をもつ」が恐らくできないのだ。これを変えるために必要なのは「成功体験」である。
なにか彼女の魔法の力によって救われるような出来事があれば少し変われるかもしれない。話すこと自体はできるのだ。それがわかっただけでも大きな前進ではある。
私がパララさんと話している間にラナさんは、再び彼女によさそうな仕事の依頼を探していた。そして目を輝かせて私たちのところへやってきた。
「パララさん、数日先ですがこれを受けてみませんか?」
ラナさんは1枚の紙を差し出した。私が知っている依頼書とは様式が異なっている。
「私のところにこういうのが来るのは珍しいのですが、受けてみる価値はあると思うんです」
ラナさんから書類を受け取ったパララさんは目を見開いていた。
「ちっちち、『知恵の結晶』の採用試験ですか!?」
「ええ、募集要件は厳しいですが、パララさんのセントラルでの成績なら受ける資格はありますよ?」
「知恵の結晶」、この国の中にはカレンさんが所属しているようなギルドがいくつも存在する。そのなかでもいくつか種類があり、魔法使い専用のギルドもある。その中でたしか最大規模を誇るのが「知恵の結晶」だったはず。
私は元々「ギルド」を「組合」的な意味合いで捉えていた。ただ、こちらの世界のギルドは、どちらかというと「会社」に近い意味のようだ。つまり、今回だと「就職先」としての認識になる。
「知恵の結晶」に関しては、この酒場からは地理的に遠いこともあり、そこ所属のお客が来ることは非常に少ないのであまり詳しい情報はなかった。
「『知恵の結晶』を私が受けるなんて……、おこがましいというか……」
「そんなことはありませんよ。いいですか? パララさん、あなたのセントラルでの成績は非常に優秀です。むしろ魔法ギルドの方からお願いしたいくらいのものなんですよ?」
ラナさんはパララさんの目を覗き込むように顔を近づけてそう言った。
「まずは書類選考があると書いてあります。とりあえず応募だけでもしてみるべきではないでしょうか? そのギルドの採用募集などそんなにあるものではないのでしょう?」
「スガさんの言う通りです。それに先ほど話していた憧れの魔法使いと出会うにも、優秀な魔法使いが集まるギルドに所属するのが近道に違いないんです」
パララさん憧れの「ローゼンバーグ卿」という人物について熱く語っていたのをラナさんも聞いていたようだ。――というより、あのテンションと声なら別の部屋にいても耳に入ってきたのだろう。
「たっ…たしかにそれはそうですが――」
「とりあえず書類選考を受けましょう! その先のことは結果が出てから考えたらいいですよ!」
ラナさんの勢いに気圧されてパララさんは、知恵の結晶の採用試験に応募することになった。
そして、数日後……、彼女はあっけなく書類選考を突破したのである。
後に聞いたが、他国からも試験を受けに来る魔法使いがたくさんいて倍率は百倍近くにもなっていたらしい。やはりパララさんの成績は非常に優れているのだ。
そして、書類選考の次は面接が控えていると知った。間違いなくここが鬼門になる。ここを突破できるようにどう手助けてしていくかが私の役割だ。
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