第3話 魔法使いの挑戦(前)-3

 パララさんは酒場の一番奥の席に座っていた。先日ここに来た時より表情は暗い。私の顔を見て軽く会釈をしたあとすぐに俯いてしまった。


 ラナさんから事情を聞いてみると、どうやら仕事で失敗があったとかではないようだ。私はてっきりなにか致命的なミスをして怒られたとかだと思い込んでいた。しかし、仕事自体は問題なく終わっているようなのだ。


「先ほどはラナさんも謝っているように見えたのですが、仕事がうまくいったのでしたら一体なにがあったのでしょう?」


 ラナさんは言葉を選ぶようにしてゆっくりと話し始めた。


「それがですね……。先ほどいらしていたのは依頼主の方だったのですが、どうやらパララさんの能力について苦言を呈しにいらしたようでして……」


「能力……、というと魔法のことですか?」


「ええ、そうですね。ただ、実際の能力が問題ではないと思うんです」


「――といいますと?」


 まだ、話がいまひとつ見えてこない。ラナさんは依頼主の人が言っていた内容を要約して話してくれた。



 事は今回パララさんが受けた仕事の道中であったようだ。同じ仕事を受けてやってきた2人の人間がいた。隣国までの道中、盗賊やまものに襲われたときに備えてお互いのできることを話し、連携をとっていくようになったらしい。



 ここで問題が起こった。


 曰くパララさんは、魔法名を提示された上で「この魔法は扱えますか?」という問いに対して「自信ありませんが」、「できなくはないと思います」、「いざという時にできるかわかりません」などなど……、すべてが曖昧な返答だったらしい。


 共に護衛の仕事に就いた2人はパララさんが本当に魔法使いとしてスキルがあるのか疑い出したそうだ。実際、名門魔法学校を卒業しているのだから、たしかな能力はあるのだろう。ただ、本人の自信のない返答に依頼主も報酬目当てで経歴を偽ってはいないかと疑い出したそうだ。


 道中、何者かに襲われることはなく、仕事は無事に終わった。それゆえに彼女がその力を発揮することもなかった。試し撃ちで魔法を披露するのも彼女は躊躇ったという。依頼主がパララさんを連れてここにやってきたのは、彼女の経歴がたしかなものかを確認しにきたのだ。



「なるほど……。大体の話はわかりました」


「セントラルの卒業認定証は、特殊な魔術によって日に当たるとフクロウを模した文様が浮かび上がるようになっているんです。ですから偽造なんて絶対にできません。そしてあそこの卒業は並大抵の魔法使いではできません。パララさんが相応の能力の持ち主なのは間違いないはずです」


 学校の卒業証書に、おさつの透かしを入れてあるようなものだろうか。仕事柄ラナさんはこうしたことに詳しいのだろう。ただ、そうなると問題はパララさんの受け答えという話になる。



「あっあ…あの本当にごめんなさい。私、せっかくお仕事を紹介してもらったのに…こちらにまで迷惑をかけてしまうなんて……」



 今にも泣き出しそうな声でパララさんが話し出した。


「いいえ、お気になさらないでください」


 2人のやりとりを見ながら私は考えた。


 彼女はなぜかわからないが自分に自信がないのだ。ラナさんの言うことに間違いなければ、魔法使いとしての能力はたしかなものをもっているはず。それをしっかり他人へ伝えられれば依頼もこなせるのではないだろうか。


 そういえば最初にここに来た時、ギルドの推薦も面談で断られた旨を話していた。他人と話すのが苦手のため、本来持っている能力を相手に伝えられないでいるのだろう。


 いろいろと考えているとラナさんの視線を感じた。


「スガさん……、どうにか力を貸してもらうことはできないでしょうか?」



 これは能力があるにもかかわらず、面接が不得手ゆえに職が見つからない人と同じような状態だ。面接は、いわば自分という商品を相手に評価してもらい買ってもらうための場。

 そう考えれば私が力になれることもあるかもしれない。その依頼がパララさん自身ではなく、ラナさんから来ているのは奇妙ではあるが……、よほど彼女が気掛かりなのだろう。


 私はパララさんの意向を確認してみた。


「私はスガワラ・ユタカと申します。ひょっとしたらパララさんが今後仕事をしていくためのお手伝いができるかもしれません」


 パララさんは泣きそうな顔をハッと上げて私を見つめた。近くで見ると尚更少女の面影が残る顔立ち……、というより少女そのものだった。


「わっわわ…私、ひとりで一人前の魔法使いとしてやっていきたいんです!」


 彼女の目には強い意志が宿っている。おそらく今回のような事態は初めてではないのだろう。彼女自身がそれを変えたいと願っているようだ。今回は「仕事」という感じではないが、ラナさんに頼まれたのなら断れるはずもなかった。



「わかりました。パララさんが魔法使いとして仕事を受け持てるようお手伝いを致します」


「おっ…お願いします! スガワワさん! お仕事をもらえるようになったら必ずお礼をします!」


 スガワワさん……。この世界の人のほとんどが私を「スガ」と呼ぶ。どうやら私の名前はこちらでは非常に呼びにくいらしい。


「『スガワラ』と呼びにくければ略してもらっていいですよ。『スガ』とだけ呼ばれることが多いですね」


「スガ、スガワ、ラ…ユタタさん……うーん?」


 私の名前をゆっくり口にしながらどこかで間違っている。それほど口にしにくいものなのだろうか。彼女が「ユタタさん」と言ったときにラナさんが声を出して笑った。



「『ユタタさん』でいいんじゃないでしょうか、かわいいですよ?」



「あっ…えっと……、『ユタタさん』とお呼びしてもいいですか?」


 パララさんにそう言われ、ラナさんはそれを聞きながらにこにこしている。断りずらい空気を感じたので、それで了承した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る