第3話 魔法使いの挑戦(前)-2

 あれから3日後の昼間、酒場に再びパララさんは姿を見せた。


 しかし、その表情は暗く、隣りには見慣れない商人風で恰幅のいい男が立っている。ラナさんはその男と言葉を交わすと、深々と頭を下げた。その後、私のところにきてこう言った。


「お買い物に行ってきてもらってもいいですか?」


 この場を外してほしいのだと察した。外に出て手渡されたメモを見てみると、特に急ぎではなさそうな日用品が数点書いてあった。


 ついでに入口の扉に「close」の札を出しておいてほしい、とも頼まれた。かなり込み入った話をするのだろうか。あまり早くに戻って、話の途中でも気まずくなってしまうので、少し時間をつぶしながら買いものをすると決めた。



 歩きながらパララさんと一緒に来ていた男について考える。


 先日のパララさんが受けた仕事の依頼主、またはその関係者と考えるのが妥当か。彼女の表情とその後のラナさんの対応から、仕事でなにか大きな失敗をしてしまったのだろうか。場の雰囲気からして、どう考えても前向きな想像はできない。


 細かい事情は後から聞いてみるとして、なにか苦情を言われているのならパララさんもラナさんも揃って心配だ。


 あれこれ考えていると、いつの間にか道具屋の前に来ていた。時間をつぶすといっても、その宛がないとむずかしいものだ。


 店の中を覗くと、以前の仕事で知り合ったオット氏の姿が見えた。私に気付いたようで軽く会釈をしてこちらにやってくる。


「あぁ、スガワラさんじゃないですか。こんにちは!」


「こんにちは、ちょっとお使いを頼まれたんだけどお願いしていいかな?」


 私はラナさんからもらったメモをそのまま彼に手渡した。


「ふむふむ……、日用品関係ですね。今揃えますのでその辺で座って待っててください」


 オット氏は、店の壁際に無造作に置かれた椅子を指差すと、メモを持って店の奥へと消えていった。以前、仕事の依頼を受けた時よりもずっと快活な雰囲気で、話し方も明瞭としている。あの時は薬草の山に頭を抱え、暗い性格に思えたが、本来は明るい人なのだろう。


 彼に限らず、酒場や個人的な仕事関係のおかげで街中に顔見知りが増えている。まだまだわからないことも多いこの世界で、こうした人間関係は本当に助かるとしみじみ思った。物思いにふけっているとオット氏が戻ってきて、日用品を袋に入れて渡してくれた。


「多分、これで揃ってると思いますけど……。念のため確認しておいてくださいね?」


「ありがとう。あれから道具屋の仕事は順調ですか?」


「おかげ様で。相変わらずミスはありますけど、あの一件以来注意深くなりましたよ」


「はは、それはよかった。また私で手伝えることがあれば相談しに来てください」


「はい、よろしくお願いします。なにか必要なものがあったらこっちの道具屋もよろしくお願いしますね!」


「えぇ、もちろんです。また寄らせてもらいます」


 彼にお代を渡して道具屋を後にする。あまりにも迅速に要件が済んでしまったので、近くの公園で少し休憩してから酒場に戻ることにした。道具屋と酒場を結ぶ道の途中にちょっとした公園がある。


 大きな噴水を眺められるベンチが空いていたので、そこへ座り一息ついた。暖かい日差しが心地いいが、時折大きめの雲が日を隠していた。念のため、オット氏が準備してくれた日用品の袋を見て中身を確認してみる。


 すると、日が陰ったのか急に視界が暗くなった。私の前に誰か立ったのだと気付き、顔を上げると、衛兵の服を着た男が2人前にいた。


 この「衛兵」は元々の世界でいうところの「警察官」とほぼ同じ意味である。


 この世界にきていろいろな情報を集めているうちにわかったことだ。これはつまりあれか……、いわゆる「職質」を受けようとしているのだろうか?



「突然すみません。我々はこのあたりを警備している衛兵団の者ですが、少しお時間よろしいでしょうか?」



 衛兵の男は、小柄な年配の男と私と同じくらいの背丈の細身の若い男との2人だ。若い衛兵は「ザック」と名乗り、私に問いかけてきた。やましいことはなにもないので素直に答える。


「はい、どういったことでしょうか?」


「今ここでなにをされているのでしょうか?」


 ただ休憩しているだけだったので、そのまま答える。


「買い出しの帰りに休憩をしていたところです。近くの酒場で働いております」


 ここまで言うと、年配の衛兵が「あぁ……、ラナさんとこのか」と言った。私の記憶には残っていないが、お客として店に来たことがあるのかもしれない。


「そうですか。ご存知かもしれませんがここ数日このあたりで通り魔の被害が出ておりまして……」


 若い衛兵が話し出した。最近この話題を耳にすることが多い。私が思っているよりもずっと近いところで被害は出ているようだ。


「我々衛兵団も通常より警戒を強めておりまして、こうして街行く人に目撃情報を聞いてまわっているところです」



 私はここではじめて通り魔、街の噂ではどちらかというと「切り裂き魔」と呼ばれている事件の具体的な内容を知った。カレンさんに以前簡単に聞いたことはあったが、事件の場所や時間といった細かい情報までは知らなかった。


 今回それを知って驚いた。


 ここ数件の被害はどれも持ち物や衣服への切り傷で怪我人自体は出ていないらしい。しかし、その現場がこの街に集中しているのだ。時間帯はいずれも深夜で、さすがに酒場も閉まっている頃だ。


 この時間帯ではまともなも目撃情報は出てこないだろう。こちらの世界では、大通りに魔鉱石を利用した街灯が出ているくらいで、夜になると街そのものが眠ったようになる。


 私は衛兵2人に、特に目撃情報とかもなく残念ながら力になれそうにない、と話した。ザックと名乗った衛兵は手帳にメモをとっている。


「ご協力ありがとうございました。もしなにか気付いたこと、思い出したことがあればご一報もらえると助かります」


 そう言って彼らは私の前から立ち去った。日差しは雲に隠れ、吹き抜ける風がいつもより冷たく感じる。それほど時間が経ったわけではないが、そろそろ酒場に戻ろうと思いベンチから立ち上がって歩き始めた。



 酒場の扉は、私が出た時のまま「close」の札がかかっていた。念のため、中の様子を伺ったが、さきほどの恰幅のいい男の姿は見当たらない。奥の席でラナさんとパララさんが向かい合って座っているのが確認できた。表情など細かい様子まではわからないが、ここまで来てしまったので扉を開けて中へ入った。



「ただいま戻りました」



 中へ入るとラナさんがすぐにこちらへやってきた。パララさんはそのまま席に座っている。頼まれた品一式の入った紙袋をラナさんに差し出す。


「おかえりなさい、ありがとうございました」


 いつもの笑顔で迎えてくれた後、パララさんのほうに目をやり、再び私に顔を向けた。


「実はパララさんのことでスガさんに相談したいことがあるですが……、よろしいですか?」

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