第3話 魔法使いの挑戦(後)-2

 書類が通ってから面接までの日程は早かった。3日後にその日は決められている。


 ギルドの規模や応募の人数を考えるとまずは集団面接があるのだろうか。実際の能力は別として、今のパララさんの調子では面接はまず通らない。限られた時間で、より実践的な練習をすることにした。


「パララさんはとにかく自分に自信をもつことです。書類選考が受かっただけでも、そこに至らなかった多くの魔法使いより優れているのだと思って下さい」


「……そんな、私が他の方より優れているところなんてそんなに――」


「謙虚な姿勢は良いと思います。ですが、行き過ぎた謙虚さは人を傷つける場合もあります。今のパララさんは自身への過小評価が過ぎるでしょう」


「そっ…そうでしょうか……?」


「そうです。そして私にローゼンバーグ卿という魔法使いを教えてくれたように、好きなものを伝える気持ちで話してみてください」


「はっはい……。なんとかやってみます」


 あまり自信は無さそうだ。頭で理解しても話し方などは早々に変えられるものではない。繰り返し練習をして徐々に身に付けていくしかない。それには残された時間が短すぎる……が、それでもやれるだけやるしかないのだ。


「では、面接の練習をしましょう。質問は私がいくつか考えました。面接官はラナさんにやってもらいます。その方がパララさんも話しやすいでしょう」


 お客様用のテーブルにパララさんが座り、向かい側の席にラナさんが座る。ラナさんはいつも通りの笑みを浮かべていた。


「それでは、パララさん。よろしくお願いしますね」


「はいい! よろしくおねげいします!」


 いきなり嚙んでしまっていた。ラナさんはくすりと声を出して笑い、パララさんは茹で上がったように赤くなっている。ラナさんはひとつ咳払いをして、面接官役を始めた。



「こほん、ではまず魔法ギルド『知恵の結晶』を志望された理由をお聞かせください」



 どこの会社の採用面接でもありそうな質問だ。広い意味で採用面接なら私のいた世界とそう内容にも大差はないだろう。まったく的外れだったら謝るしかないのだが……。


「はっはい! えと……、その……」


 俯いて沈黙してしまった。ラナさんは笑顔のまま回答を待っている。


「ロっ、ローゼンバーグ卿のような魔法使いになりたくて……、魔法使いとしての能力により磨きをかけることができると思い、めっ名門であるそちらに入りたいとおももいましたっ!」


 気になるところは多々あるが、回答としては悪くないだろう。


 下手に模範解答のような内容を言うより、素直に思っていることを口にしてもらった方がパララさんにはいいはずだ。そして、その素直に口に出す、が彼女の課題の1つなのだ。

 しかし、この「ローゼンバーグ卿」という人の固有名詞はどこでも通じるものなのか気になる。


「わかりました。では、次の質問です。あなたの長所と短所をそれぞれ教えて下さい」


「はっ、はひ! ちょっ長所はです…ね!えと――」


 毎回違う噛み方をしている。私はわずかに顔が笑いで歪みかけたが、彼女は真剣なのを忘れてはいけないと思い、なんとかこらえた。


「ちっ…長所は! 長所は…! 長所……、たっ短所は……、人とお話しするのが苦手なところです」


 少しの沈黙が流れた。長所はこのまま出てこないのだろうか?


「では、質問を変えますね。あなたが『知恵の結晶』に入った後にしたいことはありますか?」


「はい! 魔法の力で人助けをしたいです!」


 ラナさんの表情が優しく緩んだのが見えた。今までの質問よりはっきりと答えが返ってきた。これが彼女の魔法使いとしての本心なのだろう。それにしてもラナさんは面接官役をすんなりとこなしている。わりと楽しんでいるようにさえ見えた。


「では次の質問です。今、目の前でボクが巨大なまものに襲われようとしています。その現場に居合わせたあなたはどうしますか?」



 この質問は私が考えたのではない。ラナさんが即興で考えたのか?


 しかし、なかなか興味深い質問だった。パララさんは火属性の魔法を得意としている。この属性は、シンプルに相手を攻撃するのに適した魔法が多いという。やはり高火力の魔法でまものを退けるのが得策なのだろうか?


「えっと……、まずはフレイムカーテンを張って、ラナさんとまものを分断します。その後、カーテンの前まで行ってラナさんには私の背中に隠れてもらいます。それからまものと距離をとりながら、攻撃をしていきます」


「なるほど。素晴らしいですね! 焦っていきなり高位魔法を詠唱しようとする魔法使いも多いそうですが、それではボクを巻き込んでしまう可能性がありますからね。一旦、安全確保をした後に攻撃へ移る戦略は見事です」



 なんというか、パララさんといいラナさんといい、思ったよりも戦略的な話が出てきてびっくりしてしまった。そしてこういう話は意外とすんなりとできるパララさんへの驚きがより大きかった。


「スガさん、ここまでの質疑を振り返りつつ一息入れませんか? まだ少ししか話していませんが思った以上に疲れますね?」


 ラナさんはおそらく自身の疲労よりパララさんの疲労を気遣ってこの提案をしたのだと思う。


「ええ、そうしましょう。それに内容はとてもよかったと思います。長所を話せなかったところだけは課題ですね」


「はっはい……、ごめんなさい。私、長所なんてあるのかな……」


「謝ることではありません。それに長所はあります」


「そっそんな……、私の長所ってなんなんでしょう?」


「誰しもに言えることは、長所と短所は表裏一体ということです。つまり、パララさんが自分の短所として上げた内容は見方によって長所になります」


「ひっ…人と話すのが苦手なことがですか?」


「そうですね。では、なぜ人と話すのが苦手なのか……、これは私の予想ですが、なにかを言った先を考えていませんか?」


「そっそれは……、あります」


「それはパララさんの思慮深さゆえです。自分の発言に対してその影響と責任を考えるがゆえに、言葉に詰まってしまっているんです。裏を返せば、そこまで後先を考えられる人でなければそうはならないです」


「そっそう……なんでしょう……、か?」


「そうです! あとは細かいアドバイスをしますと、面接官の顔を凝視する必要はありません。――かと言って俯いたりよそ向いてしまうのもよくないでしょう。相手の首元あたりを見るようにするとよいと思います」


「まっすぐ見られると面接官も目のやり場に困りますから」


 ラナさんは少し照れたような顔をしてそう言った。


「そうですね。人の首元あたりを見て話せば目が合うことはないので緊張も幾分か楽になります。相手からはしっかり顔を見て話しているように感じるので失礼にもあたりません」


「そっそうなんですね……。次は意識してみます」


「はい。ところでパララさんの尊敬する『ローゼンバーグ卿』の名前はどこへ出しても通じるものなのでしょうか?」


「きっと通じると思います! もし通じなければどういう方かの説明も私がしますから!」


 やはりパララさんはこのローゼンバーグ卿、という人物の話になると明らかに熱量が変わる。


「わかりました。では、休憩を挟んでもう少し練習しましょう。どんな質問がくるかわかりませんので、お手本のような回答を覚える必要はありません。その場で考えたことをしっかりまとめて口に出して伝える、これに慣れるのが大事です。こればっかりは繰り返していくしかありません」


「はっはい! ですが、お店の準備もあるのにこんなに私に付き合ってもらって申し訳ないです……」


「私はパララさんから仕事を受けた身です。気にすることはありません」


「元はといえばボクがスガさんの力を借りようとしたわけですから、気にしないでください。それに面接の練習なんてしたことないのでボクは楽しんでますよ?」



 この日は酒場の準備に忙しくなるギリギリの時間まで面接の練習を繰り返した。反復していくうちに、私とラナさんに限ってかもしれないが、パララさんはかなり自然に話ができるようになってきている。


 実際の面接で緊張をするのは仕方がない。こればっかりはパララさんに限っての話でもないはずだ。

 ただ、そもそもこの世界で就職面接の練習をすることがあるのだろうか。もし、それ自体が馴染みないものなら、この練習だけでもアドバンテージになる。私はそれに期待していた。

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