第3話 魔法使いの挑戦(後)-3
翌日、面接試験の2日前である。
この日は面接の練習に助っ人を呼んでいた。昨日、料理人のブルードさんに頼み込んでいつもより早く酒場に来てもらったのだ。ラナさんも一緒に頼んでくれたおかげか、ブルードさんは快くと了承してくれた。私は予めブルードさんに話をしてほしい内容のメモを渡して、その中身の説明をした。
「まぁやってみるけど……、ホントに大丈夫なのか、これ?」
ブルードさんはメモの内容と私の説明を聞きながら首を捻っている。
「注文が多くて申し訳ないですが、今説明したような感じでぜひお願いします」
「スガさんに考えがあるんだな? わかったよ。言われたようにやってみるか」
「よろしくお願いします」
私とブルードさんが打ち合わせをしているとパララさんが酒場へやってきた。昨日は練習をかなり繰り返したので、嫌になっていないかと心配していたが、彼女の表情は明るかった。
彼女なりにこの練習を楽しんでいるのかもしれない。なんであれ、前向きに取り組んでくれるとこちらもやる気になってくる。
「きっ…今日もよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。今日はブルードさんに面接の練習を手伝ってもらいます」
「よろしくな、パララちゃん!」
筋骨隆々で巨体のブルードさんの威圧感は中々のものだが、パララさんに話かける声は優しかった。
「よっ…ょろしくおねがしいたします!」
「今日はブルードさんに面接官をしてもらいます。昨日同様に質問内容は私が考えたものになっています」
「わっ、わかりました! がんばります!」
ラナさんはちらりと顔を出して、がんばってくださいね、と一言言って依頼書の整理をはじめた。
昨日と同じようにパララさんと面接官役のブルードさんに向かい合って座ってもらう。彼女はブルードさんの極太の首あたりをじっと見つめていた。少し極端なところはあるが、昨日話した内容を早速活かしてくれているようだ。
「よし、それじゃ面接をはじめます。まずは簡単に自己紹介をお願いします」
私が書いたメモを見ながらブルードさんはやや棒読みで練習を開始した。
「ぱっ…パララ・サルーンです! セントラル魔法科学研究院を今年卒業しました。研究院では炎属性の魔法と弱体系の魔法の適性を見出されまして、それらを中心に学んでいました!」
ブルードさんは慣れていないので、パララさんが話終わった後、私に「先に進んでいいのか?」とボソボソと聞いてくる。私は頷いて先を促す。
「はい……。では、セントラル卒業から今日までそれなりの期間が空いているようですが、この間にはなにをなされていたのか教えてもらえますか?」
「あっ…えっと、それは――」
パララさんが返答に困っているのがわかった。この期間はギルドの仕事依頼を見て回ったりしていたのだ。
しかし、仕事がうまくいかなかったり、面談で拒否されてしまったりとあまり尋ねられたくない期間の話だろう。
だが、履歴書や職務経歴書と同じようなものがあるのなら、空白の期間になにをしていたのかは間違いなく尋ねられる。ここに対して、なるべく悪い印象をもたれないように話すのは非常に重要だ。
「しっ…仕事の依頼などを探して……、ギルドを巡ったりしていました……。なかなか仕事をもらえず所属が無いまま時間が過ぎてしまった期間です」
「セントラルを優秀な成績で卒業されているようですので、魔法ギルドからの推薦もあったと思うのですが、どうですか?」
「はっはぃ…。推薦を頂きましたが…あの、その面談で…ギルドから、実際に所属して働くのは難しいと言われました……」
パララさんは絞り出すような声で話している。声にするとともにその時の記憶を呼び起こすのが辛いのかもしれない。見ているこちらも正直辛いものがあった。それはブルードさんも同じのようで私の顔を見て、続けていいのか? と表情で訴えてくる。
しかし、私は続けてもらうように頷いてみせた。
「えーと……では、推薦のあったギルドには入れなかったのに、我々のギルドならあなたの力が活かせると考えられた訳ですか?」
ブルードさんもかなり聞きづらそうに話をしている。そしてパララさんも俯いたりしながらもごもごとなにを口に出すべきか迷っているようだ。
ブルードさんには申し訳ないが、今日の練習では圧迫面接のようにするための質問を考え、読んでもらっている。私やラナさんとは別の人から圧迫気味の質問を受けることによって、実際に圧迫面接に遭遇した場合でも対処できるようにしておきたかったのだ。
これはパララさんには辛くきついだろう。面接官役のブルードさんもきついし、見ている私もすぐにやめさせたい衝動に駆られた。
だが、当日いきなりこういった事態に遭遇する方がさらに辛いことになるのだ。彼女には今これに耐えてもらいたかった。パララさんがこの答えづらい質問にどう返すのか、中断したい気持ちをぐっとこらえて私は待ち続けた。ブルードさんも時折私に目をやりながら黙っている。
そしてパララさんはこの沈黙を破った。
「すっ…推薦をもらったギルドは……、面談でうまく会話ができずに…お断りをされてしまいました。その後の仕事の依頼を探していた時も同じです。じっ、自分ができることとか…なにをしたいかとかを全然答えられなくて……なかなか仕事の紹介をもらえず、私も人と協力してする仕事はできないと思って避けてしまって……そうこうしているうちに時間ばかりが経ってしまいました」
パララさんは泣き出しそうな顔をしているが、はっきりと聞き取れる声で話始めた。
「で、ですが……、そういう自分を変えないといけないともずっと思っていました。そして偶然、仕事の紹介所で私に協力してくれる人たちに出会ったんです! だから……、それに私も全力で応えたいと思い今回応募するに至りました!」
彼女が魔法使いとして仕事をするためになにを経験し、なにを考え、この酒場に行きついたのかが伝わってくる答えだった。誰よりも自分を変えたいとパララさん自身が思い続けているのだ。
この練習は皆が苦しい気持ちになるものだったが、今の言葉を彼女の口から引き出させたのは非常に大きい。
「ありがとうございます! ブルードさんの質問はすべて私が考えて言ってもらっています。辛い思いをさせて申し訳ありませんでした」
パララさんは涙ぐんだ目で私を見ていた。結局、私が我慢しきれなくなって中断させてしまった。
「ブルードさんにもこんな役を引き受けてもらって申し訳ありません。本当にありがとうございました」
「あぁ……、今中断してもらって助かったぜ。さすがにこれ以上パララちゃんのその表情は見てられないからなぁ……」
「実際の面接の場でもこういった厳しい質問がくる可能性は十分考えられます。そして、それに対してパララさんが口ごもるのではなく、今の自分と向きあった上での受け答えをできるのが非常に大事だと思ったんです」
「はっ、はい……。私も今この場ですからこうして話せましたが…じ実際に面接の場でいきなりこんなことを聞かれたらなにも答えられなくなっていたと思います……」
わずかな沈黙が流れた後、ラナさんがお盆にお茶をのせてやってきた。
「ちょっとだけ休憩しませんか?」
ラナさんの持ってきたのはハーブティーだ。爽やかな香りがこの場を優しく包み込む。皆でそれを飲み、静寂の時を過ごした。
お茶を飲み終えて落ち着いてからは、簡単なマナーについてパララさんに話をした。もっともこれに関しては私の世界での話なので、そのまま取り入れて効果があるのかはわからない。ただ、少なくとも悪い印象を与えないと思われる。
「面接会場の部屋へ入る際はノックをしましょう。中の人から促されたら扉を開けて入るといいです。また入室の際には『失礼します』と言ってから入るとよいと思います」
「はっはい、わかりました!」
「面接で座る席の左横に立ってまずは名前を名乗り、ここでも促されてから席につくとよいと思います。面接が長時間に及ぶこともありますから、席にはなるべく腰を深くかけたほうが疲れにくくなるでしょう」
「そっそうなんですね、わかりました!」
「席に着いたあとは両手を前に重ねて力まず自然に置くとよいです。姿勢をよく見せるためには、天井から頭の天辺にかけて糸で吊るされているようなイメージをすると背筋が伸びてよいかと思います」
「はっはひ、ゆっ…ユタタさんはどこか良家でマナーを指導するようなお仕事をしていた方なのですか?」
「いいえ、そのような経験はないですが……、どうしてです?」
「めっ、面接についてこんなに細かく指導されたのは初めてなので…しっ正直驚いています。こんなに意識することがあるなんてびっくりです」
これらの知識は仕事というよりは、学生時代の就職活動をしていた時に自然と身に付いたものだ。
「面接で一番大事なのは話す内容になります。これは当然なのですが、部屋に入るときの声かけや椅子に座る際の所作、話すときの姿勢や言葉使いなど他にもいろいろなところを面接官は見ています。せっかく素晴らしい内容を話しているにも関わらず、他のところで評価を下げてしまうのはもったいないですからね……。こういった動きや姿勢は当日緊張しているときでも、自然とできるように繰り返し練習をしていきましょう」
「はっはい、わかりました!」
「スガさんのそういった知識の豊富さには本当に驚かされます。機会があったらボクにも教えてくださいね?」
ラナさんが時折顔を出しては声をかけていく。先ほどの圧迫面接の練習もあり、様子が気になるのだろう。ブルードさんは席を離れて料理の仕込みをはじめていた。
「あっ…あのラナさん、お願いがあるんですけど……」
「ボクにですか? なんでしょう?」
「さっ酒場のお手伝いをさせてもらうことはできませんか?」
「ボクには気を使わなくても――」
「ちっ違うんです!」
ラナさんの話の途中で、パララさんは両掌を前に出して待ったをかけた。
「みっ皆さん以外のいろんな人と話をして、その…もっと人と話すのに慣れていきたいんです! ここのお仕事をしていたらいろいろな人と話せるかなって思って――」
なるほど、盲点だった。いかにして初対面の人とでも話せるようにするかを考えていたのだが、目の前にとても良い方法があったのだ。それをパララさんから言い出してくれて助かった。このわずかな期間で彼女が変わろうとしているのを感じた。
「そういうことですか……。でしたら今日はスガさんのお手伝いをしてもらいましょうか?」
「ぜぜ…ぜひお願いします!」
「私も助かります。夜の時間は込み合いますので猫の手も借りたい時も多々ありますから」
「スガさんもここでの仕事はまだまだ一人前とはいかないからな? オレからもよろしく頼むぜ!」
厨房からブルードさんの大きな声が聞こえた。たしかに酒場の仕事はまだまだ要領が悪い。人手が増えるのは願ってもなかった。
「では、お客様への注文の聞き取りと配膳を私と一緒にやってみましょう。お客様との会話が必要になりますから他人と話す良い訓練にもなるはずです」
「はっはい! わかりました!」
「慌てて料理をひっくり返さないようにだけ注意してくれよな!」
またブルードさんの声が響く。たしかにパララさんの慌てようを見ていると、その心配をした方がいいのかもしれない。
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