第3話 魔法使いの挑戦(後)-4

 外の日が陰りはじめ、徐々にお客の入りが多くなってくる時間になった。常連が多いこの店では新しいウエイトレスはすぐに注目の的となった。


 パララさんの少女のような可愛らしさも相まって頻繁に声をかけられている。彼女はあたふたしながらも進んで仕事に取り組んでいた。横目で追いながらも時々フォローをしつつ、基本は彼女に任せるようにした。


 ラナさんも時折顔を出しては、「あまり可愛いからって無茶なオーダーはしないでくださいね」と常連客たちをたしなめている。ここの男性客のほとんどはラナさんの言うことに絶対服従なので安心だ。


 パララさんはお客様と会話するのには苦労しているが、オーダーを覚えたりするのは驚くほどこなしている。ただ、声をかけられる数が増えてくると徐々に顔に疲労が見えてきた。ちょうど私がそう思った時にラナさんが声をかけていた。


「ボクがしばらくオーダー受けますからパララさんは少し休憩しましょう」


「ごっ、ごめんなさい……。私お役に立ててませんか?」


「いいえ、とても助かっていますよ。ですが、パララさんが疲れてきているのをスガさんもブルードさんも気にかけています」


「わっ、私まだまだ元気ですよ!」


「ええ、ですから元気が残っているうちに一息ついてください」


 ラナさんは口をUの字に曲げたいつもの笑顔でそう言った。


「……わかりました。休憩とらせてもらいます」


 ラナさんに押し切られてパララさんは店の奥へと下がっていく。とても真面目な性格のようだが、がんばりすぎてしまうところもあるのかもしれない。




 それから小一時間程度経っただろうか。外はすっかり暗くなり、酒場の一番忙しい時間帯がやってきた。いつもの時間帯にカレンさんが顔を出して定位置のカウンター奥の席に座る。


「スガぁ、びっくりしたよ。この間私が振り回したあの大剣、うちのギルドが買い取ってたよ!」


 そういえばそうだった。競りが始まった時、カレンさんはもうその場を離れていたのだろうか。同じ日に酒場で会った時は、その話に触れなかった。


「ええ、たしか『グロイツェルさん』という方が買ってくれました」


「うちの幹部のひとりだよ。あんまりこの辺には来ないから会うのは初めてだったかな?」


「そうですね。ただあの巨体を見たらもう忘れることは無さそうです」


「あっはっは! それはそうかもね。なかなかおもしろいこというじゃないか」


 さらに私がなにか言おうかとしたところで、カレンさんの視線が私の後ろにいった。


「――ところでスガぁ、後ろの可愛い子はここの新入りさんかい?」


 後ろを振り返るとパララさんが立っていた。


「おっ…遅くなりました! 残りの時間しっかり働きます!」


「おかえりなさい。ちょうど忙しい時間帯になってきましたね?」



「スガさんがいっぱい働いてくれますから、パララさんは無理しない程度にがんばりましょう」



 ラナさんもやってくると、カレンさんにいつものお酒を差し出した。


「ああラナ、この可愛い子はどこで見つけてきたんだい?」


「詳しく話すと長くなりそうなんだけど……、短期でお手伝いをしてもらってるんです」


「ぱっ…パララと言います! よろしくお願いします!」


 パララさんは勢いよく深々と頭を下げた。テーブルの角に頭をぶつけたりしないか心配になる。


「カレンだよ、ここの常連でラナの友達さ。よろしくパララちゃん」


「ねぇカレン、そのパララさんのことでお願いがあるんだけどいいかしら?」


「うん……、なんだい?」


 私もパララさんもなんの話かわからなかったので、二人で互いに顔を見合わせる。


「今日お店の帰り、パララさんを送って帰ってくれないかしら?」


「ああ、そんなことか……。パララちゃんはどこに住んでるんだい?」


「そっ、そんな悪いですよ。ひ、ひとりで帰れますから!」


「夜遅くに可愛い子をひとりで帰らせるのは心配だよ、なぁスガ?」


「そうですね、最近物騒な話を聞きますので私からもお願いします」


「今日はいつもより早く帰る予定だったからね……。その時にまた声をかけるよ」


 そう言ってカレンさんは差し出しされたお酒に口をつけた。パララさんは、ありがとうございます、とお礼を言った後、別のお客に声をかけられてそちらに向かっていった。ラナさんも、ありがとうと言って別のお客のところへと行った。


 私もここを離れようとするとカレンさんに小さい声で呼び止められた。


「客がもう少しひいたら話できるかい? スガの言ってた『物騒な話』で伝えときたいことがある」


 返事を待たずにカレンさんは目を逸らしてお酒を飲み始めた。「物騒な話」は最近よく耳にする切り裂き魔の話だろうか。しかし、その件でカレンさんから私にどんな話があるというのだろう……。



 忙しい時間はあっという間に過ぎ去った。パララさんが一緒に働いていることで、自分がしっかりしなくては――と思い、結果的に私自身の仕事がいつもよりよくできているような気がする。


 路面電車が止まる前に店のお客は減っていく。店内の人もまばらになり、新規の来店も少なくなる時間帯になってきた。お客の去った席を掃除しているとカレンさんと目が合い、手招きをされた。周りに他のお客はいない。


「スガ、今ちょっといいかい?」


「はい、少しでしたら大丈夫ですが……、先ほど言っていた話ですか?」


「ああ、あまりいい話ではないんだけどねぇ……」


「はい?」


「なにも悪いことしてないから堂々としてればいいんだけどねぇ、スガ……、衛兵たちに目ぇ付けられてるよ?」


「えっ……、私がですか!?」


 思わず声が大きくなってしまった。幸い気に留めた人は誰もいなかったようだ。


「スガはさぁ、身元がはっきりしないだろう? それで衛兵の一部が変な疑いをかけてるんだよ?」


 なるほど、たしかに私は遠い異国から突然やってきた訳ありの人ということになっている。詳しい事情は話していない――というより、どう話していいかわからないし、信じてもらえそうもないので適当な設定ではぐらかしているのだ。


 人によっては怪しむのも仕方がないのかもしれない。


「例の切り裂き魔の件で衛兵の調査や警備が厳しくなってる。最初の1件を除いて、大きい被害は出てないけど、続けて起こっているのに犯人の目星もついてないじゃ衛兵の沽券に関わるからねぇ……」


「犯人の候補に私があがっているのですか?」


「見当違いも甚だしいけどねぇ……。まぁ心配しなくていいよ。私の名に懸けてスガは切り裂き魔の件に関わってないって釘は打っといたからさ」


「カレンさんが……、衛兵にですか?」


「ああ、国お抱えの衛兵様が協力を求めてくるのは珍しいんだけどね。この切り裂き魔の件に関しては、うちのギルドが協力することになってる。それでこんな情報が流れてきたってわけさ」



 まったく予想外の話だったので思考がうまくまわらなかった。ただ、カレンさんが私をあらぬ疑いから守ってくれたのだけは理解できた。


「ありがとうございます。まさか、そんなことになっていたなんて――」


「私もそうだけど、スガはあのラナが信用した人だからね。あの子とは付き合い長いけど人を見る目は確かな子だから」


「そうなんですか……。しかし、衛兵の方々はそれだけで引き下がってくれるのでしょうか?」


「いいや、ただスガはさ……。魔法とかからっきしだろ?」


「はい……。『ま』の字もわからないレベルです。しかし、なぜ魔法なんですか?」


「今から話すことは言いふらすんじゃないよ……。『切り裂き魔』と呼ばれてるから刃物で切ってると思われてるけど、こいつの正体は恐らく魔法使いだね?」


 カレンさんは声をひそめてそう言った。


 魔法使い……? どういう意味だろうか?


「衛兵に協力するようになってわかったんだけど、過去数件の切り傷は刃物じゃない……。恐らく風系統の魔法でつけた傷だねぇ」


 いわゆる「かまいたち」のようなものだろうか。魔法でそんなことができるのか。


「――と、まあスガがこの件に関わってないことは明らかだし、衛兵にもそうは言ったんだけどね。それで引き下がる連中でもないだろうから、余計な疑いを招くような行動はしないようにね?」


「……はい、わかりました。ご忠告ありがとうございます」


 疑いを招く行動、とはどういう行動なのか。それすらがわからないままとりあえず返事をした。

 少しの間宙を見上げて頭を整理する。顔をおろしたら、先ほどまでとはまるで違う笑顔のカレンさんの表情があった。


「まっ! 私がいるからなにも心配ないよ!」


 カレンさんは私の背中を軽く平手で叩いて、そのまま席を立った。


「さ~てパララちゃんだっけ……。一緒に帰ろうか! お姉さんが送ってあげるよ!」


 離れたところにいたパララさんはキョロキョロとした後、視界にラナさんを見つけてなにか言おうとした。しかし、ラナさんがそれを制するように手を上げて先に話始めた。


「お店はもう大丈夫ですよ。本当に助かりました。今日はカレンと一緒に帰ってください」


「あっ…ありがとうございます! それではまた明日もよろしくお願いいたしますです!」


「ええ、明日もがんばりましょう。お給金も明日お渡ししますね?」


「いっいいいえ! 私が勝手に手伝ってるだけですから! その…なにもいりません!」


「ダメですよ、パララさん。きちんとお給金をもらう、支払う――、それで仕事に責任が生まれるんです……、とスガさんが言っていましたよ?」


 突然、私に話が飛んできてびっくりした。しかし、ラナさんの言うのは、まさにその通りだ。


「そうです。しっかりとお給料をもらうことでそれだけの仕事をしなければならない、と思えるんです。遠慮はいりません……、と私が言えた台詞ではありませんが」


 くすりとラナさんは笑ったあと、「カレンが一緒ならどんな暴漢も裸足で逃げ出しますからね。安心していいですよ」と言った。


「まったく人を怪物みたいに言うんじゃないよ……。とりあえず出口で待ってるから支度してきなよ?」


「わっわっ…わかりました! それではお言葉に甘えてご一緒させていただきます!」


 パララさんは自分の持ってきた荷物をまとめると慌ただしくカレンさんの後を追っていった。

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