第6話 十色の力(後)-4

 眠くはなかったので医務室のベッドに腰をかけて考え事をしていた。ブレイヴ・ピラーの施設にいるのなら助けてくれたのはカレンさんでほぼ間違いないだろう。


 どういう経緯で助けられたのかわからなかったが、いろいろ訊かれるだろうな。そう考えていると、部屋の外から足音が近づいてきた。同時に話し声も聞こえる。何人かが一緒に来たようだ。


 ノックの音が響いたが、返事をする前に扉は開けられていた。先ほどのリンカさん、そしてカレンさん……、その後ろにラナさんの姿が見えた。これは想定していなかった。


「スガぁ、具合はどうだい? 私が誰かわかるかい?」


 カレンさんはいつも通り少しふざけた感じで話しかけてきた。私はとりあえず多少の痛みはあるものの普通に動ける旨を伝えた。すると、後ろにいたラナさんが私の目の前まで歩み寄ってきた。彼女にもきっと余計な心配と迷惑をかけたのだろう。


 まずは謝らないと、と口を開こうとした時、私の頬に衝撃が走った。


 ラナさんに叩かれたと理解するまで何秒かかった。


 宙に浮いた視線をラナさんに戻した時、彼女は下を向いていた。



「とても……、とても心配しました」



 気付くと彼女は私の右手を両手で握っていた。なにか感触を確かめるかのように何度も握りなおしている。私はなんと言っていいかわからず無言になってしまった。口を何度か開いてなにか言おうとしたが言葉が見つからない。


 すると、彼女は顔をあげた。その表情はいつもの笑顔だった。


「何日か安静にしていないといけませんからね……。酒場で待っていますよ」


 そう言うと彼女は先に部屋を出て行ってしまった。カレンさんは視線で追っていたが、追いかけはしなかった。


「大丈夫ですか? 怪我人に暴力は遠慮してほしいですよねー」


 リンカさんは私の顔を覗き込みながらそう言った。


「カレンが許可とってくれたみたいなので、しばらくここでゆっくり休んでってくださーい」


 リンカさんはカレンさんの目を見た後に出て行ってしまった。部屋に私とカレンさんだけが残された。


「さてと……スガ、私も一発いれてやりたいところだけどラナのが効いてそうだからやめとくよ?」


「カレンさんに殴られたら入院が長引きそうですからね」


「ははっ……、そういうこと言えるなら頭も無事みたいだね」


「ええ……、いろいろご迷惑をおかけしたようですね」


「まったくだよ……。ラナのビンタを心に刻んどきな。あの子が人をぶつなんて滅多にないからねぇ」


 ラナさんの平手はたしかに身体より心への痛みが大きかった。気絶する前にずいぶんと殴られ蹴られした記憶はあるが、そのどれよりも後に引きそうな痛みだ。


「まぁ何日かここで休んでいきなよ? リンカは変人だけど治癒の腕前は一流だしね」


 「変人」のワードで、血がどうこう言っていたのを思い出す。たしかにあれを聞くと変人と言われて否定できない。


「少しずつでいいけど……、スガには聞きたいことがたくさんある。そっちも気絶してる間になにがあったか知りたいだろう?」


 カレンさんは真っすぐに私の目を見てそう言った。その青い瞳には隠し事はやめよう、と訴えてくるものがある。


 だが、私はブリジットに会おうとした目的だけは話さないでおこうと決めていた。異世界云々の話だけは自分の中だけに留めておこう、と。


 私は、ブリジットを探すため情報を集めていたところ、ユージンとその取り巻きに出会った旨を話した。


 彼女からは、パララさんがブリジットと出会った仕事の紹介所にはブレイヴ・ピラーの見張りが付いていて、私の不審な行動はそこから判明したと聞かされた。


 私はブリジットを見つけるために思いついた方法についてなど様々な話をした。しかし、これを聞いているカレンさんの反応はとても薄かった。


「スガさぁ……、私が聞きたいのはそこじゃないよ? なぜ私たちに隠してたかってことさ?」


「――話すきっかけがなかっただけです。隠していたわけでは」

「違うね……、覚えてるかい? 酒場で私がスガを中央市場のあたりで見かけたって話したこと?」


 私はその時の酒場の会話を思い出していた。そして今、その真意を理解した。


「あの時すでにスガが例の紹介所付近でなにか聞き込みしてるのは知ってたんだよ……。きっとパララちゃんの一件でスガなりに力になろうとしてるんだと私は思てった」


 カレンさんはここで言葉を区切り、間をおいてから続けた。


「――けど、それなら私やラナに先に話があってもおかしくないよね? ちょっと変に感じたから悪いけどかまかけてみたのさ。中央市場で見かけたなんて嘘っぱちだよ?」


 なるほど、あの時点ですでに気付かれていたのか。


 うまくやれていると思っていたのはどうやら私だけだったらしい。


 誰にも迷惑をかけないようひとりでやっているつもりが、実は筒抜けで最後には助けてもらっているのだ。つくづく自分が情けなかった。カレンさんになぜひとりでやっていたのか、を尋ねられた。どう話したらいいか迷う。


「――ひとりでなんとかしたかったんです」


「うん?」


 カレンさんは顔は真剣ながらも首を傾げていた。


「カレンさんはとても高名な剣士です。パララさんも魔法使いとしてとても才能のある方のようです……。ラナさんも実はとんでもない魔法使いだと知りました」


「うーん……、まぁそうなのかもね」


「皆さんに囲まれていると……、なんというか自分がとてもちっぽけな存在に思えてきまして――、誰にも頼らずなにかをやってのけたいと思ってしまったんです」


 最初はなにかカレンさんを納得させられるような嘘をつこうと思っていた。だが、考えた末に口からこぼれた話は嘘ではなかった。


 ブリジットをひとりで探そうとした動機のすべてがこれではない。それでもその何割かを占めていたのは事実だ。



 こちらの世界に来て、自分で仕事の依頼を受けたりしながらうまくやっているつもりでいた。しかし実際は周りの人に頼り、助けられてばかりいるのだ。


 頼ることが当たり前になっている自分が嫌になっていた。カレンさんはなにも言わずにしばらく私を見つめた後、顔を上にあげて息を吐きだした。


「今回、スガを助けるために私とラナ、パララちゃんにブルードさん……、あとサージェも手を貸してくれた」


 私は今の話を聞いて、ようやくここにラナさんがいた理由を理解した。


 最初は傷を負った私のお見舞いのような感じだと思っていたのだが、そもそも救出の時にラナさんもいたのか。そして他にも私が思っていた以上にたくさんの人の名前が飛び出した。


「私が誘ったんじゃないよ。ラナもパララちゃんもブルードさんも、スガが危ないと知ったら私と一緒に行くって言ったんだ。まだどういう状況かきちんをわかってない時だよ。まぁ、サージェはおまけだったかもだけどねぇ?」


 カレンさんは改めて視線を私に戻した。


「たしかにスガはひとりで戦える人間じゃないね……。逆に私たちならこうなる前に自力でなんとかしてたとも思うよ?」


 彼女は私の頭の包帯を指差していた。


「けどさ……。スガのためにみんながこうして力を貸してくれた。これがスガの『力』なんじゃないかな?」



 これが私の力?


「剣術も腕力も『力』、魔法も『力』……。けど人の『力』ってこういうのだけじゃないだろ? あんたを助けたいってみんなが思うのは、スガの『力』なんだと私は思うよ」


 私は無意識に自分の両掌を見つめていた。非力な手だ。


「スガじゃなかったらみんな手を貸してくれなかったと思う。これってすごいことじゃない? まぁ最初から自分で助けを求めろよってところはあるけどねぇ」


 カレンさんの顔は今まで見た彼女のどの笑顔よりも優しい表情をしていた。


「す…すみません。私は……、勝手に暴走してしまって――」


「謝らなくていい、けどきちんと礼は言いな! あと、私以外にはちゃんと謝ってお礼をしときなよ?」


 カレンさんが年上のお姉さんのように見えてきた。私は諭される子どものようだ。たしか私の方がわずかに年上だったはずなのだが……。


「はい、ありがとうございます。カレンさん!」


「また明日にでも話聞きに来るからさ、今は安静にしてな。そして、スガは人を頼れ! 頼って人を動かせるのは立派なあんたの『力』だよ」


 彼女は私に人差し指を向けると、くるりとまわって部屋を出て行ってしまった。私は彼女の背中を見送りながら、自分の迷走を恥ずかしく思った。怪我をしっかりと治した後にみんなに謝って……、しっかりとお礼を言おうと心に決めた。

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