第6話 十色の力(後)-5

 スガの休んでいる部屋を出て廊下を歩いていると、サージェが後ろについていた。


「あの男の怪我は、治りそうですか?」


「サージェもスガが心配なのかい?」


 私は振り返らずに歩きながら茶化すように問いかけた。


「興味ありません。ですが、あの男が治らないとカレン様の手がとられてしまいます」


 サージェの台詞は、本心なのか素直じゃないだけなのかわからなかった。私がスガに言った「人を頼れ」という言葉は私自身がグロイツェルからよく言われている言葉だ。私が人に言えたもんじゃない、と内心思っていた。


「私はそこまで面倒見よくなくないよ、まぁリンカの話だと2~3日で完治じゃないかな。ところで『牙』の連中はどうだい?」


「目を覚ました者から順番に尋問を始めています――が、まともな情報を持っていそうなのはユージンくらいかと」


「そうかい、今のところブリジットに繋がる数少ない情報源だからね……。きっちりしぼってやりな」


「心得ています」



 私は本部の会議室に足早に向かっていた。


「グロイツェルと他の隊長も集まって話があるらしい。今回の件の報告が主だろうけどね……。その間、隊の連絡系統はサージェに任せるよ?」


「はい、お任せください」


 他のギルドと争ったわけだから口うるさく小言を言われると予想できた。それにラナも関わっている。シャネイラも顔を出しそうな気がしていた。考えただけで頭が痛くなる。頭を抱えて思わずため息をついてしまった。


「いかがされましたか? 体調がすぐれませんか?」


「いいや……、今は大丈夫だよ。きっとこれから頭痛がひどくなるけどねぇ?」


 会議室の前まで着くとサージェは一礼して去っていった。私は息を大きく吸った後、それを一気に吐き出した。そして会議室の扉を開けた。



◇◇◇



 夜、細かい雑務はサージェに任せたり明日にまわしてラナの酒場に向かった。平手をくらったスガもさることながら、ラナのことも心配だったからだ。


 駅からの夜道を歩きながら、私はラナにぶたれたことがあったかな? と幼い頃の記憶を辿ったりしていた。


 道には昨日の雨の名残で所々に水たまりがあり、星空が反射して映っている。酒場の前にくると、店の灯りから普段通り営業しているとわかり、ひとまず安心した。


 店の扉をくぐると中の光景がいつもと若干違うのに気付いた。まず目に付いたのはパララちゃんがエプロンを着て働いていることだ。



「あれぇ、パララちゃんお店の手伝いかい?」



 彼女は私に気付くとパタパタと足早に歩み寄ってきた。小動物みたいで可愛いなと思った。


「こっ…こんばんは! カレン…さ、ん」


 そういえば、この前私を呼び捨てでいいと話をしたのを思い出した。慣れていないせいか、いつも以上にぎこちない話し方になっている。


「ゆっ…ユタタさんがお休みしてますから……、ちょっとでもお手伝いできないかと思って、ギルドの仕事が終わってから飛んできました」



「とても助かっていますよ。スガさんが復帰されたらいっぱいお礼をしてもらいましょうね?」



 カウンターの向こうでしゃがんでいたラナが顔をひょっこりと出した。いつも通りのようだ。パララちゃんがいるのと、もう一つ、店内の客がいつもより立って歩いているように見える。よく見ると注文した品を自分で取りに行っているのだ。


「この店いつから注文の品を自分で運ぶ仕様になったんだい?」


 たまたま私の横を通った武器屋のハンスさんが答えてくれた。


「スガさんがいなくてラナちゃんとブルードさんが大変そうだったからよ。オレら常連はできること自分でやろうって話になったんだよ」


「ははっ……、それはいいねぇ。私も自分の酒は自分で入れようかねぇ」



 この光景をスガに見せてやりたい。


 あんたが思っている以上に人を動かす力があるんだよって……。まったく男ってのはどうして変に恰好つけたがるんだろうね。もっともこの店の客に関しては、ラナの力が大きいかもしれないけど。



 パララちゃんの手伝いや常連客の計らいもあって酒場は何事もなく今日の営業を終えた。私は閉店までゆっくり飲みながら店の後片付けだけ簡単に手伝いをした。

 私は家がそう遠くないので、電車の最終を逃しても歩いて帰れるけど、パララちゃんやブルードさんはそうもいかないだろう。


 2人を先に帰して私が店に最後まで残った。ラナと2人になりたかったのもある。ラナは「close」の札を出して、店を閉めた後にグラスとお酒の瓶をひとつ抱えてカウンターへやってきた。


「カレン……、一杯だけ付き合ってくれない?」


「……珍しいねぇ、いくらでも付き合うよ」


 ラナとお酒を酌み交わすなんていつ以来だろうか。お酒を飲める歳になった時、ここで2人で飲んだ記憶がある。きっとそれ以来かな。ラナはグラスに砕いた氷の破片を入れてそこに琥珀色の液体を少量注いだ。


「ボクはあんまり飲めないからこの一杯だけです」


「ああ、知ってるよ。酒場の娘のくせに全然飲めないんだからねぇ」


 ラナは他愛のない話や幼い頃の話をしながらなめるようにお酒を飲んでいた。私は横に座って話を聞きながら彼女の横顔を眺めていた。ほんの少し飲んだだけで頬のあたりが桃色に染まっている。


 昨日起こったことやスガの話を特別したわけではない。ただ、今がきっと心を休める時間になっていると私は思った。親友と話すひと時は私の心にも安らぎを与えてくれた。

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