第6話 十色の力(前)-6
外は薄暗く今にも大雨が降ってきそうでした。私は駅から駆け足でラナさんの酒場まで向かいました。小雨がぱらついてましたが、いつも鍔の広い帽子を被っているので気になりません。
先日、私が至らないばっかりに大変な事件を引き起こしてしまいました。ですが、それをきっかけに魔法ギルドに所属できるようになったのです。
今日は正式にそれが受理されたので、ラナさんとユタタさんに報告へ行くことにしたのです。ユタタさんには、お給料が入ったら以前に面接の練習をしてもらった時のお礼をお支払いする約束でした。
敬愛する「ローゼンバーグ卿」がラナさんと知った後、彼女のことを「ラナ」と呼ぶのはまだ抵抗がありました。ですが、彼女がその方がいいと言ってましたので、ご本人の前ではがんばって「ラナ」と呼ぶようにしないといけません。そんなことを考えていると、あっという間に酒場の前に辿り着きました。
いつも通りでこの時間は「close」の札が出ています。入口のところから中を覗くとこちらに気付いたラナさんと目が合いました。扉が開いて中から暖かい空気とともにラナさんが出てきました。
「パララ、こんにちは」
「らっ…らラナ……さん、こんにちは……」
とてもぎこちない挨拶をしてしまいました。ラナさんは私のことを自然と「パララ」と呼んでいます。
「ふふっ……、無理して呼ばなくてもいいですよ。さぁ雨が降りそうですから中へ入って下さい」
「はっ…はい! ありがとうございます」
店内に入って中を見回してみましたが、ユタタさんの姿はありません。私の様子に気付いたのか、ラナさんから声をかけてくれました。
「スガさんでしたらお出かけしてますよ?」
「そっ…そうですか。えっと……、実は正式に魔法ギルド所属が受理されまして、そのご報告にきたのですが――」
「それはおめでとうございます! がんばってくださいね?」
ラナさんは両掌を合わせて笑顔で喜んでくれました。
「天気も崩れてきそうですし、スガさん早く帰ってくるといいんですけど……」
ラナさんは窓から外の様子を覗いて呟きました。雲はどんよりとした濃い灰色をしていて今にも大雨が降ってきそうな気配がしています。
「もう少ししたらブルードさんもやってくる時間です。お茶を淹れますのでお話しましょうか?」
「はっ、はい! そうさせてください」
ラナさんは鼻歌を歌いながら厨房へと入っていきます。私はローゼンバーグ卿を勝手にどこかの王族のお姫様のような人と想像していました。ところがお会いした時からとても親しみやすいと思っていたお姉さんのような女性が実際の姿でした。
憧れの方とこうしてお話できるのはとても嬉しいことでしたが、素朴な疑問もあります。魔法名門校のセントラルをして不世出といわれるほど「ローゼンバーグ卿」の名前は有名です。それほどの方がなぜ魔法とは一切関わりのないお仕事をされているのか?
セントラルに進んだということはきっと一度は魔法使いとして生きる道を選んだのだと思います。きっとラナさんなりの事情があるのだと想像しました。そして、それは聞いてはいけないようなも気しました。
酒場ではラナさんと他愛のないお話をしながら過ごしました。お店のお客さんの話やカレンさん、それにユタタさんの話をたくさん聞きました。私はセントラルにいたとき、友人がほとんどいなかったので、こういうなんでもない話をするのがとても新鮮で……、そしてとても楽しい時間でした。
時の流れがとても速く感じられました。ブルードさんも来られて私にお祝いの言葉をたくさんくれました。時間を確認して、ユタタさんはまだ帰ってませんでしたが、これ以上はお店の邪魔になると思って私は失礼することにしました。
「きっ…今日はそろそろ帰りますね。ユタタさんにもよろしく伝えてください」
「ええ……、とても楽しかったです。また遊びに来てくださいね」
私はカウンターの席を立って一度窓を見ました。雨はいつの間にか本降りに変わっています。そして一瞬視界が真っ白になった後、大きな音がしました。
「――きゃっ!!」
私は反射的にその場にしゃがみ込んでしまいました。ブルードさんがびっくりしてこちらにやってきます。
「大きな雷でしたね……。スガさんは大丈夫かしら?」
ラナさんは轟音にまったく動じる様子もなく、窓を見ながら首を傾げていました。
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