第6話 十色の力(前)-2

 翌日、私は酒場の昼の営業を終えてからある場所へ出かけた。


 昨晩私なりにブリジットに会う方法を考えた。「ブレイヴ・ピラー」が人手をかけてもまだ見つけられていない人物をひとりで見つけるのは、困難を通り越して無謀でだといえる。

 しかし、彼がパララさんに行った手口が私の思った通りなら、可能性こそ低いが接触できるような気がしていた。


 問題は危険性だ。


 目的はわからない。しかし、魔鉱石の輸送隊襲撃が彼ひとりの思惑で行われたとは到底思えない。裏になにかしらの組織めいた存在を感じさせる。私がいた世界でも、特殊詐欺の実行犯は大体グループに所属していて、元を辿っていくとヤクザに繋がっている、というようなニュースを何度か耳にしていた。



 ブリジットがどういった立ち位置の人間なのかも不明だが、危ない組織と繋がっている可能性は十分ありえる。


 私は武術や武器の扱いの心得がまったくない。当たり前だが魔法も一切使えない。ブリジットを探すのは危険を伴う。暴力沙汰に巻き込まれた場合、それに対処する術がないからだ。


 やはり誰かへ相談し、協力してもらうべきだろうか? そう考えると真っ先に頭に浮かぶのはカレンさんだ。


 だが、彼女はブレイヴ・ピラーの人間として、すでにブリジットの調査に動いている。それに協力するのはできるかもしれないが、それでは、仮に彼を見つけられても私が会えるわけではなくなる。


 私の素性に関わるところもあるゆえに協力を非常に頼みにくかった。いろいろと考えた結果、細心の注意を払い、いざとなれば全力で逃げるつもりで私は単独での行動を開始した。



 私が向かったのは、パララさんが最初にブリジットに声をかけられたという仕事の紹介所だった。


 そこは酒場から路面電車で数駅離れたところにある。ここ最近は、様々な依頼をこなしてきたので自由に使えるお金が増えてきた。さすがに歩いて行くには遠い距離だったが、電車賃は気にならない。

 そして今はその金額よりもブリジットを探すことが私の優先順位としては高かった。


 私は、目的の場所を「ハローワーク」のようなところだと勝手に想像していた。だが、実際はそれより規模が小さく、どちらかというと役所の出張所に近い感じだった。

 街の裏通りにあり、建物の外には薄汚れた服を着た人たちが何人かたむろしている。仕事を探してやってきた人だろうか……。


 そこに至る道は、わずかだが下水のような臭いが漂っていて少し気分が悪くなった。明らかに治安も悪そうで、パララさんがここにひとりで来ていたことに驚く。かなり浮いた存在になっていたことだろう。



 私はまず周囲を見渡した。ブリジットの捜索でブイレヴ・ピラーの人がここを訪れる可能性は高い。万が一、カレンさんやサージェ氏にここで会うと説明が面倒だと思ったからだ。


 見知った顔がいないことを確認すると、私は建物前にたむろしている人たちのところへ行って話しかけた。見知らぬ人に話しかけるのは躊躇なくできる。営業経験の賜物だ。


「突然すみません……。どなたかブリジットさんという方と連絡をとれる人はいませんか?」


 たむろしていた人たちは一瞬自分たちが聞かれているのか、とそれぞれに顔を見合わせていた。そこには4人の男がいて、揃いもそろって無精髭を伸ばしている。あえて伸ばしている感じではなく、手入れせずに荒れ放題になっている庭の雑草のようだった。そして一人が明らかに怪訝そうな顔をしながら口を開いた。


「あんたも剣士ギルドの人かい? 昨日も何度か尋ねられたんだけどよ……」


「剣士ギルド? まさかまさか……、違いますよ。私がそんな風に見えますか?」


 私はひ弱さそうなこの身体を見てみろ、と言わんばかりに両手を広げた。ブレイヴ・ピラーの人たちが聞き込みに来ているのだろう。今日も来るかもしれないな、と思った。


「ブリジットという方に仕事を紹介してもらう約束をしていたのですが……、約束の時間になってもいらっしゃらないものでして――」


 私はきょろきょろと人探しをする素振りをしながらそう言った。


「そいつぁ残念な話だな。悪いがブリジットなんて人は心当たりないんだわ。他を当たってくれや」


 そもそもこの「ブリジット」が本名なのかも怪しいのだ。詐欺師のような人ならいくつもの名前を使い分けている可能性も十分あり得る。


「そうですか……。それは失礼致しました」


 私は一礼して振り返った。そして――。



「せっかくいろいろ駆けまわって仲介料を集めたというのに……、どこにいるんだかな」



 周囲にも聞き取れる声でそう言い残して彼らの元から離れた。背中に強い視線をいくつも感じる。



 私がブリジットを探すために考えたのは非常にシンプルな方法だ。彼が仲介料の話をして、それを準備してやってきた「カモ」を演じるという方法だ。


 彼が仲介料の詐欺を行っているなら、パララさん以外にも同様の話をしている人間がいるはずだ。すでに被害にあってしまった人や危機を察知して逃れた人、そして詐欺が現在進行中の人間も――、きっといるはずだ。


 ブレイヴ・ピラーの人が聞き込みに来ている以上、彼が再びここに姿を現す可能性は低い。だが、彼となにかしら連絡をとれる、いわば「代役」が潜んでいる可能性は十分ある。

 なぜなら今私が演じたような、詐欺進行中の「カモ」が現れるかもしれないからだ。


 仲介料を払う準備がある、これを匂わせておけば、この代役が私に対してなにかしらのアクションを起こしてくるのではないか、と考えた。


 ブリジット本人なら私が偽物と気付かれてしまうだろう。だが、もし……、代役がここにいたならどうだろうか。

 カモの顔を覚えている可能性は非常に低い。もっとも私がブレイヴ・ピラーの人に目をつけられるリスクもあるので、様子を見ながらやっていかないといけない。



 私はこの方法を行き来する人に何度か試した。時にはわざと一度話を聞いた人に尋ねることもした。再度尋ねた人には何度も頭を下げて謝った。傍から「おひとよし」に見えるように振るまい続けた。



 私の姿が目に付いたのか、紹介所の建物の向かい側に座っている物乞い風の男と目が合った気がした。

 彼にも話しかけてみようかと思ったが、視線を感じ取ったのかどこかへ歩き去ってしまった。


 残念ながらこの日はブリジットにつながる情報を得られなかった。私はこれをあと何日行うかを考えている。

 職を探す人が、手の届きそうな求人に対して執着するのはどれくらいの期間だろうか。あまり固執しすぎると逆に怪しまれてしまうだろう。


 今日含めて3日が限度か……。

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