◆第6話 十色の力(前)-1

 目を覚ましたら見知らぬ天井があった。左右に目をやると飾り気のない簡易な机と四角い窓が目に入った。半分ほど開いた窓からは心地よい風が時折入ってきて白いカーテンが踊っている。明るい日差しがカーテンを突き抜けるように射し込んできていた。


 身体を起こそうとするとあちこちに痛みが走った。手足を見てみると、包帯が巻かれていたり、薬が塗られていたりした。額に触れてみるとそこにも包帯を巻かれていることに気付いた。目を瞑って記憶を探る。身体にある傷が今に至るまでの記憶を蘇らせてくれた。


 おそらくあれは1週間近く前……、カレンさんとパララさんが酒場に来た時まで話は遡る。



◇◇◇



 ブレイヴ・ピラーの人たちが酒場にやってきた日、カレンさんは閉店に近い時間、再びお店にやってきた。パララさんも一緒だった。


 彼らがパララさんについていろいろと尋ねていったので、パララさんになにがあったのか気になっていたところだ。ラナさんも同じだったようで、2人がお店に姿を見せた時、真っ先に声をかけにいっていた。



「らっ…ラナさんがっ!! ローゼンバーグ卿だったんですか!!?」



 パララさんが急に発した大声に、私とブルードさんは共に驚いてしまった。店内に他のお客はすでにいなくなっていた。あえてこの時間帯を選んできたのだろうか。


「――あらあら、ごめんなさい。隠すつもりはなかったんですけど……、カレンから聞いたんですか?」


 ラナさんは特に驚くでもなく、悪びれる様子もなかった。


「私はてっきりラナが後輩の面倒みてあげてるもんだと思ってたよ? 同じセントラル卒業の魔法使いて話してなかったのかい?」


 ラナさんはカレンさんとパララさんの顔を交互に見ていた。どちらに先に話そうか迷っているような雰囲気だ。


「ボクは今、魔法に携わることはしていませんからね。パララさんに話すとがっかりさせてしまうような気がして……」


 パララさんは髪を振り乱すように首を横にぶんぶん振っていた。


「がっ…がっかりなんてしません! まっ…まさか本当にローゼンバーグ卿にお会いできるなんて……、わっ私感動で涙が出そうです」


 パララさんは目を輝かせて食い入るようにラナさんの顔を見ていた。そんな彼女の頭にカレンさんは横からそっと手を置いて優しく話しかけた。


「想いはそのままでいいからさ……。今まで通り『ラナ』って呼んであげたほうが喜ぶよ?」


「そっ…そうなんですか?」


 ラナさんはパララさんに目線を合わせるように少し屈んでいた。


「『ラナ』と呼ばれた方が嬉しいですね。私には『卿』と呼ばれるような魔法使いの自覚もありませんから」


 パララさんは笑顔のラナさんの表情を見つめていた。


「そういえば『さん』もいらないかも、です。ボクとパララさんの歳は2つしか変わりませんから」



 本来、魔法研究院は4年間通って卒業となるらしい。ところがラナさんは飛び級のため、2年で卒業しているという。ゆえに年齢差はあまりないにも関わらずパララさんと学内で一緒になることがなかったようだ。


「ラナがそれなら私も『カレン』でいいよ? ラナと同い年だからねぇ」


 パララさんは2人を見ながら小さい声で呟いた。


「ラナ……、カレン……?」


「ええ、ボクもこれからは『パララ』と呼びますね」


 お互いの呼び方から敬称が消えて一気に距離感が縮まったようにみえる。もっとも、私にはとても無理だな、と思いながら遠目に彼女たちのやりとりを眺めていた。


「ラナ、昼間は悪かったね……。シャネイラたちがここに来たのは私が余計なこと言ったからなんだよね?」


 カレンさんが顔の前に両手を合わせて拝むような仕草で謝っていた。


「別に構いませんよ。向こうも気を使ってお店が閉まる時間帯に来てくれたようですし……、それより――」


 先ほどまでと違ってラナさんの表情が引き締まったものに変わった。


「2人がこの時間に来たのもそれについてなのでしょう?」


 カレンさんは店内の様子を見まわしたあとに話始めた。


「ああ、あんまり他の客に聞かれたくない話だからね……。悪いと思ったけど閉店ぎりぎりに来させてもらったよ」


 カレンさんは私の方に目をやった。話をしたいということだろう。まだ閉店の業務が手つかずだったのでどうしようかと思ったら後ろにブルードさんが立っていた。


「なんか話があるんだろ? こっちはオレに任せとけよ」


 ブルードさんが気を利かせて仕事を変わってくれるようだ。ラナさんもこちらを見て微笑んでいる。


「申し訳ありません、ブルードさん。ここはお言葉に甘えさせてもらいます」


「気にするなよ。あとスガさん、こういう時は『申し訳ありません』じゃなくて『ありがとう』だ」


「はい! ありがとうございます、ブルードさん」


 私はカウンターにいるラナさんの横へ立った。カレンさんとパララさんは席についている。


「えー…と、とりあえず今日うちのギルドで起こったことを一通り話すよ」


 カレンさんはひとつ咳ばらいをした後に語り始めた。



 事は昨日起こった魔鉱石輸送隊の襲撃事件、それを実行したのがパララさんだったということ。そしてそこに至る経緯で、私たちが聞いていた彼女の魔法ギルド所属に関わる話が絡んでいる旨を聞いた。


 パララさんは襲撃の話になると動揺して何度も謝っていた。カレンさんはそれをなだめつつ、昼間の来店はパララさんの証言の裏をとるのが目的だったと語った。そこにギルドマスターがわざわざやってきたのに私は疑問を感じたが、ラナさんはそうでもないようだった。


「みっ…皆さんがせっかく助言をくれたのに……、わっわた、私がしっかりしてないから騙されて大変なことをしてしまいました……」


「それはもういいよ? 被害はほとんど無かったわけだしね」


 カレンさんは何度もパララさんの頭を撫でている。ラナさんは人差し指を唇に当てて考え事をしているようだ。


「シャネイラなら無理に理由をつけてここに来ようとするのも頷けます。意味もなく来てもボクは相手にしないですからね?」


 ラナさんとシャネイラ氏の関係はよくわからないが、彼女がここまで嫌悪感を露わにする人がいるのに私は驚いていた。


「逆にシャネイラはラナを気に入ってるからねぇ……。不快にさせてホントごめんよ」


「カレンが謝ることじゃないわ。それにシャネイラが気に入ってるのは『魔法使い』としてのボクですから……」


「ギルドマスターの方との事情はわかりませんが……、私やラナさんの証言がパララさんを解放させるのに一役買った訳ですよね。それならなによりです」


 シャネイラ氏の話が続くとラナさんの機嫌がどんどん悪くなっていきそうだったので、私は話を別の方向にもっていきたかった。


「みっ…み皆さんにはご迷惑ばかりおかけして…また、たった助けられたり…なんとお礼を言ったらいいか……」


「パララが無事ならボクはそれだけで十分です。それに結果的に魔法ギルドに所属するようになったのでしょう? それだけはシャネイラに感謝しないといけませんね」


 ラナさんは早速「パララ」と呼んでいた。まだ慣れていないせいか、わずかにはにかんだような顔をして口に出している。それは呼ばれたパララさんも同様だった。



 今回、紆余曲折あったわけだがパララさんが正式に魔法ギルドに所属できたのはなにより喜ばしかった。しかし、私はカレンさんの話に出てきた「ブリジット」という人物のほうが気になっていた。


「ブリジットて男については今、調査中なんだけど……、ラナはなんか心当たりとかないかい?」


「ボク……、ですか? うーん、ちょっとわからないけど」


「この男がパララちゃんに声をかけてきたのはおそらく紹介所から情報をもらってたからだと思うんだよね……。だから他にも仕事の斡旋してるところに顔出してるような気がしてさ?」


「時々お客様の情報を売ってほしい、という人はいなくもないですが……、そういう怪しい人はみんな追い払ってますから」


 人の経歴や探している職などの情報は、使いどころによっては非常に大きな価値をもつ。それらを不当な方法で入手しようとする者も当然現れる。

 カレンさんの言う通り、そのブリジットなる男はパララさんの情報を入手して利用しようと企んだのだろう。


「スガはこのブリジットって男、どう思う?」


 私に話がまわってきた。ちょうどそれについて思考を巡らせているところだったが、思っていることをそのまま口にしていいものか……。


「あっ…、あの…よければ今のお話を聞いて、ゆっ…ユタタさんの感想を聞かせてくれませんか?」


 返事に迷っていると、続けてパララさんからも意見を求められて驚いた。


「おや、パララちゃんもスガの意見が聞きたいのかい?」


「あっ…えっと…しっ失礼かもしれませんが……、なっなんていうか、そのブリジットさんは…話し方とか雰囲気が少しユタタさんに似ている感じがしまして…ひょっとしたら彼の考えがわかったりしないかと…おっ思ったんです」


「ふふっ……、パララがこう言ってますけどいかがですか、スガさん?」


 ラナさんが茶化しながら私の顔を見つめてくる。なぜか女性3人に妙な期待の眼差しを向けられて急に緊張してきた。


「えー……、考えがわかるかと言われると難しいですが、これまでの話を聞いた上で率直に思った内容を話していいでしょうか?」


 私は、あくまで主観で、ということを強調した。


「構わないよ。スガの意見を聞かせてほしい」


 カレンさんが答え、ラナさんとパララさんも頷いている。話のハードルが上がっているようなプレッシャーを感じたが、とりあえず自分の考えを話してみる。


「あくまでこれは私の予想ですが……、その男はいくつか目的があったと思います。今回の件ですと、魔鉱石の輸送隊を攻撃できる魔法使いを見つけることとお金を騙し取ること、です」


「お金を騙し取る、もですか?」


 ラナさんが首を傾げた。


「はい。これは私たちが最初にパララさんから聞いた仲介料の話です」


「でっ…でも、仲介料は結局いらないってブリジットさんから言ってきたんですよ?」


「きっと最初は仲介料を騙し取る気でいたのだと思います。仕事の紹介所から、職探しで頻繁に出入りしている人の情報を買うか、盗むかをしていたのではないでしょうか?」


 カレンさんが無言で頷いて先を促してきた。


「頻繁に来る人は、すなわち今の仕事に困っている可能性が高い人です。これは当事者にとっては死活問題です。一刻も早く新しい職に就かなければ……、と焦りのある人も多いはずです」


 事実、この世界にやってきたばかりの私がそうだった。運よくラナさんに出会えたので即刻その心配が無くなったわけだが……。


「そういう人は虫のよい話にものせられやすくなります。焦りゆえに冷静さを欠いてしまいますから」


「わっ…私がそうでした! 皆さんとお話したことで少しだけ頭を冷やせましたが……」


「最初は仲介料を騙し取るつもりでいた。ですが、パララさんの場合、それをすぐさま支払う選択はしなかった。ブリジットは、その時の相手の対応を見て、お金は騙し取れないと踏んで、別のやり方で利用する方向に切り替えたのだと思います」


「えっと……つまり、いくつか悪いことの手札を持っていて、相手の出方に応じてそれを使いわけている……、のですか?」


 ラナさんはゆっくりと、自分の考えの答え合わせをするかのように問いかけてきた。


「そうです。最初に切る手札は仲介料の話、そこから相手の対応とその人の情報を鑑みて利用価値の高い方向へと導ていく……。今回の件なら、お金は取れなくてもパララさんの魔法使いとして技量を利用するのに価値があると判断したのだと思います」


 これは完全に詐欺の手口だ。一番簡単で実入りがいい方法をまずは試す。それがダメならいくつか別の方法でなにかしら相手から奪おうとする。その過程で警戒心などを計り、危険性を感じたら早々に手を引く。


 これらを一定の条件に当てはまる、いわゆる「カモ」相手に次々と繰り返していく。「カモ」は冷静に判断できるほどの余裕がない人たちだ。例えば、今の職に困っている人とか……。



 この話をするのは正直あまり気が進まなかった。まるで自分がそういった悪さに加担した経験があるように聞こえるからだ。もちろん私にそんな過去はない。

 だが、こういった詐欺の手口と販売・営業のやり方は残念ながら通じるところがある。それゆえに勘が必要以上に働いてしまう。


「つまり、ブリジットがまだなにか企んでいるのだとしたら……、今回のように仕事の紹介所といった標的となる人を見つけやすい場所に現れる可能性が高いと思います」


 私は一気にここまで言い切った。もっとも今回の件が大事おおごとになっているのなら、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしていそうな気もするが……。


「……なかなかおもしろい話だねぇ、いやスガの意見を聞いといてよかったよ」


 私が話終えてから一呼吸おいてカレンさんがそう言った。その一呼吸の間の沈黙がとても気まずく感じられた。なにかいらぬ疑いを招いていないだろうか?


「わっ…私はあまり頭よくないですがユタタさんの話はなんていうか…せっ説得力がありますね」


「ボクもそう思いました。スガさんが言うと納得してしまいますね」


「私の考えた内容を言ったまでです。実際のところどうかはわからないので、そこまであてにしないでください」


 私はこう言いながら頭では別のことを考えていた。これまでの経緯やパララさんが、そのブリジットなる男と私の雰囲気が似ている、と言ったのが頭の中で引っかかっている。


 ひょっとしたら彼は私と同じように別の世界からやってきた人間なのではないか、と思い始めていたのだ。



 今の話だけでそう考えるのはあまりに早計かもしれない。


 だが、私以外にも別世界から来た人間がいる、という考え自体はごく自然なものだと思えた。むしろ自分だけが唯一の例外、と考える方がおかしいと思っている。一定数そういう人がいて私もその中のひとり、と考える方が普通だろう。


 ただ、もしそうならば……、なにかしらこの世界にやってくる条件があるはずなのだ。それがわかれば元の世界へ戻る方法もわかるかもしれない。


 そう考えながら、本当に元の世界に戻りたいのか、と同時に問いかけている自分がいた。


 本来なら当たり前にあるはずのこの願望が私の中ではとても希薄だ。まだなんの確証もない話ではあるが、私はこの『ブリジット』に会ってみたいと思い始めていた。


 カレンさんを中心に情報交換は続いた。しかし、私は話を聞きながらもブリジットに思考を奪われていた。



 いつの間にか閉店の業務はブルードさんが終わらせてくれていた。時間も遅くなってきたので、話を切り上げてカレンさんはパララさんを連れて店を出ていった。

 お店の仕事はほとんど残っていなかったので、ラナさんにお疲れ様とおやすみの挨拶をして私は離れに戻った。

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