第5話 悪意の火種(後)-2

 酒場はいつも通り、お昼の時間帯を過ぎると客足が途絶えた。夜の営業に向けてブルードさんが仕込みを始めている。


「夜までお店を閉めましょうか? ボクたちも一休みしましょう」


「わかりました。『close』の札を出してきますね」


 私は店の表に出て、念のため今から入ろうとしている人がいないか周囲を見渡した。すると遠目に5~6人ほどの団体の姿が目に入る。皆揃って軍服のような恰好をしている。どこか見覚えのある服装だ。


 その先頭にはカレンさんらしき姿も見えた。


 向こうもこちらに気付いたのか、私に視線を送っているように思えた。よく見るとサージェ氏や以前に競り市で出会ったグロイツェル氏も一緒にいる。

 ――ということは、あの団体はすべてカレンさんが所属しているギルドの人だろうか? 団体はカレンさんを先頭に真っすぐとこちらに向かってくるようだった。



「やぁ、スガ。ちょうどよかったよ。中にラナもいるかい?」


「こんにちは、カレンさん。今日は団体でお見えですか? ラナさんもいますよ」


 「ラナも」、と言われたのが少し引っかかった。「も」ということは私も含めて用があるということだろうか。


「君は……、たしかいつかの競りで出会った武器商人の――」


 グロイツェル氏も私の顔を覚えていたようだ。たしかに記憶に残る買い物ではあっただろう。


「改めまして、スガワラ・ユタカと申します。先日はありがとうございました。私は武器商人ではなく、人の商売のお手伝いをさせてもらっています」


「そういえば2人は顔合わせてるんだっけ? スガは普段ここの酒場で働いてるんだよ」


 カレンさんが補足してくれた。


「そういえばカレンの知り合いと聞いていたな。私はグロイツェルと申します。カレンと同じ剣士ギルドに所属しているものです」


「お噂は伺っております」



「カレン、この方からも話を聞くのでしょう。でしたら私も紹介してもらえますか?」



 私は思わず声の出所を探してしまった。あまりに独特の声だったからだ。まるでボイスチェンジャーを使っているような機械的な声で、そしてまったく抑揚がない話し方だ。


 カレンさんが率いてきた集団の真ん中に鉄仮面で顔を覆った全身鎧の人がいた。見た目からは男か女かすらわからない。カレンさんは一瞬面倒くさそうな顔をした後に、私の方に向き直って話始めた。


「私の所属しているとこのギルドマスター、シャネイラだよ。今日はラナとスガに話を聞きたくてここまで来たんだ」


 前にサージェ氏から話を聞いた「不死鳥」の異名をもつギルドマスターがこの人か……。――ということは、今ここにはブレイヴ・ピラーの3傑と呼ばれる人たちが勢ぞろいしているのか。


「カレン……、その話し方はもう少しどうにかならんものか?」


 グロイツェル氏はため息交じりにそう言った。


「グロイツェル、構いませんよ? 初めまして、シャネイラと申します。スガワラさんと仰いましたか、カレンからお噂は窺っていますよ」


 カレンさんはギルドマスターに私のことをどう話したのだろうか。気になるところではあった。


「は、初めまして。スガワラと申します」


 このシャネイラという人は、顔も声も話し方からも感情が伝わってこない。なにか得も言われぬ不気味さを感じてしまう。



 私が外へ出て戻らないのを気にしてか、酒場の扉が開いてラナさんが出てきた。そして次の瞬間、彼女の顔が明らかに不機嫌な表情へと変わった。こんな顔をするラナさんを私は初めて見た。


「スガさんがなかなか戻ってこないし、お店の前に人がいるようで気になって出てきたら……、これは一体何事ですか?」


 ラナさんの目はギルドマスターのシャネイラ氏に向けられている。この2人は知り合いなのだろうか。


「ごめんよ、ラナ。騒がしくするつもりはなかったんだけどねぇ……。ちょっと2人にパララちゃんのことで話を聞きに来ただけなんだけど――」


 カレンさんが申し訳なさそうにラナさんとシャネイラ氏の間に入った。


「申し訳ありません、ラナンキュラス。護衛を伴ってきてしまったので騒がせてしまいましたね?」


「あなたに護衛なんてまったく必要ないと、ボクは思いますけどね?」


「フフフ、もっともです。カレンが言った通り今日はパララという魔法使いについて話を聞きに来ただけです。護衛の者は外で待たせますから、私とカレン、グロイツェルの3人だけ店に入れてもらうことはできますか?」


 シャネイラ氏がそういうとグロイツェル氏が前に出てラナさんに一礼をした。


「『ブレイヴ・ピラー』のグロイツェルです。お初にお目にかかります。ラナンキュラス様」


「はじめまして……。ボクのことはラナでいいです。それに慣れておりますので」


 いつになくラナさんの口調は厳しかった。このシャネイラ氏とはきっとなにかあるのだろう。カレンさんが横で頭を抱えるような仕草をしている。こうなることがわかっていたような雰囲気だ。


「――よくわかりませんが、剣士ギルドを代表する方々がお揃いで、パララさんの話を聞きに来たのは気になります。中でお話しましょう」


 そう言ってラナさんは酒場の扉を大きく開けて中へ入っていった。カレンさん、グロイツェル氏、シャネイラ氏も続いて中へ入り、残りの人たちはそのまま外で待っているようだ。サージェ氏と目があったので軽く会釈をしたが、向こうの反応は薄かった。



 私も続けて店に入り、「close」の札を出して扉を閉めた。


 ラナさんは厨房でブルードさんと話をしている。ブルードさんは頭をかきながら頷いていた。少し込み入った話をする旨を伝えているようだ。

 ブレイヴ・ピラーの3人は4人用のテーブル席に腰かけていた。上座にシャネイラ氏が座りその横にグロイツェル氏、カレンさんはその横に立っていた。こちらにやってきたラナさんはシャネイラ氏の正面に座った。


「スガもその横座んなよ。私はここでいいからさ」


 カレンさんにラナさんの隣りの席を指されたのでそこに座った。横目でラナさんの顔を伺ったが、やはり機嫌が悪そうだ。


「それで……、パララさんになにかあったのですか?」


 ラナさんがまず話を切り出す。


「彼女は最近ここで魔法ギルドに所属するような話をしておりましたか?」


「今質問をしているのはボクです。先に答えてもらえませんか?」


 彼女の口調は私が聞いたことがないほどきついものだ。


「彼女の身に起こったことを調べるために私たちはここへ来ました。残念ながらこれ以上は今の段階ではお話できません。ですが、彼女にとっても私たちのギルドにとっても大事なことです。ラナンキュラス……、どうか協力をお願いします」


 ラナさんは大きく息をついた後に、話し始めた。


「――たしか『やどりき』に所属できそうという話をしてました。ボクとここにいるスガさんでその話は聞いています」


「……その話、詳しくお願いできますか?」


 私とラナさんは、パララさんがここにきて話していた内容を2人で確認しながら伝えていった。パララさんになにがあったのかわからないが、ここを訪れている人たちを考えると只事ではないことだけは理解できた。


「ふむ……、ありがとうございます。パララ・サルーンは元々ここには仕事を探しに来たのですか?」


「ええ、最初に知り合った時はそうでしたね」


「差し支えなければ、お二人から見て彼女がどのような人か、教えてもらってもよいですか?」


 私とラナさんはお互いに顔を見合わせた。


「その質問には一体どのような意味が?」


「私たちはパララという女性についてあまり知りません。彼女のことを知る人から率直な意見を聞きたいだけです」


「ボクたちも最近知り合った関係ですから……、詳しくはわかりませんが?」


「お二人から見ての印象で構いませんよ。ただ、彼女の人物像を知るために意見をお聞きしたいのです」


 私は出会った時からの印象をそのまま話すことにした。少なくとも私の中でパララさんに対して悪い印象はまったくない。おそらくラナさんも同じではないだろうか。


「他人と関わるのが苦手な人だとは思います。本人もそう話していたくらいですから……。それを克服しようとここで努力していました。とても素直でいい人だと私は思っています」


 シャネイラ氏は私の方を見ていた。仮面の下はどんな表情をしているのだろうか?


「……わかりました。貴重なお話をありがとうございました」


 シャネイラ氏はそう言って立ち上がった。隣のグロイツェル氏も同じく席を立つ。


「パララさんになにがあったのかは教えてくれないんですか?」


 ラナさんが立ち去ろうとする彼らの背中に問いかける。


「今はまだ話せません……、が、心配はいりませんよ? 久々にお話しできてよかったです。ラナンキュラス」


 そう言い残すと2人は酒場から出ていった。カレンさんは申し訳なさそうな表情で軽く頭を下げて後を追っていく。ラナさんは扉をじっと見つめていた。その表情はとても険しかった。

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