第5話 悪意の火種(後)-3

「パララ・サルーンについて聞きたいって?」



 魔法ギルド「知恵の結晶」に、セントラル魔法科学研究院でパララと同期だった人が所属している。彼女は卒業後、推薦で「知恵の結晶」に入団していた。

 ブイレヴ・ピラーの者たちはパララ・サルーンについて調べていた。魔法研究員の教授や出入りしていた仕事の紹介所など、様々なところで情報を集めていた。



「同期というだけで仲が良かったわけじゃないんだけど?」


 しかし、パララ・サルーンと深く関わりをもっている人を見つけることはなかなかできなかった。


「なにがあったか知らないけど、私の名前出さないでもらえるならち、ょっとくらい話してもいいけどさ……?」


 ブレイヴ・ピラーの者は彼女に少額だがコインを握らせていた。


「はっきり言って嫌われてたわよ、パララさん。私もあんまり好きじゃなかったしね……」


 ふう、っと大きく息を吐き出すと彼女は続けた。


「嫌われてる、というか妬まれていた……かなぁ。あの子、研究院でいつもひとりでいてね? 話しかけてもおどおどして何言ってるかわからなかったし、合同演習とかも全然参加してなかったからね」


 虚空を見上げてさらに話を続ける。昔を思い出しているようだ。


「ただ……、それだけなら嫌われることはなかったと思うよ? 群れるのが苦手な人っているのはわかってるからね。けど、あの子の場合はそうなる理由があったんだよ」



「誰とも協力しようとしない、演習場で訓練とかしてる姿を見た人も全然いない。だけど、魔法の技能試験はいつも成績トップだったのよね。私も成績いい方だったけど技能試験だけは一度も勝てなかったわよ」



「認めたくないけどあの子……、多分『天才』なのよね。ただ、必死に努力してる側からしたらああいうのって認めたくないし、群れないでいるのもなんか見下されてるように感じてる人もいたわけ。だから、妬みも含めて嫌われてたって感じかな?」



「――いじめ!? そういうのはなかったと思うよ。一部にはつまらない嫌がらせとかしてる奴らもいたらしいけど、あ! 私じゃないからね……。それもすぐになくなったって聞いてるし」



「だからぁ、私は詳しく知らないって……けど、あれじゃない? ビビったんじゃないかな? あの子の技能試験見てたらそうなると思うよ。正直、あの子が同じ魔法ギルドに来なくてよかったって思ってるもの。魔法で比べられたら悔しいけど勝てる気がしないのよね」




 パララ・サルーンについて調べ上げた報告をシャネイラは聞いていた。彼女の情報で共通しているのは皆「詳しくは知らない」、「仲がよかったわけではない」と前置きが入ることだ。

 彼女の人間関係の希薄さが窺える内容だった。そして皆が口を揃えて言うのがもうひとつ、「魔法に関しては天才的」ということ。セントラルの教授すらがそう語っていたという。



◆◆◆



 ラナの酒場から私たちは本部に帰ってきた。夜にまた酒場に顔を出せたらあの子とスガに謝らないといけない。こちらが聞きたいだけ一方的に聞いて質問には答えず……で、出ていってしまった。もっともパララちゃんの現状を詳しく話せないのは仕方がないところもある。


 酒場を訪れる前の段階で、パララちゃんが出入りしていた紹介所や喫茶店での聞き込みは終わっていた。

 紹介所の主人はパララちゃんのことこそ話してくれたが、ブリジットという男に関しては知らないの一点張りだった。それが本当かは怪しいが、それ以上聞き出せそうもなかったらしい。


 喫茶店の方はウエイトレスが2人を覚えていた。話の内容までは聞いていないが、数回に渡ってパララちゃんとブリジットと思われる男が会って話しているところを見たという。



 これでパララちゃんがつくり話をしているわけではないとわかるはずだ。私は最初から彼女が嘘をついているとは思っていないが、他の人間を納得させるにはそれなりの材料がいる。ラナとスガの話もパララちゃんの話を裏付けるものとなった。


 早くパララちゃんを解放してあげたい。


 シャネイラとグロイツェルと私は再び本部の会議室に入った。私は席につく前に2人へ言った。


「パララちゃんの話に嘘がないのはわかっただろう? 『ブリジット』とかいう男に利用されたんだよ」


「仮にそうだとして……、ブリジットという者の目的がわからない。わざわざ『やどりき』の名前を使って魔鉱石の輸送を邪魔する理由はなんなのか」


 グロイツェルは席に座って腕組みをしている。シャネイラもゆっくりとした所作で席についた。



「詳しくは私もわかりかねますが……、きっと『火種』ですね」



 シャネイラがそう言うとグロイツェルは顔を上げた。


「火種――、とは?」


「今回の件、あのパララという魔法使いは利用されただけでしょう。そして『やどりき』自体も無関係と考えるべきです。ただ、私たちブレイヴ・ピラー、そして魔鉱石の輸送隊自体は王国のもの、そして『やどりき』……、ここに火種を撒きたいのではないでしょうか?」


 シャネイラの言いたいことはなんとなくわかった。きっと、大きい組織や国との関係を壊したいやつがいるのだろう。


「私たちと『やどりき』の関係を悪くさせたいってかい? それにしてはやり方がずいぶん雑だねぇ。パララちゃんがやどりき所属でないことなんて調べたらすぐにわかるしさ――」


「雑で、いいのかもしれませんね」


「マスターは今回の件、なにか心当たりがあるのですか?」


「いいえ……。ただ、近頃私たちのギルドに限らずこれと似た話をいくつか耳にしております。もっとも、魔法使いが襲撃してくる、ほどの大事はこれが初ですが」


「似たような話ってどういうのだい?」


「どこかのギルド所属の人間が、別のギルドの誰かの仕事を邪魔した、とかそういう話です」


「そういえば、私も噂程度ですが似た話を耳にしております」


「どれも詳しく調べたら、勘違いであったり雇われの盗賊の仕業であったりとギルド間での争いは起こっていない……。一つひとつは今回と同様にな内容なのです。ただ、そういったことは解決したとしてもいらぬ邪推を招きます」


「それが……、『火種』ってことかい?」


「ええ。今回の件も私たちと『やどりき』にはなにもありません。ですが、我々全員が、そしてやどりきの者全員が同じように思うでしょうか?」


「口には出さなくとも、『やどりき』を疑う者がいないと言い切れません。それは、やどりき側も同様でしょう。我々が理由をつけて向こうに圧をかけようとしていると考えている者もいると思います」


 剣士ギルドも魔法ギルドも国の中で勢力争いがある。私はそういうのには疎い方だが、グロイツェルはそれらを敏感に感じ取っている。


「そう、一つひとつは小さな……、すぐに消せる火種。ですが、どこかで消えずにくすぶっているものもあるかもしれない。そういう火種を撒こうとしている者がいると、私は思っています」


「それがブリジットって男なのかねぇ……」


「その男が首謀者なのか……。それとも末端のものなのか、それとも利用されているだけのものなのか。今はなんとも言えませんが、警戒しておいたほうがよさそうですね」


 なにかきな臭い感じがする。こればっかりはこちらの杞憂であると思いたい。


「それよりシャネイラ、パララちゃんの疑惑は晴れただろう。解放してやってくれないか?」


「――そうですね、カレン。彼女をここへ連れてきてもらえますか?」


「マスター。さすがに解放するにはまだ情報が少ないと思いますが?」


「構いません。あの子をこれ以上拘束してもなにもでないでしょう」



 私はシャネイラの気が変わる前にパララちゃんのいる個室へと急いだ。彼女は鉄越しのはまった窓からぼんやりと外を眺めていた。


「パララちゃん、お待たせ! ここから出られそうだよ!」


「ほっほ…ほ、本当ですか?」


 彼女はいつもよりか細い声でそう答えた。私はギルドマスターのシャネイラが許可を出したことを話しながら足早に会議室へ戻った。パララちゃんの手をぐいぐいと引いて歩く。どうにも気持ちがはやってしまっていた。

 会議室に2人で入ると、入口の所にグロイツェルが立っていた。手には拘束具を外す鍵がある。


「マスターから解放の許可が出た」


 そう言ってパララちゃんの拘束具を外した。彼女はまるで準備運動をするかのように手を大きく動かして、手が自由になったのを確認している。


「パララ・サルーン、あなたが何者かの手引きによって我々の護衛する輸送隊を襲ったことがわかりました」


 シャネイラが話始めると、パララちゃんは教師に説教されている学生のように背筋を伸ばして直立した。


「あっあ…あの、その…ご、ごめんなさぃ……。申し訳ごじゃいませんでした! わっわ私、大変なことをしてしまいました……」


「パララちゃんはブリジットって男に利用されただけだよ。悪くない」


「でっで…でも! でも、馬車に乗っていた人や周りの騎馬に乗っていた方々は――」


「そのことですが、心配は無用です。怪我人はおりません。荷物も無事に王国へと届けられました。時間が多少遅れたのはありますが」


 私はシャネイラのこの発言を聞いて驚いた。


 怪我人はいない?


 それは知らさせていなかったからだ。


「ちょっとシャネイラ! それは本当かい!?」


「マスター、私もそれは初耳です。本当でしょうか?」


「ええ、間違いありません。怪我人はひとりもいませんよ。ゆえにパララ・サルーン、安心して下さい」


「まっま…ま、待ってください! 私、ヴォルケーノが馬車の荷台へ向かっていくのを確認しました! 私が言うのも変かもしれませんが……、外したとは思えません……。あとのことはあまり覚えてませんけど――」


「そうですね。火属性の上級魔法『ヴォルケーノ』、狙いも正確で、威力も十分でした」



 私はシャネイラの話し方に違和感を覚えた。まるで現場を見ていたかのような言い方だ。


「シャネイラ……、まさかそこにいたのかい?」


「これは本当に偶然です。私があの輸送隊の中にいると想定しての悪巧みではないでしょう。それでも……、お互いにとってとても運のいい偶然でした」


「被害がないなら先にそれを言いなよ! パララちゃんだってそれを気にしていたに決まっている。私だって……、グロイツェルだって気が気じゃなかったはずだよ!?」


「言い出す機会を失っていただけです。ですが、結果的に我々への被害はなく、パララ・サルーン……、あなたが誰かを傷つけたこともないわけです」


「はっは…は、はい…え…っと、それはつまり、ヴォルケーノを止めたということですか?」


「同じレベルの魔法で相殺した、というのが正確でしょうか」


「マスター・シャネイラは王国最強と謳われる魔法剣士だ。その場にいたのなら不思議ではない」


 戸惑っているパララちゃんにグロイツェルが補足した。


「ともあれ、我々はこれ以上あなたを拘束するつもりはありません……。それと、これはひとつ提案ですが――」


 パララちゃんがなにか言おうとしたが、シャネイラが話を続けるので口が半開きみたいな状態で静止している。シャネイラからの提案とは一体なんだろうか。見当がつかなかった。


「我々、剣士ギルドは依頼内容によって魔法使いの手を借りることも多々あります。ゆえに、懇意にしている魔法ギルドがいくつかあります。あなたをそこに紹介したいのですがいかがですか?」


 これは予想外だった。まさかパララちゃんをこちらに引き入れようとするとは……。


「えっえ…えっと……?」


 突然の話でパララちゃんは混乱しているようだ。グロイツェルの顔を見ると彼も予想外だったのが窺える。


「今回の1件であなたのことをいろいろと調べました。非凡な魔法の才覚をもつと同時に、対人関係においては致命的なほどに苦手意識をもっているようですね?」


 シャネイラがあまりに直球で話をするので割って入ろうと思ったが、そこに関してパララちゃんは動じていないようだ。


「わっわ…わ、わかっています。で、ですがこ…このままではいけないと思っているんです。魔法ギルドに所属して……、しっかりと経験を積んで自分を変えて、いきたいんです」


「あなたがよければギルドへの紹介は私が致します。『やどりき』ほど規模の大きいところではありませんが、依頼の数で困ることはないでしょう。そこからどうなっていくかはパララ・サルーン……、すべてあなた次第です」


「ぜっぜひ! よろしくお願いします!」


 シャネイラは仮面で覆った顔で大きく頷いて見せた。


「パララ・サルーン……、あなたは技量こそあれど魔法使いとしてひとり立ちするにはまだ卵の状態です。ゆえにひとつだけアドバイスを致しましょう」


「はっは…はい!」


「卵の殻は自分の力で割ってこそ価値のあるものです。他の誰かが割ってくれる時は、その者に食べられる時。あなたは今回、魔法ギルトに所属したい、という気持ちの焦りにつけ込まれたのです。甘い話には気を付けなさい」


 そこまで言って少し間をおいてからさらにシャネイラは続けた。


「――とはいえ、私からの話は信用して下さい。ブレイヴ・ピラーの代表としてあなたを利用するような真似は決して致しませんので」


 シャネイラがまさかパララちゃんの所属先まで紹介してくれるとは意外だった。


「カレン、彼女を食堂へ案内してあげなさい。ここに来てからなにも口にしていないでしょう?」


「任された。その後は家に送って帰ったらいいかい?」


「そうしてください。魔法ギルドへの紹介は私が手続きをします。カレンは彼女と連絡がとれるようにしておいてください」


「あっあ…あ、あのその……、いろいろとありがとうございました!」


「お気になさらず。酒場のラナンキュラスたちも心配しているでしょうから、顔を出してあげるとよいでしょう」


 ラナの不機嫌な表情が目に浮かんだ。早いうちに弁解しておきたいと思っていたところだ。


「そうだねぇ……。事情を説明せずに聞きたいことだけ聞いてきたからラナはむくれてるかもしれないけど」


 そう言った後、パララちゃんを食堂に連れていこうとした。だが、パララちゃんは私をぼんやりした目で見つめて固まっている。


「あれ……パララちゃん、どうした?」


「あの……、ラナさんて『ラナンキュラス』というお名前なんですか?」


「えっ…と、そうだよ、ラナンキュラス……。パララちゃんと同じセントラルの卒業生だけど……、てっきりパララちゃんが研究院の後輩で面倒みてるのだと思ってたけど、違うのかい?」


「セントラル卒業のラナンキュラス……。ラナさんがひょっとしてローゼンバーグ卿なんですか!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る