◆◆第5話 悪意の火種(後)-1

 パララちゃんは、馬車を襲撃した時の話をゆっくりと語ってくれた。


 魔法を放った後は記憶が曖昧らしい。気付くとブリジットという男はその場にいなかった。自分たち以外にも潜んでいる人がいるとの話だったそうだけど、その後出てきた人は誰もいなかった。


 その場にひとり残された彼女は馬車の護衛についていたうちの剣士に捕まった。魔鉱石を運んでいたのは当然、盗賊団などではなく、王国から指令を受けていた者たちだ。


 捕まったパララちゃんは、自分をやどりき所属の魔法使いと名乗り、なにかの手違いで拘束されたのだと最初は思っていたようだ。魔法ギルドに人を手配して所属の有無を調べているところだが、今の話を聞く限りではおそらくそこに名前はないだろう。


 目的はわからないが、「ブリジット」と名乗る男に悪さの片棒を担がされたみたいだ。とりあえず、彼女が利用されただけなのを伝えて拘束を解いてあげたい。


 おそらくこの件を取り仕切っているのは……。



 考えを巡らせていると、部屋の外が騒がしくなっていた。様子を見に行こうとしたときにちょうど扉が開く。そこには私もよく知る長身の男、グロイツェルが立っていた。


「ちょうどよかったよ。今あんたに会いに行こうと思っていたところだ」


 私は彼の顔を見上げてそう言った。


「カレン……、勝手な真似はしないでもらいたい。この者の件は私が受け持つ」


「ギルド間のいざこざなんかは全部あんたにやってもらいたいんだけどねぇ……。この子、私の知り合いなんだよ」


「カレンの知り合い……? ふむ、ならば尚更だ。私情を挟むおそれのある者が関わっていいことではない」


「待ちなよ。せっかく私が彼女から事の顛末を聞き出してやったんだ。じっくり説明してやるから聞きなよ?」


「必要ない。改めてこの者から事情は聞き出す」


 グロイツェルは私に見向きもせずにパララちゃんの前に向かって立った。明らかにパララちゃんの表情に怯えが見えた。


「私以外のやつじゃ100年かかってもこの子から話は聞き出せないよ?」


「お前に頼らなくても口を割らせる方法などいくらでもある。事の重大性をよく考えるのだ、カレン?」


「パララちゃんが傷つくようなことをしたら……、それこそ私が黙っていないけどねぇ?」


 長身のグロイツェルの顔を睨みつける。この男は石頭だからそれなりに強硬な姿勢でいかないといけない。



「カレン様! グロイツェル様も落ち着いてください!」



 部屋の扉が空いたままになっていたらしく、外で待たせていたサージェが割って入ってきた。扉の外が騒がしかったのもサージェがグロイツェルの入室を止めようとしたからだろう。


 部屋の外には他の団員も集まってきたようだ。それはそうだろう、グロイツェルと私はこの組織の、それぞれ1番隊、2番隊の隊長を務めている。隊長格が睨み合いをしているとなれば騒がしくもなる。


「カレン……、ここは私が受け持つ。お前の知人なら悪いようにはしない。下がれ」


「いいや、まずは私の話を聞け。下がるのはそっちの方だよ?」



「まったく――、隊長同士でみっともないですよ?」



 部屋の外がざわついていた。そして、今の声を聞いて私もその訳を理解する。まったく予期していなかった声を聞いたので少し驚いてしまった。私が口に出す前にサージェが言った。


「シャ…シャネイラ様!?」


 全身に鎧をまとい顔を鉄仮面で隠した……、ここのギルドマスター・シャネイラがそこにはいた。


「マスター、なにもあなたが出てくるほどのことではありません。このグロイツェルに任せてくれればよいものを――」


「珍しいねぇシャネイラ、わざわざあんたが顔を出すなんて」


「あなたたち2人を窘めらるのは私しかいないでしょう? それに、あまり顔を見せないと死亡説が流れてしまいますからね?」



 以前にギルド内でシャネイラの死亡説が流れたことがある。本部の中でも滅多に顔を見せないので、噂を否定する材料もなく勝手に話に尾ひれがついて広がってしまったのだろう。


「それが嫌ならもう少しここに顔を出すようにしたらどうだい?」


 仮面を被っているシャネイラの表情はわからない。ただこちらに顔を向けるだけだ。


「私は私で事情があるのですよ? それに組織の運営はグロイツェルがうまくやってくれていますからね」


「それでマスターは……、本当に私とカレンを止めにここに来られたのでしょうか?」


 グロイツェルが話を本題に戻す。


「いいえ。本当はその魔法使いの子と話をしたかったのです。報告ではずいぶんと取り乱している、と聞いていましたが……、もう落ち着いたのですか?」


 パララちゃんは怯えた目をシャネイラの顔に向けた。表情がない仮面に、ほとんど抑揚のない話し方のシャネイラは、人によっては恐ろしく見えるかもしれない。


「この子は私の知り合いで……、話を一通り聞いたから、私から説明するよ」


「カレン。知り合いのお前からでは私情が入る余地がある、何度言ったら――」


 私とグロイツェルが再び睨み合うのをシャネイラは黙って見ていた。そして一呼吸おいて話始めた。


「いいでしょう。まずはカレンから話を聞きましょう。その内容によってその先は考えます」


「マスター、本当にそれでよろしいのですか?」


「必要とあれば彼女から改めて話を聞けばよいでしょう。私は今わかっている情報がほしいのです。カレンから説明してもらう方が早そうですからね?」


 シャネイラが私の話にのっかてくれた。とりあえずパララちゃんへの尋問は避けられそうだ。


「助かるよ、シャネイラ」


「では、カレンとグロイツェルはこの後、会議室へ来てください。私と3人で話をしましょう。魔法使いの彼女にはもうしばらくここにいてもらって下さい」


 そう言ってシャネイラは部屋を先に出ていった。人だかりがシャネイラを避けるように広がっていく。私とグロイツェルはシャネイラの背中を追って部屋を出ていく。パララちゃんのいる部屋は閉じられ改めて外から施錠された。




「シャネイラ、彼女の拘束具をとってやることはできないかい?」


 会議室へ向かう途中で聞いてみた。パララちゃんの拘束具をつけられた姿は見ていられなかったからだ。


「カレン……、あの魔法使いとどのような関係かは知りませんが、今回の襲撃は、場合によって私たちの仲間が傷を負ったり、悪くすれば命をおとす危険があったわけです」


「……ああ、そうだね」


「知り合いを思う気持ちはわかりますが……、あなたはここの幹部のひとりであることも忘れてはいけませんよ?」


「……わかってるよ」


 私は口をつぐんだ。シャネイラの言うことはもっともだった。


 パララちゃんに聞いた話を私は頭の中で整理して2人に伝える準備をしていた。そうしている内に会議室へ着いた。


 彼女から聞いた話を、なるべく脚色せずに聞いたままを話すようにした。シャネイラもグロイツェルも時々相槌をうつくらいでほとんど無言だ。

 一旦は私の話をすべて聞いてみるつもりなのだろう。一通りの説明を終えると、まずはグロイツェルが話始めた。


「『やどりき』への確認は手配済みです。すぐに答えが返ってくるでしょう。やどりき側が隠す可能性も無くはありませんが、後々に明るみになった時のリスクを考えればそうはしてこないでしょう」


「話に出てきた紹介所と、パララちゃんとブリジットって男が会ってた喫茶店にも人をまわすようにするよ。何度も出入りしてたら覚えてる人もいるだろうから話の整合はすぐにとれると思うよ?」


「すべてあの魔法使いの作り話、という可能性はないのか?」


「ないない。その喫茶店とかでも裏はとれるだろうし、なんなら『やどりき』に入るとかの話は私も聞いていたからねぇ?」


「お前はあの魔法使いと知り合いなのだ。いくらギルドの幹部でも知り合いの意見をそのまま鵜呑みにはできん」


「私以外にもその話なら先に聞いてる人がいる。なんなら私がそこへ行って裏をとってきてもいい」


 ここまで言って、私は自分が失敗したことに気付いた。パララちゃんをどうにかしたいと思って焦っていたようだ。


「それなら私の部下を向かわせよう。カレンが聞き取りに行っても意味がない。あの魔法使いが捕まっている状況を知らせない上で、第3者に聞き取りをさせる。それでこそ客観的になるというものだ」



「――それはですか、カレン?」



 シャネイラが口を開いた。


「……ああ、そうだよ。彼女ともあそこで知り合ったからね」


「そうですか。それなら直接話を聞きたいですね。私がそこに出向きましょうか」


「マスター、なにもあなた様が直接行かなくても信頼できるものに話を聞いてくるよう命令致しますが?」


「いいえ。その酒場にはいつか顔を出したいと思っていたのですが、何分この格好では人前で飲食ができませんので入りにくかったのです。これはよい機会でしょう」


「そう…ですか、マスターがそういうなら……」


「折角ですからグロイツェルも来なさい。案内はカレンにさせましょう。よろしいですね?」


「わざわざ幹部3人がぞろぞろ押し掛けることもないと思うけどねぇ、それに――」


「それに?」


『それに……、シャネイラが行ってもラナは歓迎しないだろうからね』


 私は心の中で呟いた。


「なんでもない。わかった、私が案内するよ」


「よろしくお願いします。他の……、仕事の紹介所と喫茶店の聞き取りはグロイツェルが人をまわして下さい。上がってきた情報は速やかに私まで報告をするように」


「承りました。すぐに手配します」


「さて……、酒場はたしかお昼も営業しているのでしたよね、カレン?」


「そう……、だったはずです」


 私は知っているのに煮え切らないような返事をした。


「営業中は邪魔になるでしょうから、時間を開けましょうか。それまでに他の情報が出揃っていればいいですけどね」


 シャネイラの話し方はいつも感情がよめない。けど、酒場の話になってからわずかに楽しんでいるように思えた。

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