第5話 悪意の火種(前)-6

 次にブリジットさんとお会いする日の前に、ラナさんとユタタさんとお話をしました。お二人にはいち早く魔法ギルドに所属する件をお伝えしたかったのです。しかし、なぜか心に迷いがありました。きっとブリジットさんとした話が気になっていたのです。


 ラナさんたちが私の成功を邪魔しようとするなんて到底思えない。ですが、また改めて助言をもらうと今の私に迷いが生まれてしまうような気がしました。酒場の近くまで来た後、気が重くなって引き返そうかと考えていると、声をかけられました。


「パララちゃんだよね? ラナんところに行くのかい?」


「かっか…か、カレンさん! あ…えっと、はい! その予定です!」


「ちょうどよかった。私もたまたま近くに来たから顔出そうと思ってねぇ? 一緒にいこうか」


 そう言ってカレンさんは歩を進めていきます。私は気持ちの整理がつかないままカレンさんの後を追っていきました。

 酒場に着くとラナさんとユタタさんは私の魔法ギルドの件を尋ねてきました。先日、お話をしてから報告に来ていなかったので当然です。


 お二人ともとても心配してくれていたみたいです。やっぱりこの方たちを悪いように考えるなんて、私がどうかしていたんです。


 今の状況をお話しすると、二人はとても喜んでくれました。どうしてもっと早くここに来なかったのか、と自分を責めました。カレンさんも一緒にお祝いの言葉をくれました。


 これでいいのです。後は正式に「やどりき」の一員となって皆さんに頼られるような魔法使いになっていくんです。




 後日、ブリジットさんと先日お会いしてから10日後、例の喫茶店、同じ席のところに行くとブリジットさんはいませんでした。


「今日は私が早く来すぎたかな……」


 いつもの席を見つめながらそう呟いていると、後ろに気配を感じました。


「こんにちは、パララさん」


「ゃっ…ぶ、ブリジットさん、ここんにちは!」


 急に声をかけられたので変な声を出してしまいました。ブリジットさんも笑っています。こういうところを早く治したいと、ことあるごとに思います。


「今日は『やどりき』の本部へ向かおうと思うのですが……、その前にひとつ仕事を頼まれてほしいのです」


「えっ…と、おっお仕事ですか?」


「はい。私からではなく『やどりき』からの依頼です。書類上の正式な手続きはまだですが、もう組織の一員として依頼がまわってきたということです」


「そっそ、そんなことってあるんですか!?」


「普通はこのようなことありませんが……、どうやら火急の件のようです。以前少し触れたようにパララさんの能力が適任の依頼があるんです」


「どっど…どどうしましょう……。いきなりそんなこと言われても、私――」


「安心して下さい。現場までは私も同行します。他の魔法使いも何人か向かっているようです。折角なので入団初日に成果を上げて、その力を見せつけてやりましょう!」


 彼はそう言うと私の手を引いて歩き始めました。頭の整理が全くできていません。ですが、これはブリジットさんの言う通りかもしれません。ここでしっかり仕事をやりきれば、今後ギルドで働きやすくなるはずです。


 目の前で起こっていることを前向きに……、チャンスだと考えるようにしないといけません。そう自分に言い聞かせて冷静になろうとしましたが、ブリジットさんに強く手を握られていることを思い出し、また頭が混乱してしまいました。


「あ…あ、あの…ごめんなさい……。着いていきますので…その、あの手を…離してもらえますか?」


 彼もなにか夢中になっていたのか、自分の手を見つめると急に我に返ったように手を離してくれました。


「これは……、失礼致しました。時間に余裕があまりないようでして――。走れますか?」


「は…はい! 大丈夫です、ついていきます!」



 こうしてブリジットさんと私は走って城下町の外へと出ました。魔鉱石の採掘現場と街をつなぐためにできた広い道を駆け抜けていきます。

 このまま進んでいけば関所があったように記憶しています。ですが、その関所に着く前に彼は立ち止まりました。



「ふぅ……、間に合ったようです。このあたりが合流点のはずです」



 そこは見通しの悪い木々に囲まれた道の途中でした。ブリジットさんはなにかを探すように周りを見まわしています。ここまで駆け足で来たので息を整えてから私は答えました。


「こっこ…こ、こんなところですか?」


「はい。そこの林の中に身を潜めましょう。細かいお話はそこでします」


 私は言われるがままにブリジットさんと共に林の中に入ってしゃがみ込みました。あまり人通りの多い道ではないようです。


「今回の依頼内容を簡潔にお伝えします。もうしばらくするとこの道に魔鉱石を運んだ馬車が通るはずです。その荷台を魔法で攻撃して下さい」


 声を潜めてこう説明を受けました。内容に驚いて私の返答は大きくなってしまいました。


「え…えっえ! いっ一体どういう――」


「パララさん、声をおとして下さい」


「は…はぃ…ごっごめんなさい。でも」


「よく聞いてください。私たちの狙いは魔鉱石を不法に採掘している盗賊団の馬車です。その足止めをするのが今回の任務です。パララさんは火属性の上級魔法が扱えるはずです。それを荷台にぶつけてください」


「とっと…盗賊のなんですか……? そっそれでも――」


「足止めをすれば後のことは他の者が処理します。すでに同じ依頼を受けた数名がこの周囲に隠れています。パララさんの仕事は最初の足止めだけです」


「そう…なんですか、私には全然わかりませんが……?」


「簡単に気付かれるようならそれこそ意味がないですからね?」


「たっ…たしかに…それは、その通りですね……。でも上級魔法を人に向けて使うのはちょっと」


「狙いはあくまで荷台です。それに――」


 ブリジットさんは一呼吸おいて続けました。


「セントラルで魔法使いの修練を積んだのでしたら、対人の訓練も受けているはずです。違いますか?」


 その通りでした。魔法使いという職業はまものに、あるいは物に、そしてときには人に向けて魔法を使います。そのための修練も当然行っているのです。



 魔法使いとして生きていくのは人を傷つける、場合によっては命を奪うことも考えなけらばならないと学んでいました。実際に攻撃魔法を撃ち合うような修練もあったりします。こうした状況がいずれ来ることも覚悟していたはずでした。


 その時、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきました。その音は少しずつこちらへと近づいて来ています。



「どうやら標的が近づいて来たようですね。パララさん、準備はできていますか?」



 あまりに急でどうしていいかわからなかったのですが、どうやら迷っている時間も無さそうです。いえ――、迷うということは私の覚悟が足りていなかっただけなのです。今、ここで私は魔法使いとしての一歩を踏み出さないといけないと思いました。


「――わかりました。狙いは荷台ですね?」


 私は火の精霊と契約する呪文の詠唱を始めました。背中に背負った杖を触媒として魔力を増幅させる。冷静に……、セントラルにいた時より短時間で術式をほぼ完了できました。

 馬車の音が近く……、もうすぐ視界に現れることを告げています。もう迷いはありません。音が間近に聞こえ、馬車の荷台が目に映りました。



「ヴォルケーノっ!!」



 私の杖から発せられた火球は一直線に馬車の荷台へ向かって進み、そして閃光を放ちました。

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