第5話 悪意の火種(前)-5
ブリジットさんとは翌日も同じ喫茶店の同じ席にてお会いしました。時間も同じくらいだったと思います。この日も彼の方が先に来ていました。
「ごっごご、ごめんなさい! 今日もお待たせしてしまったみたいで……」
「いいえ。私も先ほど来たところです。注文は紅茶でよかったでしょうか?」
私がそれに答える前にウエイターの方が紅茶をふたつ席へと運んできて、一礼して去っていきました。
「ええっえっと……、ありがとうございます! 今日は私がお支払いしますから!」
「お気になさらず。ここへ呼び出しているのは私ですから」
そういって彼は向かいの席へ座るように促してきました。座ったもののなにを話していいか迷ってしまいます。何度かお会いしている方とはいえ、どうにも慣れ親しんでいる人以外と話すのは苦手です。どうにか克服していきたいのですが、簡単ではありません。
言葉が見つからず、目の前にあった紅茶に口をつけるとブリジットさんの方から話はじめてくれました。相手が話すのを待ってしまうのはよくないことかもしれませんが、内心ホッとしていました。
「『やどりき』への入団ですが、正式な受諾はもう少し先になりそうです。ですが、必要な手続きは一通り終わらせたので時間の問題です。安心して下さい」
「ほっほ…ほ本当ですか!? ありがとうございます!」
「ギルドの担当の者は驚いていました。パララさんの技能通知書は非常に優秀なものです。セントラル卒業でこれほどの能力をもった人が、どこのギルドにも所属していないということに――」
「そっ…それは私に問題があるからです……。人と話したりするのが苦手で……、一緒に協力してお仕事したりするのがうまくできるかどうか――」
「誰でもそうでしょう。得手不得手があるのは当然です。ですが、あなたは今その苦手を乗り越えようと努力している。――違いますか?」
「はっ、はい! その通りです! 一人前の魔法使いになるために今のままではいけないと思っています!」
「その気持ちがあれば大丈夫でしょう。向上心こそが行動を変え、それが人を変えていくのです。今の話を聞いて、パララさんに声をかけて私もよかったと思いましたよ?」
「そっそんな……。けど、せっかく頂いた機会ですから精一杯がんばりたいと思います」
「そうして下さい。あとこうして物事がうまくいっている時は必ず逆風も吹きますので注意して下さい」
「…ぎ、逆風……、ですか?」
「これは私の人生経験からです。――といってもそれほど歳をとっている訳でもありませんが」
ブリジットさんはそう言いながら苦笑していました。おそらく私より5つくらい歳上の方かと思っています。
「幸運が巡ってきたり、新しいことに挑戦するときには必ずと言っていいほど横槍が入ったりするものです。いらぬ世話を焼きたがる人も中にはいます」
「きっき、…き昨日もそんなことを仰ってましたよね?」
「何事も無ければそれで良いんです。パララさんは今、ギルドに所属して自立した魔法使いの第一歩を踏み出そうとしています。こういった時、周囲の人は実に様々な反応をするものです。ですが、あなたはそういった経験がこれまで無かったでしょう?」
「そっそ…それは……、そうですね」
「ですので、念のため……、念のためです。チャンスを掴むために横槍を振り払わなければならないときもあります。進む道を止めたり、不安をあおるような言葉には十分に気を付けて下さい」
「だっだ…大丈夫です! 私の周りにはそんな人はいないとおっ、思いますので!」
「ええ。私もそう信じていますが、人は心が弱い生き物ですから……、下に見れる人をつくろうとします。そうして安心していたいのでしょう。そうした者が折角のチャンスの芽を摘んでいくところを私は過去に見てきました。あなたにはそのようになってほしくないので……、余計とは思いますが、このような話をしてしまうのです」
彼はややうつむき加減になりながらこう言った。
「お…お気持ちはうれしいです。ブリジットさんがそんなに気にかけてくれているなんて――」
「私はただあなたに期待しているだけですよ。もちろん、あなたが活躍してくれた方が私も評価されるという下心もありますが」
ブリジットさんは、これまでお会いした時には見せなかった子どもっぽい笑顔をつくってそう言いました。それはそうだ……。私がやどりきで活躍できればそれは、私を選んだブリジットさんの功績でもあるのだ。
「わっわ…私は自分の目標のためにがんばります! それがブリジットさんのためにもなるなら尚更です!」
「私のことはなにも気にしなくていいですよ? 今日は手続きが終わったことだけをご報告するつもりだったのですが……、つい話過ぎました」
そう言って昨日と同じようにブリジットさんは席を立ちました。また、私の分のお茶代まで支払っていかれる気がしたので、すぐに呼び止めます。
「あっあの、今日は…わた、私が払いますから!」
「いいえ、私があなたの分も支払いたいのです。気にしないでください。次は10日後にまたここでお会いできますか? その頃にはギルドの手続きを進んでいるでしょう」
「えっ…と、え…あっは、はい! 10日後ですね!」
お茶代の話と次にお会いする約束の話とで一瞬混乱している間にブリジットさんは席を離れていきました。つまり、結局またごちそうになってしまったのです。
次は10日後、その時には正式にやどりきの一員になれるのかな……。
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