第5話 悪意の火種(前)-2
それから数日、パララさんが酒場に姿を現すことはなかった。私とラナさんは、彼女の魔法ギルド所属がどうなったのかを気にしていた。彼女がこのあたりに来るときは近くの宿に泊っているそうだが、実際にどこにいるかまではわからない。
あの後どうなったのかを気にしながら酒場の仕事をしているとお昼時にカレンさんがやってきた。この時間帯に来るのは珍しい。そして、よく見るとその背中に隠れるようにパララさんの姿もあった。
「こんにちは。この時間に珍しいですね? それにパララさんもご一緒とは――」
「やぁスガ、ここに来たのはたまたま近くに来たからなんだけどねぇ……。パララちゃんが店の近くをうろうろしてたから連れてきたよ」
パララさんは小さい子どもが親の背中に隠れるようにカレンさんの背中に隠れていた。カレンさんは一般の女性より体格が大きい。逆にパララさんは小さい方なので遠目に見ると本当の親子にでも見えそうな構図だ。
しかし、今の話とここに来たパララさんの様子からすでに悪い予感がしていた。
「ついでだからなんか食べていこうかねぇ……。ラナぁ、私とパララちゃんになんか出しておくれよ?」
厨房からラナさんが顔を出した。カレンさんはいつも通りカウンターに座り、その横にパララさんも座った。
「あらあら、この時間にそれも、二人一緒なんて珍しいわね?」
ラナさんも私とほぼ同じことを言うと、パララさんの顔を覗き込んだ。彼女は無言で顔を上げない。先日の話が頭を過った。
「サンドウィッチでいいかしら? いいお肉が入ったしすぐできるけど?」
「お、それ2人分よろしくね!」
「それじゃ少しだけ待っててくださいね」
ラナさんは再び厨房に戻っていったが、その際にちらりと私の顔を見て首をかしげた。おそらく無言でいるパララさんを指しているのだろう。私も話かけたいがなんと切り出していいかわからない。
ただ、店の近くにいたとなると、なにかを伝えに来たのは間違いない。雰囲気から良い報告とは到底思えないが、尋ねないわけにもいかなかった。
「あの……パララさん、先日のギルドの件はどうなりましたか?」
単刀直入に聞いてみた。パララさんは下を向いたまま黙っている。カレンさんは不思議そうな顔をして私とパララさんを交互に見ていた。
「あ、あのっ、わっわ私……」
「んースガぁ、パララちゃんなんかあったのかい? ひょっとして私、外した方がいい?」
カレンさんにそう聞かれてなんと答えようか考えていると、パララさんがそのまま話始めた。
「ごっごごめんなさい! あの…えと…まだ正式ではないですが、魔法ギルドに所属ができそうです……。ごっご心配おかけしました!」
意外な返答だった。表情から良くないことがあったのでは――、と察していたが、杞憂だったのか。
「そっそそれに…ちっ仲介料も払わないでよくなりまして……」
「いいえ、とんでもない。こちらこそ不安にさせてしまって申し訳なかったです」
最初に話を聞いたときはいかにも怪しいと思ったが、考えすぎだったようだ。経緯はよくわからないが、仲介料もなくなったのであればパララさんにとって良いこと尽くしのように思えた。
「最初に怪しいと言い出したのはボクですよ。ごめんなさい、パララさん」
「いっいいえ! ラナさんもユタタさんも心配してくれてうれしかったです!」
カレンさんは私を見たりラナさんを見たりパララさんを見たりと、表情に疑問を浮かべながらきょろきょろしている。
「なんだい? 事情はよくわからないけど、パララちゃんが魔法ギルドに所属したってことかな? それはおめでとう!」
「そういうことです! 改めておめでとうございます。お祝いといってはなんですが、これはボクの奢りですよ」
2人のカウンターの前には大きめのサンドウィッチ、というよりはバーガーに近いものが置かれていた。食欲をそそる良い香りが漂ってきて私もお腹が空いてくる。
早速カレンさんは豪快にサンドウィッチにかぶりついていた。口の端についたソースを指で拭って舐めながら満足そうに食べている。パララさんもそれに促されてか、小さな口でかぶりついていた。
「おいしいです。ありがとうございます」
「後でお茶をもってきますね」
2人の食べる姿を見ながら、優しくラナさんは微笑んでいる。それなりの大きさのサンドウィッチかと思ったが、カレンさんはすごい早さで食べ終えた。隣のパララさんはまだ半分くらい残っていて、カレンさんの顔を目を見開いて見ていた。
「ふふっ、カレンは食べる早さも量も男性顔負けですからね、気にせずゆっくり食べてください」
「ラナぁ、これうまいねぇ……。ブルードさんも同じのつくってくれるかい?」
「えぇ、勿論ですよ。夜のメニューにもあるからまた注文してね」
「この肉とソースは癖になるねぇ、たまたま寄ってラッキーだったよ」
「あ……、カレンはちゃんとお代を払ってくださいね?」
「なんだよぉ、めでたい日なんだからケチなこと言うなって」
「ダメです。お金の話はきっちりしないと……、ですよ。ね、スガさん?」
「そうですね。お金は結果と責任の対価ですから。きちんとしないといけません」
「はいはい……、スガは仕事とお金の話には厳しいからねぇ」
私とラナさん、カレンさんでパララさんにお祝いの言葉をかけながら和やかな時間が流れていく。
カレンさんは紅茶を飲んで一息ついた後に、次の仕事先へ出かけると言って店を後にした。パララさんも同じタイミングでお店を出ていく。2人を見送ったラナさんは、笑顔で紅茶のカップを片づけていた。
「片づけは私に任せてください」
私がラナさんの仕事を代わろうとすると、急に彼女の手がピタリと止まった。
「そういえば――」
「どうかなさいましたか?」
「パララさんのお話……、結局なにも悪いことはなかった訳ですよね?」
「はい、どうやら私たちの杞憂だったようです」
ラナさんがなにやら、うーんと唸るような声を出して首を捻っている。どうしたのだろうか。
「カレンがたしか、パララさんがお店の近くでうろうろしてた……って言ってましたよね?」
「ええ……と、そのようなことを言ってた気がしますね?」
「それに最初、とても表情が暗かったですよね?」
「はい……、私はそれを見てきっと良くないことがあったのだと思っていました」
まさか私たちに心配をかけまいとして……。いや、わざわざ嘘の報告をするためにここまで来たとも思えない。
パララさんについてそれほどよく知っているわけではないが、平然と嘘を話せるタイプではないだろう。話し方は少しうろたえていたが、それは私たちの知っているいつもの彼女だ。
しかし、それではあの表情は一体なんだったのだろうか。なにか腑に落ちない。きっとラナさんも同じことを考えているのだろう。
「パララさん、本当になにもないといいんですけど――」
酒場の扉を見つめながらラナさんはそう呟いた。まるで先日お店に来た時の様子を繰り返しているようだった。
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