第5話 悪意の火種(前)-3

 ラナさんとユタタさんに相談した日、私はひとりで考えをまとめていました。魔法ギルド「やどりき」はとても名前の通っているギルドで、入団試験も厳しく設けられていると聞いていました。それを全部飛ばして入れる……、というのはさすがに話がうますぎます。


 冷静になればわかることでした。とても高い仲介料や、私の返答に対して金額が変わったのも考えてみればおかしな話です。


 お二人は具体的な明言をしませんでしたが、仲介料を騙しとられようとしているのでは……、と伝えたかったのだと思います。よくよく考えるとたしかにそういう気がします。


 私は早くどこかのギルドに所属して、魔法使いとして立派に活躍をできるようになりたかった。「知恵の結晶」の入団試験を受けた時、とても親身になって力を貸してくれた皆さんに早く良い報告をしたい。そんな気持ちもありました。そういう焦りが盲目にしてしまっていたのだと思います。


 本当に頼りない、と自分を情けなく思うと同時に、ラナさんのところへ行ってよかったと思いました。誰にも話さないでいると、そのまま仲介料を払って大変な目にあっていたかもしれません。


 まだ、このお話がお金を騙しとるための嘘と決まった訳ではありません。ですが、その可能性を十分に考えて冷静に話をしにいきましょう。


『冷静に……、冷静に……、です』



 ユタタさんが、「一緒にいきましょうか?」と言ってくれたのは正直とてもうれしかったです。心強いとも思いました。だけど、優しいあの人たちにあんまり甘え過ぎるのはよくないとも思っていました。


 目標に向かってがんばることを教えれてくれた人たちです。結果が奮わなかった時の悔しさも一緒に教えてくれました。わずか数日でしたが、あの面接の練習をした期間はとても有意義な時間でした。


 とてもいい人たちと巡り会えた。頼ればきっと力を貸してくれる人たちです。だからこそ、甘えててはいけないと自分に言い聞かせるようにしました。



 以前に声をかけられた紹介所近くの喫茶店、ここで今日は待ち合わせをしています。たしか「ブリジットさん」という女性のようなお名前ですが、男性の方です。お店の近くに行くと、向こうから声をかけられました。オープンテラスの席に先にいらしていたようです。


「ごっご、ごめんなさい、お待たせしました!」


 頭の中ではもう少しすらすらと話せているのですが、実際口に出すと第一声がうまく出なくてつっかえてしまいます。慣れていない方がお相手ですと、それに緊張も加わってまともに話せなくなってしまう。いつになったらこれは治せるのかな……。


「いいえ、早く着いたのでお茶をして待っていたところです。どうぞこちらへ」


 向かいの席に誘導されたので、そこに座りました。お店の人が注文を取りに来ます。ラナさんのところでも頂いたのでお腹は満たされていました。メニューの一番上にある紅茶を適当に頼みました。


「きっき、今日は…えと…その、詳しい話をお聞きしたいと思っています!」


 話が怪しいのできちんと説明がほしい、それが本音なのですが、怪しんでいるのはとても失礼な気がします。なんと話し出していいかわかりませんでした。とにかく「やどりき」に所属できる話が本当の話なのか確かめなくては……。


「詳しい話ですか……、わかりました。気になるところをなんなりとおっしゃって下さい」


 ブリジットさんは笑顔でこう答えました。歳は私よりいくつか上の方のように見えます。銀色に近い白髪が印象的な方です。外の日差しで髪がキラキラと輝いているように見えました。怪しい気配はまったくありません。


「えっと、『やどりき』はとても格式高いところだと聞いています。入団試験とか無しに入れるのはちょっと変な気がして――」


 どういうふうに尋ねたらいいのかわからず、結局思いつくままを口に出していました。


「おっしゃる通りです。普通は厳しい入団試験をくぐり抜けた選ばれし者のみが所属するところです。ですが――」


「でっで、ですが……?」


「形式的な入団試験ゆえに、真に才能ある者が振り落とされ、いわゆる試験慣れしている者の多くが突破してしまうといった弊害もあります。そのため、わずかな人数ではありますが……、別の方法で人を入れることもあります」


「そっそ、それをブリジットさんが行っているのですか?」


「そういうことですね。先日パララさんのセントラル卒業時の技能通知書を拝見したときに……、これは偶然ですが今、火属性の扱いに長けた魔法使いを必要としている仕事がありましてね。あなたの力が活かせるのでは――、と思った次第です」


 たしかに、この前声をかけられたときに技能通知書を見せました。それでたまたま探していた人材と私の条件が合っていたのでしょうか……?


 ブリジットさんは落ち着いた声で淡々と話を続けていきます。


「ようするに私は、急遽必要になった人員を補充する役目を請け負っている者です。たしかにこのようなルートはあまり一般的ではないので、不審に思うところもおありでしょう?」


「いっい、いいえ! 不審だなんてそんな!」


 私が勘ぐっていることが見透かされているようでした。ですが、本当に私を騙すつもりでいるのなら仲介料を受け取るところまでは信用させようとしてくるはずです。まだまだ油断してはいけません。自分の心に警戒心を緩めないように言い聞かせます。


「ですが、私はパララさんが今日ここに来てくれて大変うれしく思っております。ほとんどの人は高額な仲介料を聞いた時点で話は終わってしまいますからね?」


 彼は苦笑しながらそう言っていました。そうです、仲介料30,000ゴールドはとても高いのです……。


「ちっち、仲介料は…すぐにはお支払いできません…ですが、正式に『やどりき』に所属できたらお支払いするつもりです……」


 私なりに考えた答えは、お支払いの準備はあるけどすぐにはしない、という方法です。後払いでもいいなら――、と条件をつければそれで相手の出方を伺えるはずです。そう思って私がこう言うと、少しの沈黙が流れました。


 私は下を向いたまま話していたので、ちらりと顔を上げてブリジットさんの顔を覗いてみました。するとそこには笑顔で私を見据える彼の姿がありました。


「――心配しないで下さい。結論からお伝えしましょう。仲介料は不要です」


「……え?」


「これは私の流儀です。失礼かとは思いますが、相手の覚悟を仲介料の額によって見させてもらっています」


「ごっご、ごめんなさい。私あまり頭が良くないのでわからないです……」


「こちらこそ回りくどい言い方をして申し訳ありません。パララさんのおっしゃった通り『やどりき』は格式高いギルドで簡単には入れません。そこに試験無しで飛び込むのはそれなりの覚悟をしてほしいのです。例えば……、普通はありえないような高額なゴールドを払うくらいの覚悟はあるか、とかですね?」


「はい?」


「あなたは今日ここにやってきた。すぐではなくても条件次第では仲介料を払ってでも『やどりき』に所属したい、という強い意志があったはずです」


「そっそ、それは…そのつもり、です……。でした」


「私はその意志を試しているのです。そしてあなたは合格です。きっと仲介料の話を聞いた後に悩み、ご友人などにも相談した上でここに来られたのでしょう?」


「えっえ…っと、はい……。とても親身にして下さる方から…その、申し上げにくいのですが…怪しい話ではないか……、と言われてました」


「そう思われるのもある意味当然かもしれません……。ですが、あなたはそれでも今日ここへ来ました」


「……はい」


「助言をくれる方が怪しむのは当然のことです。万が一あなたが高額なお金を騙しとられたとなると大変です。それに――」


 ここでブリジットさんは一呼吸おいてから話を続けました。


「『やどりき』所属となればとても名誉なことです。人によっては、それを素直に喜べない場合もあります」


「すっす、素直に喜べない……、ですか?」


「無償で手を差し伸べたり、助言をくれる人は……、時として人を見下していることがあります。ただ、そういった人は相手の成功を素直に喜べず、妬んだり邪魔しようとしてしまうときもあるんです」


 ここまで言ってブリジットさんは、はっと話を止めました。


「これは失礼しました。パララさんのお知り合いがそういった方と言っている訳ではありません。中にはそういう人もいる、という話をしたまでです。今のは忘れて下さい」


「はっは、はい! 大丈夫です」


「とりあえず、今日はパララさんの意志を確認できてよかったです。これから正式に『やどりき』との手続きを進めていこうと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「おっお、お願いします!」


「わかりました。では、明日同じ時間にまたここでお会いしましょう。そこで今後のお話を致します」


 そう言うと、ブリジットさんは席を立った。


「お茶代は私が支払っておきます。ごゆっくりなさってください。それでは」


「えっえ…!」


 私が返事をする前にブリジットさんは離れたところに行っていました。ひとりになった席に冷えた紅茶が置かれています。話に夢中になって、いつ運ばれてきたのか気付かずにいました。



 これで私はやっと魔法ギルドに所属できる。それもあの「やどりき」に入れるなんて……。一刻も早くラナさんやユタタさん、それにブルードさんにも報告したい。


 そういえば、ブリジットさんの話し方や雰囲気はどことなくユタタさんと似ているものを感じました。そう思った時に、先ほどの話が頭を過りました。


 他人の成功を素直に喜べない人がいる……。


 ラナさんやユタタさんが、名の知れたギルドに私が所属するのを妬んだりするでしょうか? それを邪魔しようとして、疑わしいと言ったりすることが……。


 いいえ、そんなのあるはずがない。


 お二人とも心から私を心配して、助言をくれたに決まっています。それに結果的には、ギルドにも所属できて仲介料のお支払いも無くなったんです。早くあの酒場に行って伝えないと。そう思っているはずなのに何故か心のもやもやが晴れずにいました。

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