第2章 利害関係者 ≪ステークホルダー≫
◆第5話 悪意の火種(前)-1
酒場のお昼、お客の入りが落ち着いた頃、見覚えのある黒い三角帽子が窓の外で揺れていた。彼女は帽子を脱いで店に入ってくる。群青の綺麗な髪が姿を見せた。
「あら……、パララさん!」
私より先にラナさんが声をかけた。
「こっ…こんにちは! ラナさん、ユタタさん」
頭の天辺から糸で吊るされたように背筋を伸ばした姿勢でパララさんは挨拶をしてくれる。私たちと話すときの緊張はほとんどなくなったように思っていたが、少し間を空けると再び戻ってきてしまったようだ。
彼女とは魔法ギルドの面接試験の練習をした時以来だった。今日の彼女の表情はとても明るく、相談事で来た感じではなかった。
「きっ、き…今日はお伝えすることがあって来ました!」
「あらあらなんでしょう? 今、お茶を淹れますので座って待っていて下さいね?」
そう言ってラナさんは厨房へ入っていった。そういえば、パララさんはまだ尊敬するローゼンバーグ卿がラナさんと知らないはずだ。私から伝えるべきではないと思うが、ラナさんはそもそも話すつもりがあるのだろうか?
一時すると、お盆に紅茶をのせてラナさんが戻ってきた。カップは3つ、私の分もあるようだ。カウンター席に座ったパララさんの前に紅茶を出して、彼女は私を手招きして呼んだ。紅茶の良い香りが漂ってくる。
「それで……、どんなお話ですか?」
ラナさんは視線をパララさんに合わせるようにしてカウンターについた。こうして見ると幼い子と大人の女性が対話している姿に見える。ただ、おそらく二人の年齢はそれほど変わらないはずである。
「じっじ、じ実は…きちんとしたお仕事に就くことができそうでして、そのっご報告にやってきました!」
パララさんは目を輝かせて嬉しそうにそう言った。これを聞いて私も嬉しさが込み上げてくる。隣りを見るとラナさんの表情にも嬉しさがにじみ出ているのがわかった。
「それは……、おめでとうございます! 私も自分のことのようにうれしいです」
魔法ギルド「知恵の結晶」の面接試験は、結果が奮わなかった。しかし、彼女のがんばる姿を見て、きっと近いうちに別の形で報われる日が来るとは思っていたのだ。それがこうも早くにやってくるとは……。
「おめでとうございます。それを聞いてボクも安心しました」
「はい! こっこ…ここ
「なるほど、今度は入団試験のようなものはなかったのですか?」
「はい! そっそ、それもあの――、『やどりき』に所属することになりそうなんです!」
「やどりき」――、恐らく魔法ギルドの名前なんだろうが、そこの知識がまだまだ私は乏しかった。ラナさんの顔を伺って見ると、彼女は私の意図を察してくれたようでにこりと笑って見せた。
「『やどりき』は『知恵の結晶』とほぼ同格の規模の大きい魔法ギルドです。魔法使いなら、『やどりき』に所属というだけでひとつのステータスになりますよ」
なるほど……、大手有名企業に就職できたように解釈すればいいのかな。
「それはよかったですね。パララさんの魔法使いとしての技量が評価されたのでしょうか」
「えっえ…と、そそれが……ですね。仕事探しで私が出入りしている案内所の近くで声をかけられまして……、仲介料が必要なのですが、『やどりき』に伝手のあるとかなんとか――」
話を聞いていると、なにか胡散臭い気配を感じた。特に「仲介料」というワードが私の中で引っかかる。
「ラナさん……。もしわかればなのですが、その『やどりき』というギルドはそういった人材の募集を行っているところなのでしょうか?」
ラナさんは左手の人差し指を唇に押し当てながら少しの間、考えに耽るような表情をしていた。
「うーん……。ボクもそこまで詳しいわけではないのですが、規模の大きいギルドはなにかしらの入団試験が設けられているのがほとんどです。組織上層の血縁や友人でも容易に入ることはできないと聞いています。逆に言うと、それゆえに組織としての品格が保たれているともいえますね?」
「なるほど……。パララさん、ちなみにその仲介料はいくら必要なんでしょうか?」
「えっ…と、そそそれは…、その――」
パララさんは下を向いて答えに窮している。かなり高額な要求をされたのではないかと察する。
「パララさん、いくら必要と言われたのか教えてくれませんか? ボクもその話、少し気になります」
「さ…30,000ゴールドです」
「さっ、さんまん!?」
「さっさ…最初はもっと高かったんです……。けど、あんまり高い額は、はっ払えないので諦めようと思ったら、声をかけてくれた人が値段の交渉をしてくれるというので、いくらなら払えるかと言われて――」
パララさんが今捻出できるギリギリの額が30,000ゴールドということか。
「『やどりき』に所属できたら安定してお給金も入ると思うので、ちょっと無理してでも払えば……、あとからの収入ですぐに取り戻せると思って……、その――」
「パララさん、その仲介料はもうお支払いされたのですか?」
ラナさんがいつになく厳しい顔つきで尋ねている。
「いっ…いいえ! 皆さんにご報告したあとにおっお支払いに行こうとかと思ってました」
ラナさんはパララさんの目を見ながらゆっくりと話し始めた。
「パララさん……、ボクの間違いだったらごめんなさい。ですが、その話……、少し怪しいと思うんです」
ラナさんが先に言ってくれて助かった。私もまったく同じ意見だったからだ。
「あっ、怪しいというと……、『やどりき』に入れるというのは嘘ということですか?」
パララさんは不安そうな顔で尋ねている。ここに来た時の表情を思い出すといたたまれない気持ちになってきた。
「嘘、とまだ決まったわけではありませんが、その可能性があるということです。そのお話、少し慎重になったほうがいいかと思います」
「そっ、そんな……、せっかく正式に魔法ギルドに所属できると思っていたのに……」
「パララさん、まだその話が嘘と決まったわけではありません。お話を持ち掛けてきた人から詳しく話を聞けそうでしょうか?」
「ええ…と、はっはい! 詳しく聞いてみます!」
「そうしてください。ボクもスガさんもパララさんが魔法ギルドに所属できたらどんなにいいかと思っています。ですが……、そのお話がよくないことにつながっていないかと心配なのです」
「はっは、はい……、わかります。ラナさんとユタタさんが心配してくれていることすごくわかります。ありがとうございます」
「もし、これからそのお話を聞きに行く予定でしたら私も付き添いましょうか? 仕事柄、契約関係の話には慣れておりますから」
「いっい、いいえ! そこまでしてもらわなくても大丈夫です! 自分できちんとお話を聞いてきます!」
見た目は幼く見えるとはいえ、彼女も立派に成人している。あまり世話を焼き過ぎるのはかえってお節介かもしれない。
「そうですか。なにか不安なことや怪しいと感じた場合は必ず相談してください」
「あっありがとうございます! 先にここに立ち寄ってよかったです。自分で見聞きしてしっかり見極めてきます!」
そう言うとパララさんは大きく一礼をして、足早に酒場を出て行ってしまった。
「――大丈夫でしょうか、本当に『やどりき』に所属できるなら喜ばしいのですが……、心配です」
ラナさんは私に話しかけるでもなく、独り言のようにパララさんの出ていった酒場の出口を見つめながらそう言った。もし今の話が真実なら、喜んでいるパララさんの気持ちに水を差してしまったことになる。申し訳ないような気持ちが心に残った。
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