第4話 花の闇(後)-5

 目の前にいるフードの人は聞き慣れた声で話始めた。


「あらあら……、ひょっとして……これは、うーんと……、ボクははめられたっていうことかな?」


 私はまだこの状況の全てを理解できていない。次になんと言っていいかわからなかった。するとカレンさんの声が聞こえてきた。


「スガがここにいるのは私も想定外だよ……。まぁなんだ、話を整理しようと思うんだがどうだろうねぇ?」


 私もそれに賛成だった。今理解できているのは私の悪い予想が大方当たっていたことくらいだ。しかし、何故そうなったのかはわからないのだ。


「――お店でお話しましょうか? ボクを追ってきたのならいろいろと見当がついてるんでしょう……。カレンとスガさんになら話してもいいかもしれませんね」


 カレンさんはこちらに聞こえるくらいの大きなため息をついた後に続けた。


「そうしようか……。こんなとこじゃ誰が聞いてるかもわからないしねぇ。そうだろ、サージェ!?」


 サージェ氏の名前が出てきてビクリとした。この近くにいるのか? 急にカレンさんの横に人影が見えた。顔まではよく見えなかったが、私を睨みつけてはいないだろうか。



「スガに撒かれるなんてあんたもまだまだだねぇ?」


「返す言葉もありません」


「まぁいいさ、それよりこの周囲に潜んでいる人がいないか調べて。その後は例の酒場の前を警戒、なにかあったら私に知らせる……、いいね?」


「心得ました、カレン様」


 サージェ氏と思われる人影は姿を消した。


「さぁて……、とりあえず3人で酒場で話そうか?」


 そう言ってカレンさんは私の横を通り抜けて歩いて行った。フードをとったラナさんがその後ろに続いていく。私も二人の後を追った。すれ違う時に2人の表情を見られなかった。――正確には、私に見る勇気がなかったのだ。




 私たちは酒場に戻り、4人がけの席にそれぞれ腰をかけた。カレンさんと私が隣り合い、ラナさんの隣は空いている。


 ラナさんはローブを脱ぎ、靴を履き替えていた。今見るとずいぶん厚底の靴を履いている。彼女は決して背丈が大きい方ではない。あれで身長を誤魔化していたようだ。3人が席についた後、沈黙が流れた。どう話を始めていいか皆が決めかねているようだ。


 口火を切ったのはラナさんだった。


「――カレンがスガさんに協力を頼んだのかしら?」


「協力は頼んだ……。けど、ラナと話するのは私だけの予定だった。さっきのは想定外だよ?」


「そう……。たしかに夜中に外へ出ていくなんて妙な仕事、とは思ってましたけど……、これはさすがにびっくりしてしまいました」


 ラナさんは時折左手の人差し指を唇に押し当てていた。いろいろ考えながら話しているのだろう。


「じれったいのは性に合わないからね、いきなり本題にいくよ? ラナが一連の切り裂き魔事件の犯人だね?」


 カレンさんがいきなり事の確信に迫った。そう、私も昨日の夜にその考えが頭を過ったのだ。私の知っている少ない情報がこの結論を導いてしまった。直観に近いレベルだ。

 しかし、私はそれを否定したかった。ラナさんがそんなことをするはずがない。そう思うと同時に私は彼女についてなにも知らない、という現実も知った。


「カレンがあそこで待ち伏せしてるくらいですからね……。それなりに確証があって来たのでしょう?」


 この台詞はショックだった。切り裂き魔の犯人か? という問いかけに、ラナさんは否定を返さなかったのだ。私は黙ったまま二人のやりとりを聞いていた。


「この事件に私んとこのギルドが協力することになった。今まで知らなかった情報がいくつか入ってきたよ。それが私にとってはラナが犯人て思うに十分な内容だった……」


「そうですか……。でしたら言い逃れはできそうにないですね?」


 これは、自分が犯人と認めたということか。ラナさんが切り裂き魔なのか、ラナさんが人を手にかけたというのか……? 



 私は目を見開いて彼女の顔を見つめた。その表情は少し悲しげに見えた……が、口元はわずかに緩んでいるように見える。ある種の達観に似た心境なのだろうか。彼女のことはたしかにまだそれほど知らない。それでもこの事実はあまりに衝撃的だった。



「あー、スガは勘違いしてるかも……、なんでちょっと補足しようか?」


「かっ…勘違い?」


「ラナがやったのはおそらく最初の殺人以降の話――、つまり服やら道具を切りつけた事件だね。それはそれで許されることじゃないけどねぇ……」


「やっぱり……、カレンは全部お見通しのようですね」


「ええ……と、申し訳ありません。私は全然話についていけてません」


 ひとりだけ置いてけぼりにされている。残念ながら今の私には1から10まで全部説明してもらわないと理解できない。


「まぁ、そうだろうねぇ……。スガがなぜあそこにいたのかは後で聞くとして――、私がなんでラナが犯人てわかったかを教えてあげるよ?」


「はい。そこのところを是非詳しくお願いします」


「うちのギルドに切り裂き魔事件の情報が入ってきた。実際に傷をつけられた衣服とかの押収品とかも見せてもらったよ。それで気付いた……。どの傷も刃物の傷じゃないってね?」


「刃物の傷じゃない?」


「実際やられた人は刃物と思ってる。被害者の証言だとすれ違いざまに傷つけられたようだから普通はそう思うよね? そして衛兵団もその証言を鵜呑みにしてる……。けどね、これは魔法の傷だ」


「――魔法ですか?」


 そういえば、いつかの酒場でカレンさんと切り裂き魔事件の話をしたとき、魔法がどうとか言っていたのを思い出した。


「風の魔法を使える人間はねぇ……、こういう鋭い傷をつけたりすることもできるんだ」


 刃物ではなく、魔法の傷……。それがどうラナさんと繋がるのだろうか?


「ただ魔法てのは普通ね、詠唱があったり、術式が必要だったりしてね。すれ違いざまに声も聞かれず術式も見られず即発動ってのはできないんだよ?」


「えっ…と、できないんですか?」


 話がわからなくなってきた。つまりどういうことだ?


「ただし例外はある……、というかんだ。魔法発動の準備をほとんどすっ飛ばしてしまう魔法使いがね……。大魔導士の『ラナンキュラス・ローゼンバーグ』ならたやすいよねぇ?」



 私はしばらく思考が追いついてこなかった。「ローゼンバーグ」という名前には聞き覚えがある。パララさんが憧れるすごい魔法使いの名前だ。たしかにパララさんが、ローゼンバーグ卿という人は精霊とのコンタクトがどうやらこうやらで、魔法の過程を少なくできる話をしていた気がする。


 ――で……、そのローゼンバーグ卿という人のフルネームが「ラナンキュラス・ローゼンバーグ」、私が接してきたラナさんだっということか?



 パララさんがローゼンバーグ卿という人についてあんなに熱く語っているときにその場にいたのに……。私が呆然としているのをカレンさんは眺めていた。


「ラナ……、やっぱりスガに魔法使いってことは話していなかったんだね?」


 ラナさんは唇を尖らせて反論した。


「魔法関係の仕事はしていませんから、話す必要もないでしょう? 別に隠していたわけじゃありませんから」


「――とまぁあれだ……。ラナはとんでもない魔法使い様なんだ。例の傷が魔法によるものとわかれば、それができる人間も限られる。もっともこれに気付いている人はいないと思うけどねぇ?」


 カレンさんの話だと例の押収品を熱心に調べる人は「ブレイヴ・ピラー」にはいなかったようだ。衛兵の人が刃物の傷、といえばあえてそれを疑う人はたしかにいないだろう。


「ひょっとしてラナが――、て思うと他のいろんな情報がそれを裏付けてくれる。一番気になったのは、一時は頻発していた事件がここ最近急に大人しくなっていたこと」


「それはどういう……?」


「スガ……、あんたがこの件で衛兵団に目を付けられたからだよ?」


「わ、私が理由ですか?」


「そう、ラナも気付いたんだろうねぇ……。スガが衛兵に監視されているって。ただ、スガが監視されることによってラナも下手な動きがとれなくなった、ってとこだろう?」


 ラナさんはこの問いかけに即座に答えた。


「そういうことです。衛兵さんもお客様でよくいらっしゃいますからね……。スガさんのことをよく見ていたり、酒場の外でも見かけるようになると察するものがありますから」


「なるほど……、つまり今回私があえて夜中に外に出る、といった目立つ行動をとることで監視している衛兵の目をそちらに向けさせたら――」


「そう……、ここ数日大人しくしていた切り裂き魔がラナなら……、必ず動き出すとふんでいたのさ」



 そうだ。私はこの一点だけだった。


 外でサージェ氏と話をした時、彼は衛兵が私を見張っていると言っていた。カレンさんは切り裂き魔事件の協力、と言っていたのに、同じ件で私を監視している衛兵に夜の外出について触れていないのが妙だと感じた。


 そして、私の護衛という名目でつけてくれたサージェ氏、彼に任せるということはカレンさん自身は、私が外にいる時間に別のところにいるということだ。


 ここからカレンさんの目的は、「衛兵の目を外に向けること」にあるのではないかと思った。そう考えると、その目的は夜に衛兵の目を酒場から遠ざける、つまりラナさんから遠ざけることではないか、と結論に至った。


 それを確かめるために、私はサージェ氏の目を撒いて酒場の近くに戻っていたのだ。このあたりにカレンさんがいるのでは――、と思ったからだ。

 だが、そこで目にしたのは裏口から外に出るラナさんの姿だった。嫌な予感がして私はその後を追った。


 これが今日の私の一連の動きだった。

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