第2話 大剣の価値(後)-3

 競りは滞りなく進み、そして終わりを迎えた。


 競売で売れなかった商品は出品者の元へ返される。出品の段階で手数料を払うのがルールなので、売れないとその分は損失となるのだ。ハンスさんは出品の価格設定や紹介文への不満を小言のように呟きながら大剣を受け取る。その様子をまわりで見守っている人が幾人かいた。



「その剣……、一度持たせてもらうことはできませんか?」



 見知らぬ男がハンスさんに声をかけた。反応からして彼も初対面の人だったのだろう。


「え…っと、はい。構いませんが――」


 声をかけた男は背丈が180、いや190はあるかという大男だった。ローブというのか、黒いフードのようなものを被っていて顔は少し見えにくい。だが、わずかに捲れた手の袖口から服の模様が目に入った。それをどこかで見たような気がする。しかし、すぐに思い出せなかった。


 大男は刃を布に包んだままの大剣を両手で握りながら、重さや感触を確かめているようだ。このローブの男性が見た目を裏切らない怪力であることはわかった。


「この大剣が仮に修練の器具として、なぜこのように装飾が施されているのかが疑問です。それを説明できますか?」


 大男はハンスさんに尋ねた。



「遺跡から発掘されたものですが、元は非常に地位の高いものか、あるいは権力者が所有していたものなのだと思います」



 私は質問にこう答えた。ハンスさんは回答に困っていたようで、安堵したような表情を私に向けた。


「ふむ、もう少し説明をもらえますか?」


 大男は私の話に興味をもってくれたようだ。声の感じから年齢は30代半ばくらいだろうか。落ち着いた低い声だ。


「多くの武器の装飾と同様です。それ自体に実用性はほとんどありません。しかし、それが施されるのは持ち主の力の象徴である場合がほとんどです。つまり、これを所有していたものは、人目につくことが少ない道具に対しても気を使っていた。すなわち、そこまでの力を有するものが所持していたと考えられます」


 ここでの「力」は肉体的な力というよりは「財力」や「権力」といった意味合いで使った。この男にはそういう細かい説明をしなくても意味は通じるだろう。


「なるほど、一理ありますね」


 大男は頷いていた。まわりを見ると周囲に人が集まっていることに気付いた。


「単なる修練の器具として50,000ゴールドという価格は明らかに高額です。ですが、それは承知の上です。これを手にしたい人はそもそも単なる道具以上の価値を見出すと判断したからです」


「これを道具として持っていることそのものが、持ち主の力の象徴となりえる、ということですね?」


「――左様です」


 こちらが言いたいことを説明する前に察してくれていた。一体この人は何者なのだろうか。


「ふむ、重さやバランスなど大剣を扱うものの構えをつくるにしても、これはよくできている。質を伴ったうえで外見まで意識しているようだ。一見、扱いにくい武器のようにしか見えませんが……、よく気付かれましたね?」


 正直、器具としての質のよさは私にはわからない。ただ、肉体を鍛えることに関して右に出るものはいないであろうブルードさんがそう言うのだから、そこは信じて疑わない。



「25,000ゴールドなら買ってもいいぞ!」



 私とこの男とのやりとりを聞いていたのか、外野から突然声があがった。思っていた以上に早い展開になったが、私はこれを待っていたのだ。




 こちらの世界に来る前、知り合いの付き添いで競走馬の競りに参加した経験がある。まったく未知の世界でただ眺めているだけだった。


 その時、競りで買手のつかなかった競走馬に興味をもった人が生産者と改めて交渉し、購入に至る姿を見ていた。「競売」は終わってからも続くのだ。あらかじめハンスさんにはそのような場があるのかどうか確認をしていた。


 あの武器は過去に一度ハンスさんが高値で競り落としている。それを知っている人もいるはずだ。それが再出品され価格も高い、そしてなにより用途が実は武器ではない。競りで買手がつかなくても注目を集めるには十分すぎる材料だ。


 あとはわずかでもあの剣に興味をもった人が声をかけてくれれば、私が直接話すことができる。その話はあえて大きく、まわりを巻き込んで話をしていけば活路を見いだせると思っていた。



「だったら、こっちは26,000ゴールド出す。私のとこは剣士の指南を行っている。実用性を伴っているならそれくらい出してもかまわん」



 また別の人が外野から声をあげる。この空間だけ新たな競りが始まったようになってきた。50,000ゴールドは価格を高くしすぎたと思っていたが、勝手にいきなり半値から言われるとは思わなかった。すると、ハンスさんが近くにやってきた。


「スガさん、チャンスだ! 欲張らずに半値でも売ってしまおう。売れないままよりずっといい」


 しかし、私はこれには頷けなかった。この大剣に価値を見出す人ならおそらく――。



「出品時の額は50,000ゴールドでしたね……。ならばその額出そう。それ以上出すものが他におりますかな?」



 最初に話かけてきた大男がそう言って頭のフードを脱ぎ、顔を晒した。途端、まわりに集まっていた人々がざわつき始めた。



賢狼けんろうだ! 賢狼のグロイツェルだぞ!」



 周りからそう聞こえた。ケンロウ……?


「ブレイヴ・ピラー3傑のひとり、賢狼のクロイツェルだ」


 ハンスさんが驚いたように言った。カレンさんと同列の人か。私の理解が周りの人に追いついた。


「その大剣、私……というより我ら『ブレイヴ・ピラー』が50,000ゴールドで買い取らせてもらいたいが、いかがだろうか?」


 私が返事をする前にハンスさんが先に返事をして、このグロイツェル……という人の右手を両手で握っていた。勝手に交渉成立してしまっている。



 うまくいき過ぎた感はあるが、待ち望んでいた展開だった。この大剣に価値を見出す人はおそらく極端な値切りはしてこないと踏んでいた。なぜなら大金を払って手に入れること、そのものに「価値」があるからだ。



 私の以前の経験で……、例えば高級百貨店の限定会員などが近いと思えた。価格が明らかに一般人向けではない額の会員サービスをいくつか取り扱ったことがある。

 しかし、そういった会員に進んでなろうとする人も一定数存在していた。普通ならできる限り良いものを安い価格で手に入れようとする。


 だが、一定の財力・地位・権力をもった人間は大金を払える、ということそのものに価値を見出す場合がある。会員サービスが本質ではなく、その会員に入ることができる力・余裕に価値をおいているのだ。

 この大剣の使い道と、それに不釣り合いな装飾を見た時、そういう部類の人の目に留まるようにすることを考えた。


 このグロイツェル氏は大きなギルドの権限を持っているようだ。私の予想ではこの場に他のギルドの代表者も来ているだろう。

 「ブレイヴ・ピラー」というギルドが他のギルド間でも力を持っているのだとするなら、他が手を出せなかったものを買い取った、という事実がこの大剣の新たな価値として付与されるのだ。



「50,000ゴールド準備してきます。ここでお待ちください」



 グロイツェル氏はそう言ってこの場を離れていった。ハンスさんはこちらを向くと私の右手を両手で握って見つめてくる。


「さすがスガさん! オレが見込んだだけのことはある! よくやってくれた!」


 さっきまでの小言はすっかり忘れてしまったらしい。目を輝かせて、ありがとう、を連呼している。ただ、結果的に思っていた以上の高値で売れたのは事実だ。これならラナさんにも胸を張って報告できる。

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