◆◆第2話 大剣の価値(後)-1

 ――競りの当日。


 酒場のあるところから街の中心へ出るには路面電車を使っていく。街から街への交通は電車が発展しているのだ。

 私はスーツにエンジ色のネクタイを締めて出かけた。こちらに来てからこの格好が勝負服になっている。ハンスさんと待ち合わせをして電車へと乗り込む。2両編成の小さな電車だ。


 車内から外を眺めているとハンスさんに話しかけられた。


「大剣の値段、言われた通りで出品を依頼したけどよ……。本当にあの値段で大丈夫なのか?」



 競売の初期の価格設定は出品者が指定するようになっている。今回の競りで確実に例の大剣を売るためにも値段の設定は私が指定したものにしたかった。ハンスさんには猛反発されたが押し切った。希望額以上で必要とする人に買ってもらうためには適切な価格設定が必要なのだ。


「お任せください。ハンスさんの希望額かそれ以上で必ず売れます」


「そう自信満々に言われるとな……。にわかに信じがたいが、どうなることやら……」


 競り自体をこちらの主導で行うことはできない。初期の価格設定と商品の紹介文だけはこちらで決められる。そのあたりをすべて私主導でやらせてもらったのだ。


 今後のことを頭の中でシミュレーションしていると目的の駅が近づいてきた。さすがに私も緊張が走る。ここからは、おそらくあまり経験のないやり方をしなければならない。両の掌が汗でべっとりとしていた。



 ハンスさんとともに電車を降りる。駅前は大きな広場となっていた。ここが今日の競り市の会場だ。すでに多くの人で賑わいを見せていた。

 広場の周囲には簡易なテントがいくつも立っており、持ち歩いて食べれるようなもののお店が並んでいた。まさにお祭りといった様子だ。


 会場入りするとハンスさんは知り合いの武器商人たちと挨拶を交わし、情報交換をおこなっていた。何人か酒場で見た顔もあり、私も名乗りながら挨拶をしていった。



「あれ、スガも競売に参加するのかい?」



 聞き覚えのある声の方に振り返るとカレンさんが軽く手を上げていた。酒場に来るときは動きやすそうな恰好をしていることが多いが、今日は軍隊の制服のような服装をしている。

 大きくて屈強な男たちが数人周りを囲むように立っていた。彼らも同じ服装をしていたので、所属ギルドの制服なのかと思った。


 彼女に呼ばれたことでその男たちの目が一斉にこちらを向く。この競りに集う人のなかでもは明らかに異質な威圧感を放っていた。


「奇遇ですね。私はハンスさんと一緒に来たのですが、カレンさんこそ競りに参加されるのですか?」


 そこまで話したところで、突然若い男がカレンさんの横に立ち、私を横目で見るようにしながら彼女に小さな声で話しかけていた。



「カレン様……、この男の話し方、少々馴れ馴れしくはないでしょうか?」



 その声が聞こえて私は急に居心地が悪くなった。


「私の知り合いだ。お前こそ失礼な物言いがあれば許さんぞ?」


 カレンさんが睨みつけるようにしてこう言うと男は黙って頭を下げた。


「すまないねぇスガ、こいつら人相も口も悪くて困るんだよ?」


 彼女は先ほどの若い男やその周りにいる人たちを親指で指しながらそう言った。


「ええと……、お気になさらず」


 明らかにここにいる屈強な男たちよりカレンさんが格上というのが伝わってきた。


「競り市には遺跡から発掘された一品もののおもしろい武器が並ぶからねぇ……。ギルド通じて覗きにきてるんだよ」


 さらに彼女がなにか言おうとしたときに、また先ほどの若い男が耳打ちをした。カレンさんの表情が少し険しくなる。


「悪いねぇ、スガ。ちょっとギルドの偉いのが来たみたいだからそっちに行ってくるよ。また酒場に顔出すからよろしく」


 そう言ってこの場を去っていった。その背中を大きな男たちがぞろぞろとついていく。彼女の背中を見送っていると、ハンスさんが私の肩を軽く叩いた。


「そっか、スガさんは詳しく知らないんだな」


「どういうことでしょうか?」


「カレンはラナちゃんとこの常連でオレたちには馴染みだが、実はとんでもねえやつなんだ」


「なんとなくすごい人、というのは察しましたが……」


「この国最大級の剣士ギルド『ブレイヴ・ピラー』のトップに君臨する3人の剣士、通称『3傑』と言われるのがいてな……。その内のひとり、『金獅子』の異名をもつのがあのカレンなんだ」


 なんと反応してよいかわからなかった。カレンさんは自分が想像していたより遥かにすごい存在だということだけは理解した。次に顔を合わせた時に今まで通り話せるか心配になってしまうくらいだ。


 ついでにハンスさんから城下町や剣士ギルドについて聞いてみた。


 私は遠い異国からやってきた人、という設定を知り合った人たちには話している。しかし、あまりにこの世界のことを知らなさすぎるといらぬ詮索をされそうなので、適度に人を変えていろいろと尋ねているのだ。


 彼は、オレもそんなに詳しくないけど……、と言いながらいろいろと話をしてくれた。その時、大きな鐘の音が突然鳴り響いた。驚いている私にハンスさんはこう告げた。


「競りの始まる合図だ」

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