第2話 大剣の価値(前)-4
翌日、普段使わない筋肉を使ったせいか、目覚めると体のあちこちに鈍い痛みがあった。学生時代以来の筋肉痛のようだ。
そういえば久しく激しい運動をしていない。あの重たい大剣を運んでいたら勝手に体が鍛えられそうだ、とぼんやり考えた。
そうか……、ひょっとしてあの大剣は、剣士を鍛えるための道具ではないだろうか。自身の筋肉痛から意外な発想が浮かんできた。
体を鍛えることに関してはこれ以上ない知識人に心当たりがある。酒場の料理人、ブルードさんだ。お昼時を過ぎた頃、いつも通り彼は酒場にやってきた。早速、例の大剣を持って尋ねてみる。
「この剣が体を鍛える道具かもしれない?」
ブルードさんは怪訝そうな顔をしてそう言った。
「ええ、剣にしては異常なほど重くて切れ味もほとんどないんです。ひょっとしたら剣士の体を鍛える道具ではないかと思いまして相談した次第です」
私は思いついたことをそのまま彼に説明してみた。
「鍛える道具と聞くと血が騒ぐな! どれ、ちょっと貸してみな?」
ブルードさんは皮で刃を包んだままの剣を持って外へ出た。剣の柄を両手で握り、構えるような姿勢をとった時、わずかにふらついたようにみえた。ブルードさんでこれならカレンさんはどれだけ怪力なのか、と私は思った。
「ははーん、なるほどな」
ブルードさんが姿勢を直して剣を軽く振り、うんうんと頷いていた。
「なにか気付いたことはありますか?」
「スガさんの予想は当たりだ。これはおそらく剣士の身体に芯をつくるための道具だな」
「芯……? 詳しく教えてもらってもいいですか?」
「オレは剣術に関しては無縁だが、以前に聞いたことあるんだ。いい剣士になるためには構えが大事だってな? そして、構えを確立するために身体の中に芯がいるって話だ。それを鍛えるために重たい棒を持って何時間も同じ構えでいるような修行があるらしい。この剣はおそらくその棒と同じようなモンだろ?」
芯か……。私は武術やスポーツに明るいほうではないが、「インナーマッスル」のような意味合いだろうか。つまり、武器と同じ形状をしたもので、それを扱う筋肉を鍛えるための道具、ということか。
「しかし、剣士を鍛えるための道具ならカレンさんが気付きそうなものですが……」
私は昨日のやりとりをブルードさんに話してみた。
「いいや、カレンくらいのレベルになると基礎的な筋肉なんて完成しきっているだろうからな。こいつを持つのに苦労しないだろうから逆に気付かんのじゃないか? それにあいつは一種の天才型だからなぁ……」
なるほど、すでに完成されているカレンさんだからこそ気付かない場合もありえるのか。
「武器のことは知らんが、体を鍛えることならオレは誰よりも詳しいぞ! この剣は絶対に武器じゃない。体を鍛える道具で間違いない」
ブルードさんは自信に満ち溢れた表情で、右手の力こぶを見せながら言った。彼に頼って正解だった。意外な方向だが進展した。私は続けていくつかの質問をしてみた。
気になるのは、この世界に「トレーニンング器具」がどの程度存在するのか、そもそもそういった認知があるのか、だ。そして、もしそれがあるなら、どの程度の相場で売られているのか……、だった。
ブルードさんの、いわゆる「筋トレ」に関する話の引き出しはすごかった。料理人よりスポーツトレーナーのほうが向いてそうだが、そういう職業はこの世界にないのだろう。
彼の話によればトレーニング器具はあるにはある……が、どちらかというと木刀や竹刀のような実践を模して使う道具が多いようだ。ダンベルのような体を鍛えるためだけのものはほとんどない。彼はそういった器具を自前でつくっているようだが……。
この重たい大剣をトレーニング器具として売る。武器として売るよりは可能性があるような気がした。問題は価格設定だ。ハンスさんの希望を鑑みるとかなりの高額で売る必要がある。
しかし、トレーニング器具にそれほど高額の投資をする人が果たしてどれほどいるだろうか。
試しにブルードさんに筋トレの器材が売っていたらどれくらいの値段で買うか聞いてみた。よほどいいものなら数千ゴールドは出してもいい、と筋肉を愛する人らしい回答が返ってくる。
つまり、ブルードさんレベルで数千までなのだ。希望の価格は万を超えている。方向性はこれでいいのかもしれないが、まだこの剣を売るには条件が足りない。
この日、ハンスさんの武器屋を訪ねて例の大剣の使い道について話した。すると、ハンスさんから意外な話が返ってきた。
「そもそも武器じゃないってことか……。うーん、なるほどなぁ……。実はスガさんに話そうと思ってたことがあってな?」
「この大剣についてですか?」
「あぁ、実は近々規模の大きい競りがある予定なんだ。そこにあの大剣を出品しようかと考えててな」
「武器として出品するのですか?」
「当然そのつもりでいたよ。まさかあの形で武器ではないとは思わんかったからなぁ」
武器として出品し、仮に高額の値がついたとしても、手に入れた人は間違いなく扱いに困るだろう。
私がなにかを売る上で、買った人を不幸にすることだけは避けたいと思っていた。それをもっとも大切にしている。
「遺跡の発掘品で一度武器屋が買い取って……、もう一度競りに出てくる商品は正直値がつきにくい。普通に売れない理由があるんだろう、って誰もが思うからな。それでもこのまま不良在庫にするよりはいいと思ってな」
「それなら『武器』と言わずに、『鍛える道具』として競りに出しましょう」
その時、私の脳裏にある考えが浮かんだ。
「いやぁ……、さすがに鍛える道具では値がつかんだろう? 買いとった額ほどではなくても、ある程度は高値がついてほしいからな」
「武器として売ってしまったら買いとった人がハンスさんと同じように頭を抱えることになります」
「それはそうだが……、競りでそんな商品いくらでもあるからなぁ」
「わかっていて売りに出すのと知らずに出すのは全然違います。それに――」
「それに?」
「本来の用途で競りに出すのであれば、条件次第では値がつくと思います」
私はハンスさんに、競りについていくつかの点を確認した。そして、想定した条件がほぼ満たされるであろうことが判明する。
「その競り、私に任せてもらえませんか? 期待に応える額で、買い取った人を不幸にせず売ってみせましょう」
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