第2話 大剣の価値(前)-3
大剣を一度持って帰る許可をもらえた。刃のところを皮でぐるぐるに包んでもらい、持って帰ろうとしたが、その重さゆえ結局ハンスさんに運ぶのを手伝ってもらった。
残念ながらこの武器を振るう腕力は持ち合わせていないので、性能を確かめるには誰かの力を借りるしかなさそうだ。
「力持ち」といって真っ先に頭に浮かんだのは、料理人のブルードさんだ。
しかし、料理人の彼に武器は扱えるだろうか? そう考えて、次に浮かんできたのはカレンさんだった。
前回の仕事でも力を貸してもらった訳だが、また頼ってよいものだろうか……。ただ、気軽に話せる人がそれ以上思い浮かばなかったので、夜に酒場に来たら声をかけようと決めた。
日が暮れて酒場が忙しくなる時間、ほぼ毎日お店にやってくるカレンさんは、今日も例にもれずにやってきた。どこかで話しかけてみようと機を伺っていたら、向こうから声がかかった。並々入っていたお酒を早々に飲み終えたらしい。
「あの……、カレンさん?」
「どうした、スガ? なにか頼みごとかい?」
彼女は私を見上げながら少し斜めを向いてそう聞いてきた。顔に書いてあるのか、言わなくても伝わったようで助かる。
「後でいいのですが……、少し試し切りをしてほしい剣があるんです。頼めませんか?」
「ふぅん……、おもしろい頼みだねぇ。かまわないよ」
あっさり引き受けてくれて安心した。
「私は閉店近くまでいるからね。客がひいて暇になったら近くの空き地にでもいこうか?」
無事約束をとり付けられたので、酒場のウエイターとしてきりきり働いた。いつも通りハンスさんも店に現れたが、特に大剣については触れずにラナさんと話しながら酒を飲んでいた。
そして、夜が更け、明日の仕事に備えて多くのお客たちは家路につく。カレンさんはいつも座っているカウンター席から立ち上がり、ラナさんにお酒の勘定を払っていた。
「ラナぁ、ちょっとだけスガ借りてくよ?」
彼女はそう言って酒場の扉を開けてこちらに手招きした。私は慌てて準備していた大剣を抱えた。歩きがふらつくほどに重たい。ラナさんは私とカレンさんの顔を交互に見た後、夜中ですから気を付けて下さいね、と言って私が出ていくのを許可してくれた。
「仕事の途中にすみません、用が済んだらすぐに戻りますので……」
そう言って私は先に店を出たカレンさんを追った。
外の空気はとても澄んでいて、風が吹くとわずかに冷たさを感じる。外で待っていた彼女に追いつくと抱えていた大剣を取り上げられた。
「これか……? ずいぶんと重たい剣だねぇ?」
そう言うと、私が持つよ、と軽々と肩に担いで歩き始めた。見た目は、モデルのようなスタイルの女性だが、これほどの怪力だとは思っていなかった。
彼女について夜道を進んでいくと、商店の並ぶ大通りを脇に抜け、その先の空き地へと入った。
そこで大剣を包んでいた皮をとると、彼女はまじまじとその刃を見つめていた。いつもの酒場での雰囲気とは違った表情を見せている。刃を指でなぞった後、柄を両手で握り、大きく振り上げたかと思うと凄まじい勢いで右に左に振って見せた。一時おいて風が吹き抜け、そして再び夜の静寂が訪れる。
あの大剣をこうも振り回すことができるのか……?
彼女は所属しているギルドでも指折りの実力者だと噂で耳にしている。しかし、その力は私の想像を遥かに超えているようだ。
彼女は右手で柄を握って大剣を立てたまま、じっと見つめている。剣先が夜空に突き刺さるかのようだ。そして口を開いた。
「普通の金属じゃない……。遺跡で掘り出されたものだろうねぇ。それにしても重さが武器としてはまるで実用的じゃない。それにこの刃……、見た目に反してまるで切れ味がなさそうだねぇ?」
私が伝えたかったことは、今の素振りですべて理解してくれたようだ。
「やはりそうですか……。そうは聞いていたのですが私は武器を扱えないので、わかる人に使ってもらい、ちゃんと確かめてほしかったんです」
「うん、私だからこう振り回せるけど……、普通はスガみたいに抱えるだけでも大変な重さよね? なにか特殊な仕掛けがあるようにもみえないし」
今の剣捌きを見て、彼女なら私には気づけないこの剣の特性を発見してくれるのでは……、と淡い期待を抱いていたのだが、どうやらそうはいかないようだ。
「これだけ重かったら叩きつけるだけで武器にはなるけどねぇ。それなら斧なりハンマーなりを使うだろうし……。この形でこの重さ、私にはちょっと使い道がわからないねぇ」
なるほど、もっともすぎる意見を頂けた。やはり武器以外の方向で売る方法を模索するのが正しそうだ。――というより、腕利きの彼女が使って価値を見いだせないとなると、これが本当に武器なのか疑わしくなってきた。
形は「剣」なのだが、そもそもこれは本当に「武器」として遺跡に眠っていたものなのだろうか。
カレンさんは酒場の近くまで送ってくれた。大剣も運んでもらい、至れり尽くせりだ。
空き地からそのまま帰路につくと思っていたが、夜道にひとりは危ないからと、付き添ってくれた。性別を考えると本来逆なのだろうが、先ほどの彼女の動きを見た後では自分が守るなんてとても言えない。
「最近この辺りで通り魔の被害がちょこちょこあってねぇ……。スガは荒事には無縁そうだから万が一があったら困るだろ?」
彼女は大剣の刃を皮で包みながらそう言った。通り魔・切り裂き魔の噂は以前にも聞いている。酒場の話題でも時折耳にしていた。
「ここ数件は衣服を切られたりとかにとどまっているけどねぇ……。ひとりは殺されてる。物騒なもんだよ」
最近噂になっている切り裂き魔、最初の被害は私がまだこちらの世界に来る前の話だった。そして、その被害者は殺されているらしい。改めて耳にすると背中の辺りが薄ら寒くなる。
「酒場は夜まで開いてますからね……、気をつけます。ラナさんもいますし」
「まあ……、案外ラナはそういうとこ大丈夫だったりするんだけどねぇ」
カレンさんは軽く笑いながらそう言った。どういう意味か聞こうとしたところで彼女は立ち止まった。いつの間にか酒場の前に着いていたのだ。
「私はこのまま帰るからラナによろしく言っといておくれ? 明日もまた来るけどね」
「はい、付き合ってもらいありがとうございました!」
大剣を両手で受け取り、去っていくカレンさんの背中に一礼した。風がかすかに爽やかな香りを運んでくる。これは例の虫よけ薬に使った柑橘の香りだ。
酒場の扉には「close」の札がかかっており、中に入るとラナさんがカウンターを丁寧に拭いていた。
「すみません、遅くなりました。あとは私がやりますのでラナさんはもう休んでください」
「あらあら、お帰りなさい。カレンとのデートはもう終わったのですか?」
ラナさんがいつもの笑顔で、声を出さずに笑いながら茶化してきた。そんないいものじゃないですよ、と言いながらカウンター掃除を代わった。大剣は一旦カウンターの横に立て掛けて置いた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えてボクは依頼書を整理してきますね」
ラナさんはいくつかの書類を持ってカウンターの奥へと消えていった。私は掃除をしながら視界にある大剣について考えを巡らせていた。
これは本当に武器なのだろうか。形状はどう見ても剣そのものだ。ただ、実用性ではあまりに剣からかけ離れている。
実は単なる飾りではないだろうか?
それにしてもこの重さは不自然だ。これを必要とする人はどういう人だろう……?考えがうまくまとまらないまま気付くと掃除は一通り終わっていた。
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