第2話 大剣の価値(前)-2

 ラナさんに武器屋に行ってもいいか尋ねてみると、夜の忙しい時だけ手伝ってくれればいいですよ、と返してくれた。お店に戻るハンスさんに同行して早速商品を見せてもらう流れになった。


 外は今日もいい天気で暖かく、眩しい日差しが目に刺さる。


 ハンスさんの武器屋に入ると店番をしていた若い男性が顔を出した。


「おかえりなさい。おや……、お客さんですか?」


「いや、この人は客じゃなくてな。仕事を依頼したんだ。例の大剣を売ってもらおうと思ってな」


 そう言ってハンスさんは店のカウンターにまわると、しゃがみ込んで大きな木の箱を持ち上げた。その動作だけで相当重たいものが入っていると伝わってくる。箱からわずかに木の香りが漂ってきた。


「これがさっき話した大剣だ」


 木箱を開けると、鏡のように美しく光る刃の大きな剣が現れた。武器には詳しくないが、素人目にはとても良い剣のように映った。柄頭や鍔のところは黄金色の装飾が施されており、ずいぶんと価値があるような品物に見えた。


「これが……、売れない武器なのですか?」


「ああ、そうだ」


 武器に関しての知識はほとんどないので、率直な感想を言ってみた。


「見た感じは、とてもよさそうに見えるのですが?」


「そうだな。これは元々遺跡から発掘された武器でな。競りでオレが買ったんだが……」



 彼の話によると、武器屋は鍛冶屋から仕入れる汎用的な武器を多くとり扱っている。しかし、それらとは別に時々開かれる冒険家が発見した武器を競りでおとして販売することもあるらしい。


 この街の外にはたくさんの遺跡があると聞いた。そこには様々な財宝や武器が眠っているらしく、多くの冒険家が一攫千金をもとめて遺跡に乗り込んだりしているそうだ。遺跡の多くは謎に包まれており、危険な罠があったり、「まもの」と呼ばれる危険な生き物が数多く生息しているという。


 そこから調達できたもので、競売に出されるものがある。遺跡から発見される武器は一品もので、解明できない特殊な技術でつくられているものも数多くある。

 過去には、巨大でありながら異様に軽い斧だったり、異常なまでの切れ味をもった剣などもあったとハンスさんは語ってくれた。


 ただ、こうした武器は高額で競りにかけられるわりに、その真価がわからないものも多数あるという。つまり、場合によっては高額でガラクタをつかまされることもあるのだ。今、話に上がっている大剣はまさにそういう類らしい。



 刀身は1m50cmくらいあろうか、まさに「大剣」という感じだ。こちらの世界でまものと戦う人はこんな巨大な武器を振り回しているのか……。


「この剣なんだが……、困ったことにまったく斬れないんだよ?」


 私はそう言われて改めて刃を見た。虫が止まったらその場で切れてしまうのではないかと思うほどに鋭く見える。


「これが……、斬れないんですか?」


 見た目からはにわかに信じがたい。


「試しに刃のとこ、指でなぞってみな?」


 そう言われても、わかりました、と即答するには躊躇いがあった。指の皮くらいあっさり切れても不思議ではない。しかし、ハンスさんがじっと見つめてくるので仕方なくゆっくりと指を剣に近づけ刃に触れてみた。


 そしてそのままゆっくりとなぞる。ひんやりとした金属の温度が伝わってきた。しかし、そこから痛みはやってこなかった。


「……切れませんね?」


「ああ、まったくと言っていいほど切れん。そしてなによりとてつもなく重い」


 重い、と言われてもこの大きさならまあそうだろう、というふうに私は思った。


「大剣てやつは当然重たい武器だ。ただ……、こいつはその中でも段違いに重い。はっきり言って武器として使い物にならないレベルだ」


 そう聞いて試しに柄を両手で握って持ち上げようとしてみた……、が上がらない。――というより微動だにしなかった。振り回すなんてとてもできない重さだ。剣の納められた箱ごと両手で抱えてみると、なんとか持つことだけはできた。



 私の力がこの世界の剣士と比較して明らかに劣るのを加味しても、これはさすがに重すぎるだろう。


「斬れなくて、おまけに信じられないほど重い。見た目はいいが武器として使うには絶望的だ」


 たしかに今ある情報だけでは絶望的と言わざるえない。この段階で私は家の飾りとか別方向で売った方がいいのではないか、と考え始めていた。


「遺跡の深いところで見つかったらしく、しかもこの見た目だ。競りでもどんどん値が上がっていきやがったんだ。これは逃しちゃいけないと思ってしまってな……。まったくオレの目も焼きが回ったもんだぜ」


 ハンスさんは目頭を抑えながら首を左右に振った。話の流れからそれなりに高額で手に入れたのがわかった。それだけに手放すこともできないでいる、といったところか……。


「この大剣、いくらで競り落としたんですか?」


 単刀直入に聞いてみる。


「……30,000ゴールドだ」


 私の感覚でこの世界の1ゴールドはおおよそ10円くらいの価値だ。そう考えると30万……、私が住んでいた世界では、武器を買うという概念がそもそもなかったので相場がピンとこない。


 ただ、まものと戦うために使うもの、すなわち仕事に必須の道具と考えたらどうだろうか。30万の仕事道具と考えるとかなり高額な部類だ。ハイスペックのパソコンでも買ったような感じだろうか。


 私は周囲を見渡して、並んでいる他の剣の値段を見てみた。安価なものなら数百ゴールドから売っている。10,000を超えるものはこの近くには置かれていない。つまり、この斬れなくて重い大剣が異常なほど高い価格で競り落とされたのが理解できた。


「元値以上で売りたい、とか贅沢は言わん。ただ半値くらいでもなんとか売れんものだろうか?」


 武器としての価値は正直0に等しいと思えた。それとも、私やハンスさんが気付いていないだけで、なにか特別な性能をもっているのだろうか。


 ゲームや漫画の世界のように選ばれし者が持てば、羽のように軽く、剃刀の切れ味になるとでもいうのだろうか……。もし、そうなら高額をつけて勇者が現れるのを待つしかないのだが、そうも言っていられないのだろう。



「わかりました。なんとか15,000ゴールド以上……、できれば元値くらいで売れないかやってみましょう」


 競りでそこまで値上がったなら、遺跡の深部で見つかった武器は、それだけで付加価値があるのだ。ただ、この重さと切れ味をだまったまま売るわけにもいかない。


「引き受けてくれるか。ありがたい!」


「15,000ゴールド以上で売れたら超過分の半分を私が報酬としてもらいます。それでいかがでしょう?」


 ハンスさんは私の顔を凝視して一呼吸おいてから返事をした。


「スガさん、今の話聞いて本当にそんな高値で売れると思っているのか?」


 それを売ってくれ、というのが今回の依頼だろう、と私は心の中だけで呟く。依頼主がそう言いたくなるほどに、今の段階では価値を見出せない武器、ということだ。


「お任せください。必ず売ってみせましょう」


 今回もなかなか大変そうな依頼だが、私が自信を見せないわけにはいかなかった。

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