◆第2話 大剣の価値(前)-1
お昼時の酒場、昼食をとりにくるお客がいるためラナさんはお店を開けている。だが、忙しくなることはあまりない。
私は、ランチを提供している居酒屋がビジネス街にあったな、とここにくる前のことを思い出していた。外の様子を伺おうと出口に向かうと、ちょうど扉が開いた。見覚えのある中年の男性が入ってくる。
「おぉ、スガさんちょうどよかった」
街で武器屋をやっているハンスさんだ。
酒場の常連のひとりで40半ばくらいの歳に見える。独身のようで、いつも閉店近い時間までお店で飲んで帰っている。もみあげとつながった髭がひときわ目を引く人だ。ラナさんがお気に入りのようで、店で飲んでいるときはいつも視点がラナさんを追いかけている。
もっとも、この店の男性客はラナさん目当てかカレンさんと飲み比べするお客かのどちらかが非常に多い。ただ、第一声を聞く限り、どうやら今日の目当てはラナさんではないらしかった。
「ハンスさん、こんにちは。お昼にいらっしゃるなんて珍しいですね?」
彼はこちらが誘導するでもなくカウンターに腰かけた。夜いつも座っている定位置の席だ。
「今日は酒じゃなくて、スガさんに相談したいことがあって来たんだ」
ラナさんじゃなくて……、と私は思いながら、ハンスさんの正面に向かい側に立った。
「武器屋についての相談でしょうか? 聞きましょう」
私たちが話を始めようとしたとき、店の奥からラナさんが顔を出した。
「あらあらハンスさん、今日はずいぶんお早い時間にいらしたのですね?」
「やぁラナちゃん、今日はちょっとスガさんに用があってね……」
「そうなんですね、ゆっくりしていってください」
「せっかくだし、ラナちゃんの淹れるコーヒーでももらおうかな」
「わかりました。きっとまだ武器屋さんのお仕事があるでしょうから、気合の入る濃ゆいのを淹れてあげますね?」
「あんまり苦いのは勘弁してくれよ、はっはっは!」
ラナさんの親しみやすさもあるんだろうが、「ちゃん」付けの馴れ馴れしさが少し気にかかる。やがて彼女はコーヒーを2つ運んできてくれた。
「スガさんのはサービスですよ。ハンスさんのはあとでちゃんとお代をもらいますからね?」
ラナさんはコーヒーを2つカウンターに置いていくと、口をUの字に曲げた笑顔を見せてまた店の奥へと消えていった。ハンスさんはコーヒーを一口啜ってから話始めた。
「以前に競りで手に入れた『ある武器』がなかなか売れなくてな、どうしようかと思っていたらここの看板を思い出したんだ」
「なるほど……、武器の販売ですか?」
「あぁ、そうなんだ……。両手で扱う大きめの剣なんだが、スガさんて武器を扱ったことってあるのかい?」
「それは『商品』で、という意味ですか? それとも、そのまま『武器』としてという意味ですか?」
「武器として……、だな」
「いいえ、何分荒事には滅法弱いもので」
こちらの世界にくるまでは、果物ナイフくらいの刃物でも持ち歩いていたら法に触れる国に住んでいた。刃物の扱いに関しては料理関係を除くと0に等しいレベルだ。
「ふーん、そうか……。しかし武器を扱えない人に任せて売れるモンなのかな?」
なるほど、ハンスさんは私が本当に仕事を任せられる人間か見定めようとしているようだ。まだまだこちらの世界での仕事の実績は少ないので仕方ないだろう。
「しっかりと人に合った価値を見いだせれば商品は売れます」
「ほほう……」
私は、販売についてハンスさんに説明するなにかいいものがないか考えてみた。そして目の前にあるコーヒーに目が留まった。
「たとえばです……。今ここにあるコーヒー、いくらで買いますか?」
私は先ほどラナさんが淹れてくれたコーヒーを指して彼に尋ねてみた。
「うん……? このコーヒーは30ゴールドだろ?」
たしかにここのコーヒーは一杯30ゴールドだ。私の背中にあるメニュー表にもそう書かれている。私は後ろを振り返ってラナさんがいないことを確認してからこう続けた。
「たとえばです、このコーヒーがラナさんの飲みかけだったらどうですか?」
「はっ……? ど、どういう意味だ?」
ハンスさんが明らかに怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「言葉の通りの意味です。ここにあるのものがラナさんの一度口をつけたコーヒーだったらいくらで買いますか?」
「いや……、飲みかけに30ゴールドは出せないだろ?」
実に歯切れの悪い話し方でハンスさんはそう答える。
「では、私が50ゴールドをハンスさんに払いますので、このコーヒーをもらってもいいですか? 代わりに、私のまだ手を付けていないコーヒーをそのまま差し上げます」
「なっ、なんだと……?」
「ハンスさんは飲みかけのコーヒーが新しいものに変わり、さらに20ゴールド儲けることになります」
「そっ、そうだな……」
「ただし、ラナさんの飲みかけのコーヒーは私がもらいます」
「いや、待て! オレもそっちがほしい」
本当に飲みかけのわけはないのだが、話に乗っかってくれたようだ。
「つまり、そういうことです」
「なっ…なにがだ?」
「普通、飲みかけのコーヒーは商品価値が低くなります。ただし、それは条件次第で人によっては付加価値となる、ということです」
「お、おぅ……?」
「有名なアスリートが使ったスポーツ用具などと一緒です。ある人から見れば中古品ですが特定の人にとっては大きな価値に変わります」
アスリートの例えがこちらの世界で伝わるかはわからなかった。ただ、自分の言ったことを整理する上で私はそう口にした。念のためもう一度後ろを振り返ってからさらに続ける。
「ラナさんみたいな可愛らしい女性の飲みかけのコーヒーなら、知っている人間にとっては手つかずのコーヒーよりはるかに大きな価値をもちます」
言っていて自分が恥ずかしくなってきたが勢いで続ける。
「つまりは商品の特性とそれに価値を見出す人のマッチングをするのが私の仕事です。今のはあくまで極端な例ですが……」
ハンスさんは納得したような表情を見せた。若干顔が赤くなっているのは、先ほどの例え話のせいだろう。真面目な顔つきには照れ隠しも含まれていると思った。
「なるほどな……。看板出すだけあってモノを売るセンスはしっかりもっているみたいだな」
彼にとってわかりやすい例えと、後は勢いで話をしてみたが意外と説得力があったようだ。
「よし、スガさん。あんたに仕事を頼みたい」
「ええ、お任せください。どんな商品でも必ず長所はあります。ゆえに必要としている人もいるはずです」
ハンスさんは大きく頷いてみせた。その時、後ろに気配を感じたので、振り向くとそこにラナさんが立っていた。
「コーヒーおかわりどうか……、と思いましたが、まだ大丈夫そうですね?」
私は先ほどの例え話を聞かれていたのではと冷や冷やした。動悸が激しくなって、身体の内側が熱くなっていた。ハンスさんも急に明後日の方向を見てラナさんから視線を逸らしていた。
彼女は私たちの不自然な反応に首を傾げていた。どうやら話を聞かれていたわけではないらしい……、というよりそう願いたかった。
頭を切り替えたかったが、無意識にラナさんの唇の動きを追ってしまっている自分がいた。
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