第1話 薬草の販売-3

 薬草500個を売る仕事、これは私がこちらの世界に来て最初に請け負った仕事だ。まず、この世界での「薬草」は、私が思い描いていたテレビゲームに出てくる回復アイテムの薬草とほぼ同じものだった。


 どこのお店でも手に入り、販売価格はどこでも大体1つあたり10ゴールドほど……、私の感覚では、円で換算すると100円ぐらいと思われる。傷口に貼ったり、塗ったりすることで消毒と傷を癒す効果がある。



 野草やそうとして比較的簡単に採取できるため、価値はそれほど高くない。そして、効果もそれほど強力ではなく、上位互換となるアイテムが複数存在する。


 オット氏の話にもあったが、薬草単体の需要は冒険家の間でもかなり少なくなっているようだ。とりあえず手元にある10個で商品の特徴を掴み、鮮度があるうちに販路を見つけなければならなかった。


 幸いこの酒場には多くの冒険家が顔を出す。彼らに薬草についてのより詳しい情報を聞いてみるのがよさそうだ。

 商品を販売するときはまず、それに興味をもち、深く知ることが大切である。よくわからないものは絶対に売れない。



 まずは手元にある薬草をじっくりと観察してみることにした。


 「見た目」、単なる緑の葉っぱ、薄く質感はやわらかい。


 「臭い」、ほのかにミントのような香りはするがそれほど強くもない。


 「味」、酒場の厨房にいるブルードさんに一応確認して、「食べれなくはないし、薬膳料理に使うこともある」と聞いた。しかし、特別おいしいわけでもなく、香辛料になるとかもないようだ。


 試しに口に入れてみた。苦い……。


 小さい頃、外で遊んでいて、雑草を口に入れ吐き出したときの記憶が蘇った。冒険家の間では昔から馴染みのアイテムのはずだ。私の急な思い付きで真新しい使い道が発見できるとはさすがに思えない。


 夜、酒場でウエイターの仕事をしながら薬草について聞けそうな人を探してみる。ここで働かせてもらうようになって日はまだ浅いが、知っている顔をみかけた。


 常連客のカレンさん、私は身長170cm程度あるが、ほぼ同じくらいの背丈の女性で、明るいブロンドに短くウェーブのかかった髪が特徴の美しい人だ。

 酒場の会話を聞く限りではかなり腕のたつ剣士らしい。



『私より飲めたら付き合ってやるよ!』



 こう言って、絡んでくる男性客をことごとく酔いつぶしているのを何度も見かけていた。今日は、カウンターでひとり飲んでいたので声をかけてみる。



「薬草を大量に売りたいって?」


「はい、カレンさんは薬草をよくお使いになりますか?」


「一応、外に出る時は何個か常備してるけどねぇ。最近はほとんど使ってないよ」


 カレンさんは大のジョッキでお酒をくびくび飲みながらそう言った。


「2、3は常に持ち歩いてる人多いと思うけど、何百をまとめて売るのはちょっと大変そうだねぇ?」


「うーん、やはりそうですか」


「私の所属してるギルドにたくさんほしいやついるか聞いてみようか? あんまり期待はできないと思うけどね」


「ありがとうございます! ぜひ、お願いします!」


 彼女から申し出てもらえて助かった。この酒場以外で冒険家の人脈はまったくないので非常にありがたい。

 いつも通り、その後カレンさんは男性客数人と飲み比べをして、次々と倒していった。その様子を見ていたラナさんが笑いながら、ほどほどにしてくださいね、と水をいくつか運んできていた。



 ブルードさんは、まもの討伐のほうが向いてそうな屈強な肉体で黙々と注文の料理を仕上げていた。ラナさんは店内をまわりながら時々仕事の紹介の話を熱心にしている。


 そして日付が変わる頃に店の看板をおろした。カレンさんに酔いつぶされたお客たちもフラフラとしながら帰路につき、後片付けを終えて今日の仕事が終わりを迎える。


 ブルードさんは住み込みではないので、この時間に家へ帰っていく。店の玄関でお互いにお疲れ様、と声をかけあった。昼間は暖かかったが、この時間になると外は少し冷たい空気が流れていた。



「そういえば……、店で最近噂になってる『切り裂き魔』の話知ってるか?」



 お店のお客同士の会話で小耳に挟んだことがある話題だった。


「切り裂き魔……、そういえば最近ちょくちょく耳にしますね」


「スガさんも気をつけろよ、ラナさんが夜出歩くような時はちゃんと着いて行ってやってくれ。住み込みならガードマンぐらい兼用で果たさんとな」


「心得ました、ブルードさんこそお気をつけて」


「安心しろ! オレを襲う物好きはそういないさ」


 そう言って発達した上腕二頭筋を見せてきた。おそらく180cmを超える長身で色黒の男性。衣服の上からでも主張してくる発達した胸板、それに反して引き締まったウエスト。その体から年輪を重ねた巨木のような血管の浮き出た手足が生えている。


 たしかにこの外見で襲ってくる人はまずいないだろう……。


 そうですね、と笑いながら改めてお疲れ様ですと声をかけた。背を向けて軽く手を振ってブルードさんは夜道に消えていく。店内に戻るとラナさんがこちらを見ていた。


「今日もお疲れ様でした。ボクはもう部屋に戻りますからスガさんもお休みになってください」


「はい、それではあがらせてもらいます。お疲れ様でした」


 私の名前「スガワラ」はどうもこの世界の人々からすると呼びにくいらしい。「スガ」とか「スガさん」と呼ばれることが多かった。

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