第1話 薬草の販売-2

 私は元々、とある営業会社に勤めていた。派遣の販売員として、家電製品からケータイ電話、保険やクレジットカードなどさまざまな商品の販売・契約を手がけてきた。

 ところが、どういう経緯でこうなったのか、つい先日どうやら異世界へとやってきてしまったらしい。


 漫画やアニメで異世界に行く話はいくつか見たことがある。ただ、自分がそのような事態に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。



 ひょっとしたら夢の世界を彷徨っているのか……、あるいは手の込んだアトラクションを体験しているだけなのかもしれない。

 実は死後の世界……、などいろいろ考えたが、異世界があると仮定して、転移したと考えるのが一番しっくりきた。



 学生時代、人並みにテレビゲームを嗜んできた私からすると、剣と魔法で戦い、街の外には魔物が蔓延る、「王道RPG」のような世界に迷い込んでしまったみたいだ。


 自分がこの世界にどうやって来たのか、そこの記憶がぽっかりと抜けおちている。当然戻ることもできない。この明らかな異常事態に対しても妙に冷静でいる自分が不思議だった。

 仕事上、新しい環境にいくのは確かに多かった。だが、この事態はそういう次元の話ではないはずなのだが……。



 このまったくわからない世界で生きていくにしても、元の世界へ戻るにしても生活の基盤を築かねばならない。当然、この世界のお金を私は持ち合わせていない。ゆえに腹が減って動けなくなる前にできる限りの情報を得て、行動に移さねばならないと思っていた。


 そこで偶然出会ったのが、酒場の店主ラナさんだった。彼女からここの手伝いの仕事を紹介してもらえた。さらには倉庫代わりに使っていた離れを私に貸してくれたのだ。


 酒場は、彼女とお手伝いの「ブルードさん」という筋骨隆々の料理人の2人で営まれていた。

 元々はラナさんのご両親が経営をしていたようだが、今は彼女が後を継いでいる。


 ご両親のことは詳しく聞いていないが、事故で他界したそうだ。


 ここでは冒険家向けの仕事の斡旋もおこなっており、それを求める冒険家や近所の住人たちが常連となっているようだった。


 私はここで、商品の販売を手伝う仕事の看板を出させてもらった。この世界にきてから酒場の手伝いをしつつ、人や街をいろいろ見て回った。元の世界への戻り方を探しながら、きっちり自分で生活基盤を築くことを考えた結果、あることに気が付いた。


 商品の売買があり、貨幣もしっかりあるこの世界だが、商品を販売するための営業活動をする人がまったく見当たらないのだ。

 店先で商品を並べている人はいる、当然見て買いに来る人もいる。しかし、買ってもらおうと努力する姿がまるで見られないのだ。


 私は、以前と同様に商品販売を請け負えばここでも仕事になるのでは……、と考えた。ラナさんは看板を出すことを快く引き受けてくれた。



『利益が出たら看板料をもらいますね』



 彼女にはこう笑顔で言われた。住居を貸してもらい、仕事の場所を与えてくれたのを考えればそのくらいなんてことはない。


 こうして私はこの異世界での提案営業・販売の仕事をはじめるに至った。幸い、仕事で身に付いたノウハウは頭と身体にしみついているようだ。

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