第30話【三十】アフリカ人、また思案する


 四人は後ろに回した手を縄で縛られ、チャシの柵の際に建てられた太い丸太に手縄を結びつけられた。

 捕虜を捕えておく場所であるらしいことはなんとなくわかった。


「またこんな展開か。――俺たち何かってえと捕まってばっかだな。もう飽きたよ俺」

 カンガが渋面を作った。


「もう一度訊くわ。どういうことなの?」

 地面に座らせられたイリカが上目でイクルイを睨みつける。


「それはこちらが訊きたいことだ」

 剣を鞘に納め、イクルイが腕を組んだ。

長老トノを殺しに来たはずのお前らが、なぜわざわざここへ来た?」


 デンババとイリカが顔を見合わせた。

 イリカが向き直る。


「誤解だわ。あたしたちがなぜそんな事をしなければならないの? この黒い人たちはわざわざ水戸から、長老に会うためにここまで来たのよ」

 声を荒げる。

 イクルイの表情は険しいまま動かない。

「お前らがどこから来ようと俺の知ったことではない。なぜそんな事をするのか、訊きたいのはこっちだ。お前らは刺客だ。ここから先へ行かせるわけにはいかん。それだけのことだ」

「だからそれが誤解だって言ってるの。誰がそんな事を言っているのよ」


 イクルイがふんと鼻を鳴らした。

江別ユベオッから使いが来た。『内地から来た黒人がイオマンテの熊を殺して逃げている。長老トノの命を狙っている』という話が川伝いに広がっている」

 イリカの目が見開かれた。

「嘘よ! でたらめだわ。この人たちは熊を殺してもいないし、長老を狙ってもいないわ!」

「ならば何のために長老トノに会いに来た」


 イリカがはっとデンババの顔を見た。

 そう言われてみれば、イリカ自身も知らなかったのだった。

 デンババ、と声をかける。


 デンババは全くの無表情でイクルイの顔を見つめている。

 ややあって口を開いた。


「あんたに話す筋合いはない。俺たちはハウカセに会え、と言われて来た。あんたに言えることはそれだけだ」


 イクルイの口元が歪んだ。

「見るがいい、語るに落ちたとはこのことだな。理由を訊いても言う気がないのなら話はここまでだ。お前らの処遇は長老トノはかって決める。せいぜいおとなしくしていることだな」


 踵を返す。

 取り巻いていた六人も武器を下ろして後に従った。


「畑にいた人たちの態度が変だった理由がわかったわ」

 イリカがぎりっと唇を噛む。

「サマイカチの仕業ね。――あたしたちが彦九たちに手間取っている間に川を遡って流域に嘘をふれ回ったんだわ」

 デンババの方を見る。

「なぜ理由を話さなかったの?」


 デンババの顔は全く動かない。

「話したところで信じる相手だと思うか」

 ぼそりと言う。

 イリカが少し目を逸らせてから、そうね、と言った。


「でも、そういえば本当にハウカセに会ってどうするつもりなの?」

「着けばわかる」


 素っ気なく言うと、イリカが取り残されたような顔になった。

 眉が少し下がる。

「まだあたしを信用していないの?」


 デンババの首が少し動く。

「そんな事はない。殿様の意志はハウカセに直接伝える。それが俺たちの任務だからだ。誰かに話してよい、という許可を俺は得ていない。それだけだよ」


 イリカがまだ何か言いたそうな顔で黙った。

 

 ねえ、とやり取りを見ていたエマリヤが口を挟んだ。

「――何かすごく変な感じがするんだけど」

 二人が顔を見た。


 何? とイリカが訊く。

「嘘を撒いてるのがサマイカチなのはわかるわ。他にそんな事する人いないから。――でもさ、そんな事をしてあいつに何の得があるのかしら」


 何って、と言ってから言葉を切った。

 

 思いつかない。


「だってそうじゃない。サマイカチはあたしたちと長老の両方を殺そうとしてるんでしょう? あたしたちがここで捕まってしまったら手が出せないわ。それに流域に噂を流せば、長老の周りの人の耳にだって入るわよ。今よりももっと警戒するでしょうし、警備だって厳重になるんじゃない? あいつには何の得にもならないわ」


 確かにそうだ。

 デンババとカンガが顔を見合わせる。

 相変わらずの頭の回転の良さに感心した。


「じゃあ、他の誰かが話を――?」

 エマリヤが首を振る。

「それはないと思うわ。誰かの独断でそんな事をしたらカルヘカが許すはずないもの」

「だったら――なぜかしら」


 全員が黙った。


 エマリヤがまだ何か考えている。

 碧い目が忙しく左右に動いていた。


 デンババはそれとなく周囲を観察した。


 ぐるりを高い木柵で囲まれた丘の頂は平坦でかなりの広さがある。

 さほど大きくない建物が三棟目に入った。

 それほど近接して建っているわけではない。


 広場の中央で大きな火が焚かれており、すぐ脇に物干し場のような木で組まれた棚があった。

 口元に入れ墨の入った三人の女たちが、干してある服を取り込んでいる。


 四人を捕らえた男たちのうち、弓を持った二人が柵伝いにゆっくりと周囲を回っている。

 外の見張りも兼ねているのか、時折柵の隙間から外を覗いていた。


 男が七人、女が三、四人か。子供はいないようだ。

 デンババはそう踏んだ。

 家があるということは何人かはここで居住しているのだろう。


「夜になると人が減る、ということか」

 ぼそりと独り言ちた。


 下を向いて考え込んでいたエマリヤがはっと顔を上げた。


「――そうよ! 夜だわ!」

 三人の視線が集まる。



「わかったわ! この砦の人が危ないのよ! みんな殺されるわ!」

「――どういうこと?」


 エマリヤが顔を寄せる。



「筋書きは、こうよ――」




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