第19話【十九】アフリカ人、命を狙われる


「――で、その黒いのはまだ牢にいるのか」


 毛皮の上着を羽織った赤毛のいかつい男は手にした枝をぼきりと折って、囲炉裏の火に放り込んだ。

 ぱっと火が燃え移って男の顔を赤黒く照らす。

 不機嫌そうな動きだった。


「それが、いないんだそうで。牢から出した奴がいるとか。離れ小屋に住んでいる女たちじゃないか、と村では言ってましたな」

 炉端に座った次郎左は男の顔を上目遣いで見遣った。

 ふん、と男が鼻を鳴らす。


「あの『村はずれコタンパ』の異人どもか。あんな連中を野放しにしておくから災厄が降って来るんだ。俺は前から言っていた」


 ですよねえ、と次郎左は頷く。

 お前だって異人だろうが、という台詞せりふは腹の下の方にしまい込んでおくびにも出さない。


「だいたい、あの惣大将カルヘカがだらしないからこういう事になる。二言目には長老が長老が、とか言ってお伺いを立てているようなことをしているからしめしがつかんようになるのだ。

咎人とがにんの一人や二人ぐらい、おのれの判断で裁けもせん。ハウカセが何だというのだ。――英雄であるシャクシャインをみすみす見殺しにした腰抜けではないか」


 吐き捨てるように言う。

 次郎左は樹皮で葺かれた灰色の壁の方に目をやった。


「サマイカチさんはずっと言っておられましたもんねえ。まあ長老トノは長い事川一帯を治めてこられた方ですから、無理はないとは思いますがねえ。

 ――いなくなってくれとも言えませんし」


 最後の一言はさりげなく聞こえるように気を付けた。即座に否定されても言い逃れができるようにするためだ。

 だが、サマイカチはちらっと目を上げ、考えるように横を向いた。

 そのまま動きが止まる。


「そう。――いなくなれば、いいのだ、な」


 ぼそりと呟く。

 次郎左はあたかも今思いだしたかのようにぱっと顔を上げた。


「あ、そういえばその黒人たちですが、捕まる前に長老トノの住まいはどこか、って村で訊いていたそうですよ」

 サマイカチの目が素早く横に動く。

「本当か」


 ええ、と何気なく頷きながら目を戻した。

 サマイカチの手が顎に添えられた。考えを巡らせるように目が動く。


「長老になんの用か、は誰も知らん、か。そう、もしかしたら――長老の命を狙っているという風に見ても、おかしくはない――わけだな」

 次郎左の顔に目を向けた。


 かかった、と思ったが、顔はいかにも驚いたように目を見開く。


「え。ま、まあ、そうですな。なんせ熊を殺す連中ですし……。そんな風に見えないことはない、ですかね」

 サマイカチが少し顔を寄せる。


「長老を亡き者にしようとするような不届きな奴は、生かしておくわけにはいかんよなあ?」

 にやりと笑う。

「で、俺が見事に成敗するわけだが、その時には、もう連中が長老に手を下した後だった、という事も――あるわけだ」


 次郎左は目のやり場に困ったような顔をする。

 内心では、あまりにも思い通りに動くサマイカチが可笑しくて吹き出しそうになるのを押さえるのに苦労していた。


「そう――ですねえ。しかし……うまくいきますかね」

 手勢がいるな、とサマイカチが次郎左の顔を見る。


コタンの奴らでは口が軽くてあてにならん。集められるか、ジロンザ」


 少し考えるふりをしてからお、そういえば、と言って次郎左が膝を打つ。

「河口の方で松前藩が集めたよそ者が何人かいる、とか聞きましたな。金で動く連中なら、あっしが口をきけば手伝いにはなるかもしれません」


 もちろん、そのためにあらかじめ陣太夫から藩内の商人を通じて集めておいた者たちだとは口が裂けても言えない。


 いいぞ、とサマイカチが口を曲げる。

「長老が殺され、カルヘカは責任を問われて大将ではいられなくなる。次の惣大将は、長老の仇を取った者がふさわしい。つまり俺だ」

「ついてくる者も増えますな」


「のさばっている藩の奴らをたたき出して、武器を集めるんだ。――俺が第二のシャクシャインになる時が来る。俺が石狩を救う英雄になるのだ」

 くっくっく、とおかしそうに笑う。


 次郎左は別の意味でわらっていた。


 おめでたい野郎だ。

 カルヘカとハウカセがいなくなれば、お前なんぞは用済みだ。

 松前藩に密告して謀反むほん人として打ち首、それで仕舞いさ。――そしていよいよ俺の番が来る。


 この次郎左様の番がな。


「惣大将になられた暁には、手前もどうぞ御贔屓に」

 考えていることとは裏腹に頭を下げる。

 何も気づいていないサマイカチは鷹揚に頷いた。



「至急動け。逃げた黒ん坊は長老の居所を目指すはずだ。――殺せ。異人の女どももまとめてだ。奴らがやった事にすれば問題ない」


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