第10話【十】アフリカ人、水戸で暮らす(後編)
「しかし、狩りはいいが……いや、江戸表に知られたらよかないだろうが。――どこでやる気なんだ?」
南方の方を見た。
「前から遠くに見える山に興味を持っていたので、先週、彼らを連れて加倉井まで足を延ばしたんです。私には何も見えなかったんですが、彼らがケモノがいる、狩りができると言っていたので」
「ふむ。――何がいたんだ、伝旙」
「ネグルウェ――猪、鹿、見た」
伝旙は削る手を止めて助三郎の方を見た。
「彼らには我々には見えないものも見えるようです。――この木の枝も伝旙が山で見つけてきたんです。この木なら槍になる、と言って」
助三郎は伝旙の手元の木の棒に少し触れてみた。目が詰まっているところから樫の木かと思われた。
「木の種類もわかるのか、伝旙」
縮れ毛の頭が頷いた。
「この木、私の国、ヌエバの木、似ている。固い、しなやか。いいヤリ、なる」
複雑そうな会話も一応意味は通じる。助三郎は改めて感心した。
「山で思い出しましたが、もう一つ彼らの凄い能力を見つけました」
南方が指を立てた。足元を指さす。次いで、離れた位置にある白い練塀を指さした。
「伝旙、ここからあの塀まで、何歩ある?」
伝旙が南方の足元を見て、離れた塀の方に目を向けた。
「二十七」とぼそりと言う。
南方が助三郎を見る。
「佐々木様、ちょっとそこまで大股で歩いてみていただけますか」
首を捻りながら、助三郎は気持ち足を大きく開き気味にして塀に向かって歩く。
二十三、二十四、……二十七。
足の先が塀に着いた。驚いて南方を振り向く。
「ぴったりだ。――凄いな」
南方がしたり顔で頷く。
「でしょう? 山で獣を見つけたと言っていた時、二人がなにやら話していたので訊いたんです。そうしたら『獲物まで何百何十何歩』とか言っていたので、わかるのか、と」
ほう、と助三郎が息をつく。
「で、詳しく訊いてみると、どうやら対象を見ただけで距離が正確にわかるらしい、ということがわかりました。また、指を開いたり閉じたりしていたので何をやってるのかと。するとこれが、角度を測ってるらしいんです」
「それは――まるで測地測量だな」
そうです、と南方が眉を寄せた。
「測量ができるんです。――目だけで」
むう、と唸って助三郎が顎に手をやった。
「これは――報告しておかねばならんな。勘賀にもできるのか」
ええ、と南方が頷いた。
「同じことができます。――それに、まあついでと言ってはなんですが、勘賀にも特技があるんです」
にんまりと笑った。
勘賀の方へ歩み寄って、壁に立てかけてある薪を一本手に取って、勘賀に向けた。両端を握って、くいくいと捻って見せる。
「勘賀、あれ、やって見せてくれ」
勘賀は無表情のまま薪を受け取る。
一尺ほどの薪に目を落とすと、両手で両端を逆手で握る。
低く平たい鼻からふん! と鋭く息を吐いた。
両腕に力が籠る。腕の太い筋肉がぐっと盛り上がった。口元が引き締まり、眉がぎりりと寄った。
そのまま動かない。
やがて、めきめきと音を立てて薪が上下逆にねじれ出した。
うお、と助三郎から声が漏れる。
薪は雑巾のようにねじれていき、やがてばきっ、と鋭い音を立てて二つに
ふう、と勘賀が息をつく。
元の無表情に戻るとそれ以上の興味をなくしたように、二つになった木片をぽいと放り出した。
「凄い……
助三郎は感心しっぱなしだ。南方がしたり顔で頷く。
「楽に五人力はありますね。それ以上かな。たまたまだったんですが、以前の地震で崩れた角の灯篭をどうにかしようと久助が弱っていた時に、勘賀がやってきてひょいひょいと積み上げてしまったんです」
「角の、ってあれか?」
通りの方を指さす。確か高さ七尺はあったはずだが、と思い出す。
普通に考えて馬二頭は必要な作業だ。助三郎はぞっとした。
「二人は国では組んで狩りをしていたそうです。槍の伝旙、力の勘賀で分業していたようですね」
南方に言われて助三郎は腕を組んだ。
世界は広い。
様々な人々がいて、その各々に様々な生活があり、それに応じた様々な能力がある。
同じ日本人でさえそうなのだ。
世界の国々にはまだまだ想像もつかないような能力を持った人間たちがいる、ということなのだろう。
助三郎は見識の狭い自分の意識を少しだけ恥じた。
※
かくて、アフリカ人たちの日々は過ぎて行った。
だが、彼ら二人の旅はここで終わったわけではないのだった。
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