第11話 カイゼル~崩壊~

  ある日の朝、村の中で問題が起きたようだ。村人達が南の入口付近に集まっていく。火事でも起きたのだろうか?上着と長剣を持って外に出る。村人が集まっているのはマークの家のあたりのようだ。

 マークの家に近づくにつれ様子がおかしい理由に気付く。マークの家が無い。火事とか倒壊ではなく、家そのものがなくなっている。どういう事だ?

 村人達を見渡すがマークやその家族の姿は無い。シャルテがいたが明らかに動揺していた。両親に支えられて何とか立っているような状態だ。


 「ベイガンの者達はこの村を出て行った。息子のマークが冒険者になりたいから両親も付いていくとの事だ。サフナ家のシャルテとの婚約は破棄された」

 

 親父が家のあった場所に立って村人に告げる。マークを非難する声が上がったが仕方ない事だろう。村を出る気なら婚約などしなければよかったのに…


 「サフナ家の者達よ。今後の話がある。我が家にて話そう。カイゼル。お前も来い」


 「村長…わかりました。ほら、シャルテ。行くよ」


 「…はい」


 父親であるクレイドに支えられながら歩き出す。可哀想に後で慰めてやろう。マークの事なんかすぐに忘れさせてあげなきゃ…


 「シャルテ…大丈夫だよ。俺がついてるから」


 「カイゼル君?」


 クレイドが怪訝な顔をしているが気にしない。シャルテには支えが必要なんだ。寄り添う相手が…


 「……」

 

 シャルテは無言だった。愛する婚約者に捨てられたんだ。今は優しく支えてやればいい。そのうち俺の女になる。


 家について今後について話し合う。まずは薬師であるイリーナがいなくなった為にポーションは村の外から入手するしかなくなった事。これはとてつもなく大きな問題だ。村で作っていたから安価で購入できたが行商から買い付けるとなると高額になる。クレイドの商店で売り出す価格も数倍になるだろう。


 「かなり辛いですね。蓄えがあるうちはいいですが…収支を考えても数年と保たないと思います」


 「…数年の間に薬師を育てるしかあるまい。都合よくこの村に来る薬師などおらぬだろう」


 「…そう、ですね」


 「来ないなら来て貰えば良いのでは?」


 「依頼は出すつもりだ。しかし、リベラは悪鬼の森に接した危険な土地だ。定住してくれる薬師がいるかはわからん」


 「魔物や盗賊の襲撃とは無縁の地でしょう?一度も記憶にないのですが…」


 「…マイトや他の狩人達が森の魔物を減らしてくれているからだ。狩人が2人も減ったのだ。今後は襲撃される可能性がある」


 「そんな…そんな状況で出て行くなんて無責任な…!!村がどうなっても構わないと!?父さんは何故止めなかったのですか!?」


 ただ冒険者になりたいというだけで生まれ育った村と婚約者を置いて出て行ったマーク達に腹が立つ。そんな夢を捨ててここにいれば平和な日々が続いたというのに…


 「…無責任か。お前にベイガンを非難する資格は無い」


 「どういう事ですか!?」


 「ベイガン一家が出ていったのはお前とシャルテが原因だからだ」


 その一言で場は凍り付いた。俺とシャルテが原因…?どういう事だ?


 「シャルテ。今からお前を鑑定させてもらう。拒否は認めん」


 「は、はい」


 場は先程の発言から親父の独壇場となった。俺とシャルテが原因で出ていった…だと?まさか…


 「……シャルテ。何故お前の腹にカイゼルとの子がいるのだ?」


 「なっ!?」


 クレイドは驚きのあまり立ち上がる。俺は予想外の事態に思考がまとまらなかった。


 「…え?」


 シャルテも同様なようで何を言われたかわからないという顔だ。


 「先日、マークに鑑定が発現した際にこの子供の存在を知ったらしい。だから村を出たのだ。この村で暮らしていく事はできないと…マイトとイリーナには残って欲しければカイゼルとシャルテを追い出せと言われたな」


 「……なんで」


 「怒り狂う2人をマークが止めて連れていってくれたのだ。引き留めるなどできようはずがない」


 「…村長。子供がいるというのは間違いないのでしょうか?」


 シャルテの母のカーラが尋ねる。


 「マークと私。イリーナも鑑定して同じ結果だ。間違いない」


 「…カイゼル君。どういう事かな?」


 クレイドの質問によって我に返る。おかしい。避妊していたからできるはずないのに…


 「俺は…シャルテとマークがちゃんと夫婦の営みができるように教えてあげただけです」


 「…君がそんな事をする必要はあったのかね?」


 クレイドの射殺すような視線から目を逸らして応えた。


 「マークもシャルテも昔から俺に懐いてくれたので…その…上手く行くように俺なりに考えて…」


 苦しい。我ながら全く納得できない理由だ。だがパニック状態の俺ではこの程度の言い訳が限界だった。


 「で、このような結果になったと?」


 「ちゃんと避妊はしてたんです。子供ができるなんて…」


 「避妊してれば関係を持ったという事実がなくなると思っているのかい?」


 「い、いえ。だから…人には言ってませんし、結婚してちゃんとできるなら終わりにするつもりで…」


 「…子供ができてバレていなければ結婚するまで関係を続ける気だったんだね」


 クレイドは大きな溜息をついて下を向く。


 「シャルテ…お前はどういうつもりだったんだ?」


 「カイゼルが…マークと結婚するならそういう経験を積んでおいたほうが良いって…」


 「どうして…私達に話してくれなかったの?カイゼル君と関係を持つのはおかしいと思わなかったの?」


 クレイドに代わってカーラがシャルテに問いかける。


 「最初はおかしいと思ったの。でも、他の人達にも同じ事を教えてるって言われて…目の前で見せられて…」


 「……他の…人?」


 「そ、その…メリルさんと…コリンさん…」


 両親に問い詰められたシャルテが余計な事を喋る。メリルは狩人の嫁。コリンは農家の嫁だ。2人は欲求不満だったようなので簡単に体を許した。


 「……カイゼル。どういう事だ?」


 「ふ、2人がその…満足できてなかったみたいだから…旦那さん達も忙しそうだったし…なら、俺が代わりにって…」


 言い訳の途中で左頬に強い衝撃を受けて体が吹っ飛んだ。凄まじい力で殴られたらしい。


 「シャルテとの関係は互いに想いあっているなら許そうと思っていた。だが、そうではなかったようだな」


 「…いや、ちゃんと合意の上で…」


 何とか体を起こして説明する。


 「シャルテだけでなく他に2人も…だと?息子だからと多少の事は目を瞑ってきたが…もう我慢ならん」


 俺の髪を掴んで引き摺りながら外に向かう。片手とは思えない力で引っ張られて髪が頭皮と一緒に剝がれるかと思ったくらいだ。


 「痛い!!痛いよ!!」


 「クレイド。斧を頼む。不貞の罪として広場で罪人の利き腕を切り落とす」


 ちょっと女遊びをしただけで利き腕を落とすとか…あり得ないだろう。


 「父さん!!ごめんなさい!!もうしないから!!」


 「許す訳にはいかん。自分の犯した罪がどれほどの事かその身で知るがいい。」


 「利き腕を切り落とされたら生きていけないよ!!お願いだよ!!許して下さい!!」


 広場まで引き摺ってこられた。親父が何人かに指示して準備をさせる。俺は殴られたダメージと無理矢理引き摺ってこられたダメージで逃げる事ができなかった。


 「切断できるまで何度でもやるからな。早く終わらせたいなら抵抗しない事だ」


 「ごめんなさい…やめて下さい…許して下さい…」


 涙と鼻水でグチャグチャの顔になりながら懇願する。息子がここまで頼んでるのに顔色一つ変えない親父。コイツ…人間じゃねぇ…


 「村長。斧です」


 クレイドが店から斧を持ってきたようだ。普通の斧ではなくバトルアックスと呼ばれる戦闘用の斧。息を切らしているのは走ったからだろう。そんなに俺の腕を切り落としたいのか…


 「ふ、不貞の罪だって言うならシャルテやメリル、コリンも同罪だろうが!!」


 「3人については家族を含めて話をする。お前は話をする価値も無い」


 親父は男達に指示して俺の体を地面に押さえつける。


 「嫌だ!!やめろ!!放せよ!!」


 暴れようとするが全く動かなかった。胴体を押さえてるオッサン…ランドの力が尋常じゃなく強い。


 「お前…怠けすぎだろう。筋力が低すぎる。押さえてるだけで骨折れそうだぞ…」


 憐れみながらも力は全く弱めない。コイツも俺の腕を落としたい一人らしい。


 「これより不貞の罪により罪人カイゼルの利き腕を切り落とす!!」


 親父が斧を振り上げる。もう何を言っても止まらないだろう。ふと前世の元嫁の事を思い出す。何を言っても聞き入れなかった俺。浮気の証拠を突きつけられて責め立てられたアイツも俺と同じ気持ちだったのだろうか…


 ドンッ!!


 「~~ッツ…!!」


 右腕に斧が振り下ろされた。少し遅れて激痛が走る。殴られた時の比じゃない痛み。血が恐ろしい勢いで失われていくのがわかる。

 叫び出したいが歯を食いしばって必死にこらえる。

 「ヒール」


 飛びかけた意識のなか、親父の声が聞こえた。回復魔法…?


 「…効かないだと?」


 全く治った感じがしない。血が失われていくと共に俺の意識は落ちていった…


 

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