第9話 夜逃げ(旅立ち)

 「はい。じゃあ家を収納するわよ~」


 深夜、村の皆はもう寝ているのだろう時間帯。月明かりと村の入口の松明しか光源が無いが夜目は利くので問題ない。

 日中にウチの畑で作った薬草や野菜を可能な限り収穫して家の中に保管した。後は家を母さんの収納魔法に入れれば旅支度は完了する。

 各自で最低限の装備はしているが俺と父さんは普段の狩りに行く装備と大差なかった。強いて挙げるなら背中のリュックが増えたくらい。母さんはローブと杖を持っている。夜目は利かないらしいので父さんが抱きかかえていくらしい。

 家をまるごと収納すると言っていたが屋根から徐々に消えていく感じだ。十秒程度で綺麗になくなった。


 「マーク。家が建っていた場所の広さをよく覚えておけ。出す時にはその広さが必要になる」


 「なるほど。無理に出すとどうなるの?」


 「そうねぇ…。木とかあるところに無理して出すと家が壊れちゃうと思うわ」


 「母さん。旅の間に収納魔法を教えて欲しいな。自分でいろいろ試してみたい」


 「いいわよ~」


 「俺は戦闘訓練をしてやろう。最近は別々で狩りをしてたからな。どれだけ強くなったか楽しみだ」


 「あ~…期待に応えられない自信があるよ」


 話ながら家の大きさを把握。歩数にして十六と二十か。


 「挨拶はできないからな。少し時間をやるから村をよく見てくるといい」


 「うん。ありがとう」


 ここ数年は狩りの為に毎日出入りしていた南の入口。最初の頃は父さんとアカネの三人で行ってたけど半年程でアカネと二人で回るようになった。怪我して帰ると母さんが凄く心配してくれたなぁ…


 野菜を作る畑、麦畑、牧場、幼い頃から手伝ってきた。狩りが仕事になった後も早く終わった日や狩りすぎた翌日とかはこちらの仕事を手伝った。狩りに出るのは男なので農作業をする男女比は必然的に女性が多くなる。男手が必要な時に力仕事を手伝うのも楽しかった。収穫期は村人が総出で役割をこなす。普段はあまり話をする機会がない人とも一緒に作業するから貴重な時間だ。


 中心部は広場になっている。祭りの際は村人全員が集まって騒ぐが普段は何もない。子供達はここで遊んだり体を鍛えたりする。父さんも暇な時はここで子供達や男達に指導していた。夕方に大量の力尽きた村人が倒れている時は父さんが参加した時と思って間違いない。


 北の入口付近。シャルテがいるからほぼ毎日来てたなぁ。俺があまりにも頻繁に来るから飽きたり鬱陶しかったりしたのだろうか。もう確認できないけど、仕方ない。彼女への想いは忘れよう。辛いわ。両親みたいな甘々生活を想像したりしてたからね。簡単に忘れられたら苦労しません。母さんに記憶を消す薬とか心が痛まなくなる薬とかできないか聞いてみよう。


 「そろそろいいか?」


 泣きそうになりかけてたところに父さん達が近づいてきた。


 「自分の中で心の整理ができたら…またこの村に来れるようになるかな…」


 「そうだな…こんな形で出る事になったが故郷だからな。いつかまた戻ってこよう」


 「マークが新しいお嫁さんを見つけたら帰ってきましょう?2人に幸せなところを見せつけてやるのよ」


 母さんがちょっと悪そうな顔で提案してきた。でも…


 「それは…いいかもね。俺も幸せになったらカイゼル達も気に病まなくなるだろうし」

 

 「…お前は誰に似たんだ?お人好しというか甘すぎるというか…」


 「ん~。大きな街とかだとちょっと不安ね…」


 「習うより慣れろと言うからな。経験させるのが手っ取り早いか」


 父さん達が何やら話し始めたが俺はこの村の景色を焼き付ける事にした。いつかはまた来るつもりではあるが何が起こるかはわからない。平和な村の生活しか知らない俺からしたら外の世界にある危険は全て未体験なのだ。命を落とす危険だって身近にあるのかもしれない。


 「さて、行くか」


 父さんに促されて北の入口へと向かう。夜警担当の番人がいる。北からは魔物の襲撃が少ないので1人だけのようだ。


 「マイト?こんな時間にどうしたんだ?」


 「アーノルか。俺達はこの村から出る事にした。理由は村長に聞け」


 理由を告げないのは父さんの配慮だろう。ここで説明して村長との説明に違いがあると村にとって良くない。


 「そんな話は聞いてないぞ?」


 「村長に話したのは今日だからな。まだ情報が回っていないんだろう」


 「…そうか。すぐに戻ってくるのか?」


 「いや、もう戻る気はない。そのうち思い出したら顔を出すかもしれんがな」


 「どこかに移住するのか…マークの結婚はどうするんだ?」


 「…アーノル。お前の仕事は俺達の足止めか?違うだろう?俺が大人しくしてるうちにさっさと通せ」


 俺の結婚の話が出た瞬間に父さんから怒気が放たれる。もはや問答する気はないらしい。


 「…わ、わかった。お前達なら心配ないと思うが気を付けろよ。最近は盗賊が増えたと行商が言ってたからな」


 「盗賊が?わかった。ありがとう」


 「アーノルさん。今までありがとうございました」


 道を空けてくれたアーノルに礼をして村の外へ。南の入口はすぐに森が広がっているが、北の入口は広大な草原が広がっている。しばらくは草原しかないので隣町に行く時以外は出た記憶がない。


 「草の上なら家は出せるのかな?」


 「段差とか大きい石とかなければ問題ないわよ」


 「今日は街道から少し離れた場所で家を出そう。見られたら面倒だからな」


 「そうなんだ。じゃあ、早めに移動しよう。母さんが眠たそうだし」


 「まだ大丈夫よ~」


 かなり眠そうだけど頑張ってくれるらしい。そんな母さんを父さんは抱え上げた。お姫様抱っこというやつだ。父さんの意図を察したおれは母さんから杖を取る。


 「無理はするな。良さそうな場所があったら起こすから寝てるといい」


 「ん~…わかった。パパ、マーク、お休みなさい」


 「母さん。お休みなさい」


 父さんに抱きかかえられた母さんはすぐに寝息を立てはじめた。昨日からいろいろ気苦労をかけているから少しでも休んでほしい。


 「ここからなら東にしばらく行けば小さい川がある。そのあたりまで行くぞ」


 「わかった。心配ないと思うけど母さんを起こさないようにね」


 「ああ。任せろ」


 ほんの数日まえまではこんな風に村を出るなんて考えてなかった。シャルテの事を吹っ切るにはまだ時間がかかりそうだけどこれからの生活を考えると期待と不安が入り混じった不思議な感じだ。これからの日々に思いを馳せながら俺達は旅立ったのである。

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