第4話 家族会議

 『帰ったぞ~』


 遠くから父さんの声が聞こえる。

 

 「マーク。パパが帰ってきたわ。起きなさい」


 「ん…んん…」


 体を起こそうとするがイマイチ意識が覚醒しない。


 「まだ寝てたほうがいいかもね。ゆっくり休みなさい」


 頭をそっと撫でるような感覚。手元のプニプニ感が意識をまた眠りへと持っていこうとする。

 部屋のドアが開かれる気配。


 「どうした?マークに何かあったのか?」


 「少し休ませてあげて。心が疲れちゃってるから…」


 「心?」


 「詳しい話はマークが起きてから。この子が決めた事だから私からは言えないわ」


 「…ふむ。なら後でマークから聞くとしよう」


 「パパ…ありがとう」


 「なに。構わんさ」


 ドアを閉める気配。手のプニプニ感と頭を撫でられる感覚はわかる。癒されるわ~





 癒される?




 癒されてる場合じゃない。父さんに今後の事を話さなきゃいけない。


 「ん…。」


 頭の中に先程の会話が入ってくる。半覚醒状態だったのか覚えているが理解するほど頭が回っていなかったらしい。

 ゆっくりと体を起こす。


 「母さん。アカネ。おはよう」


 「おはよう。パパならさっき帰ってきたわよ」


 「起こしてくれてたのはなんとなく覚えてる。起きれなくてごめんね」

 

 母さんはまたそっと抱きしめてくれた。


 「いいのよ。お風呂を入れてくるからサッパリしたら食事にしましょう」


 「うん。ありがとう」


 母さんは最後に頭を撫でると部屋から出ていった。


 「ん~…。」


 体を伸ばして周囲を見る。窓の外は既に日が落ちている。俺は昼前には帰ってきていたので7時間くらい寝てたんじゃないだろうか。めちゃくちゃお腹減ってるし。


 「風呂…入るか」


 空腹を感じつつ着替えとアカネを持って部屋を出る。ああ、母さんもお腹空いてるだろうなぁとか考えながら竃場へ。


 「父さん。お帰り。風呂入ってくる」


 「ああ。ただいま。上がったら飯だぞ」


 竃場で調理をする父さんに挨拶して風呂場へ。湯船は母さんの魔法でお湯に満たされていた。

 アカネにお湯をかけて適当に表面を洗ってあげる。スライムを洗う必要があるのかわからないけど昔からずっとこうしてる。なんか嬉しそうだし。

 洗い終わったアカネを湯船に入れて自分の体を洗う。狩りの時は草や土の匂いを染み込ませた外套を着ているので土臭いと思う。

 一通り洗って湯船へ。浮かんでるアカネをプニプニしながら遊んで10分。入浴終了。

 部屋着兼寝間着を着てリビングへ。夕食の支度を手伝う。


 「そこら辺のは出来てるから持っていってくれ。俺はスープが出来たら持っていく」


 父さんは料理がうまい。最近は俺が作る事が多いが、覚えるまでは父さんが料理担当だった。母さんは味オンチなのか味付けができないらしい。ポーションの試飲とかしてるからだと思う。ポーションは基本的に不味いから…

 

 「パパ~。お腹空いた~」


 「ああ、今行くよ」


 先程までの優しい母親はどこに行ったのか。子供が父親に甘えているようにしか見えない。父さんは186cm。母さんは149cmという身長差があるからだ。

 俺の身長は母さんの遺伝だろうか。もう少し欲しかったなぁ。


 「待たせたな。いただくとするか」


 「いただきま~す」


 「いただきます」


 食べる前に食事に感謝を。特に信仰してる神はいないが大地の恵みと狩った獣の命に感謝して食べる。我が家ではこれがルール。


 「食べながら話せるか?マークに何があったか気になって仕方ない」


 「最後まで落ち着いて聞いてくれるなら話すけど…」


 「イリーナ。俺が聞いても大丈夫そうな話か?」


 「無理だと思う。私でも怒っちゃったから」


 「…食後にしよう」


 「うん。美味しく食べたいからね」


 と言いつつ味が良くわからない。食事はできる。数年間やってきた狩人としての経験。どんな時でもとりあえず食う。極限まで空腹だと体が動かない。

 せっかくの父さんの作ってくれた美味しい料理。俺が味わえなくても二人とアカネには美味しく食べて欲しい。


 「ああ、父さん」


 「ん?」


 「今日、ゴブリン狩ったら鑑定覚えたんだ」


 「そうか。おめでとう」


 「母さんに制御のやり方教わったんだ」


 「マークは優秀だからすぐにできたのよ」


 「制御?」


 「鑑定は切り替えるタイプのスキルなの。身体強化と同じ感じ」


 「なるほど。便利なスキルだからな。俺も欲しいぞ」


 「鑑定使って薬草を集めて売ったら銀貨4枚と銅貨8枚になった」


 「薬草だけでか?大儲けだな」


 「薬草は自分で育てると品質は上げられるけど数が少ないのよね…」


 「今度から品質高いのは母さんに渡すよ」 


 「助かるわ~。品質B以上なら中級ポーションに使えるから」


 「ならC以下は売るね」


 などと他愛のない話をしている間に夕食は終わった。今日は料理をしなかったから洗い物をしようかと思っていた。


 「私がやるからパパと話してきなさい」


 食後のお茶だけ準備してリビングへ。父さんは机を台拭きで拭いていた。


 「父さん。今日あった事を話すね」


 「ああ」


 「母さんに鑑定の制御を教わる前に道具屋に行ったんだ。だから店番をしていたシャルテの事も鑑定した」


 「まあ、見えるんだろうな」


 「うん。その時にシャルテのお腹に文字が見えたんだ」


 「…お腹?」


 「うん。赤ちゃん」


 「………」


 「赤ちゃんは名前がないから両親の名前が表示されちゃうんだって」


 「……ふむ」


 「カイゼルとシャルテの子って書いてあった」


 「………ちょっと出てくる」


 あれ?数時間前に聞いた気がする。とか思ってたら父さんは既に玄関に向かって歩き出していた。


 「父さん!待って!」


 「ちょっと話をしにいくだけだ」


 玄関前で引き留めたが既に大剣を持っている。話だけじゃ終わらないだろう。


 「まだ話は終わってないよ!最後まで聞いてよ!」


 「当事者も呼ばなきゃ話はできんだろう」


 「パパ。聞いてあげて」


 洗い物が終わったのだろう。タオルで手を拭きながら母さんが来てくれた。


 「…わかった。とりあえず聞こう」


 父さんは大剣を壁にかけてリビングに戻ってくれた。付いていく俺と母さん。


 「俺はシャルテとの婚約を破棄して村を出ようと思う」


 「…婚約破棄は当然だ。だが村を出て行くべきなのはあの2人だろう?」


 「本来ならそうなんだと思う。でも、どうせ今までのように暮らせないなら俺が出て行くほうが収まりがいいと思うんだ」


 「どういう事だ?」


 「俺が冒険者になりたいって村から飛び出した形にする。婚約者に置き去りにされて傷心のシャルテは支えてくれたカイゼルと結婚する…って筋書きで」


 「お前……残された俺達の事は考えてないだろう?」


 「あら、私は残る気無いわよ?マークを傷つけたあの二人の近くになんて居たくないもの。あの二人が幸せそうに暮らしてたら家を燃やすかもしれないわ」


 「…それもそうだな」


 「シャルテのお腹は明日にでも私が鑑定するつもり。実際に見たら暴れるかもしれないからアナタも付いてきてね?」


 「わかった。道具屋が開店するくらいに見に行こう」


 「父さん。母さん。ごめん。ありがとう」

 

 俺の意見を尊重して一緒に村を出るとまで言ってくれた両親。この2人の子で本当に良かったと思う。


 「辛い思いをしているお前があのバカ共の幸せを望むならこうするしかあるまい」


 「一緒に行かないと私達が何するかわからないからね」


 「あの2人もこの村も好きだから離れるのは辛いよ。でも父さんと母さんが一緒なら俺は大丈夫。本当にありがとう」


 俺が勝手に決めた事で 両親やアカネまでこの村を出るという。確かに事情を知ってこの村に住み続けるのは無理だろう。母さんはポーションを。父さんは肉を道具屋に卸しているのだ。シャルテとの接点は多い。息子を裏切った婚約者相手に今まで通り接するなんてできるはずがない。

 自分の考えの至らなさに謝罪し、両親の愛情に感謝した。

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