第3話 俺は逃げる道を選ぶ

 自分なりに考えて結論を出した。迷いはある。だが、迅速に動かなければいけない。行動が早ければ早いほどあの2人を守る事になるのだから………

 急いで自宅へと向かう。狩人は森が近い南側の入口付近に家がある。両親と俺の3人で暮らしている二階建ての大きな家だ。

 北側にあるシャルテの道具屋から歩いて10分くらい。もう1人の幼なじみのカイゼルの住む村長の家からは歩いて5分くらいか。

 

 「ただいま」

 

 玄関の扉を開けて中に入る。今の時間だと父さんは帰っていないだろう。母さんは調合専門の部屋でいろいろ作ってる気がする。

 

 「マーク。お帰り~」


 「母さん。ただいま」


 調合部屋から母さんが出てきた。薬草の匂いがするからポーションでも作っていたんだろうか。


 「母さん。俺に鑑定の使い方を教えて」


 「鑑定?」


 「うん。さっき覚えたんだけどずっと発動してて困ってるんだ」


 「まあ!おめでとう。鑑定は便利よ~」


 「うん。便利だけど…制御しないと勝手に人のスキルとか見ちゃうから…」


 「使えるなら制御は簡単よ。今から教えてあげるわね」


 「ありがとう。何か調合してるなら後でもいいよ?」


 「今は手を止めてても問題ない工程だから大丈夫よ。ささっと覚えちゃいましょう」


 「ありがとう。お願いします」


 母さんから教わったのは簡単なコツだけだった。目を閉じてオンオフを念じるだけ。何回かやればすぐにできた。


 「切り替えができるようになったと思うけど、経験を重ねる事で鑑定できる事が増えるから使いまくりなさい。

 でも人相手には許可を取らないと失礼だから気をつけて。無断で見たのがバレたら面倒な事になっちゃうからね」


 「ランドさんにも言われた。気をつけるよ。ところでスキルの効果とかも鑑定できたりする?」


 ふと育成者のスキルが気になった。使ってる自覚はないから常時発動してるのかもしれない。


 「私なら見えるけどマークにはまだ見えないかもね」


 「経験積むしかないね。母さん。俺の育成者ってスキルを鑑定してくれないかな?」


 「ん~。ユニークスキルね………『自身と仲間に経験補正(極大)』」


 「なるほど。プラス効果の常時発動スキルかな?」


 「貴方のレベルから見て常時発動でしょうね…17才でレベル169とか…」


 「169って高いの?アカネも118あるけど」


 「あなたの歳なら50あれば高いほうよ。アカネはいつも一緒にいるから補正が入ってるんでしょうね……」


 切り替えできる前に見た母さんの鑑定結果


 イリーナ・ベイガン ヒューマン 薬師

 レベル236 ポーション調合 薬学S 生活魔法C 身体強化C 土魔法B 水魔法C 神聖魔法C 鑑定 収納魔法A 


 母さんもずっと家で作業してる割りには強いと思う。戦闘能力じゃランドさんのほうが上なんだろうけど。


 「………ところでさ。鑑定でお腹にいる赤ちゃんを見たらどう見えるのかな?」


 「赤ちゃん?昔何回か見たわね。名前と天職が決まってないから父親と母親の名前が見えたと思うわ」


 「…ああ。やっぱり。そうなんだね」

 

 同じ鑑定持ちの先輩が言うのだ。シャルテの鑑定は間違いなかったのだろう。


 「今は村に妊婦さんはいなかったと思うけど…どこで見たの?」


 「………シャルテ」


 「…え?」


 「シャルテのお腹にいたんだ」


 「マーク!!結婚前に手を出しちゃダメでしょ!!」


 シャルテは俺の婚約者。そう判断されるのも当然だろう。


 「母さん。俺じゃない。シャルテとはキスもしてないよ」


 「………シャルテちゃんと誰の子だったの?」


 「…カイゼル」


 「……ちょっと出てくるわね」


 「母さん。待って。大事にしたくない」


 「もう十分に大事でしょう!?」

 

 今にも飛び出して行きそうな母さんを抑えて懇願する。本当なら俺も怒るべきなのだろう。


 「…俺は、2人を傷つけたくないんだ」


 「何言ってるの!?裏切られて傷ついたのは貴方でしょう!?」


 「ちゃんと丸く収まる方法を考えたんだよ」


 「…っ!!…いいでしょう。言ってみなさい」


 なんとか思いとどまって話を聞いてくれる母さん。俺の為にあんなに怒ってくれる母さんが納得できるかわからないが自分なりの考えを話す。


 「シャルテとの婚約破棄。これは大前提」


 「そうね。このまま結婚なんか認めない」


 「俺は村長にだけ伝えて村を出る。ここにいたら俺とシャルテの為にならない」


 「…なんで貴方が……」


 「結婚したらこの村に居続けなきゃいけないから婚約破棄して冒険者になりたいって事にする」


 「………」


 「俺が出ていけば2人は結婚できるだろう?もう今までのように暮らせないなら少しでもあの2人の為に環境を整えてあげたい…

どんな顔して会えばいいかわからないし、もし会ったら2人に酷い事を言って傷つけちゃいそうだから会えない。だから村長にだけ挨拶していくよ」


 母さんが俺の前に来てそっと抱きしめてくれる。薬草の匂いと不思議と落ち着く匂い。


 「貴方だけが傷ついてるじゃない。非難する資格は貴方にはあるのに…それでもあの子達を守りたいのね…」


 「シャルテの事は大好きだよ。浮気されても大好きだ。カイゼルもいろんな事を教えてくれた。親友だって思ってる。2人は大切な幼なじみだから…幸せになって欲しい」


 「そう…貴方の考えは分かったわ。だけど貴方だけを行かせる訳にはいかないわね」


 「…え?」


 「私達も一緒にこの村から出ていくわ。」


 「俺だけでいいよ。俺ももう17だ。1人でやっていける」


 「ダメよ。心の傷が治るまでは私達と一緒にいなさい。自分が泣いてるって気付いてる?」

 

 母さんに言われてから気付く。泣いたのなんて何年ぶりだろう。自覚すると更に溢れてきた気がする。


 「それにね…私達に貴方を裏切った2人と同じ村で暮らせって言うの?そんなの耐えられるわけないでしょう」


 「そう…だね。ありがとう。ごめん。ごめん…」


 「貴方は何も悪くないわ。パパが帰ってくるまで休みなさい。私が側にいるから。ね?」


 「うん。ありがとう。母さん」


 「貴方がこうやって甘えてくるなんて何年ぶりかしら。母さん嬉しいわ」

  

 母さんが俺を支えながら部屋まで付き添ってくれる。アカネも後から付いてきてくれた。 

 外套を脱いで部屋のベッドに横になる。

 母さんは椅子に座りながら手を握ってくれていた。アカネも一緒に布団に潜り込む。

 

 「大丈夫よ。パパが帰ってきたら起こしてあげるから。ゆっくり休みなさい」


 「うん…お休み…」


 側に母さんがいるからだろうか。とても安心できた。精神がよほど参っていたのか俺の意識はあっさりと眠りへと落ちていった。

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