41話目 海回はサービス回という概念は捨てた方がいい④
「とりあえず、マサルさんとしっかり話しをしてみたらいいよ。したことないでしょ?」
「まあ、したことないですけど……」
恋バナモードから戻ってきた先生から不意に真面目なアドバイスをされる。
確かに不安の根源はマサルだ。ならば、その本人に詰めればいい。それは何度も俺も考えたことだ。
「ただ、マサルの言ってることわからないからメッセージでの会話になるんですよ。それに、何度かそういう話しになったこともあるけど全然反応なく流される感じで。あと……」
「なんだい?」
「もしも、本当にマサルが何かしらの力を持っていて。真実みたいなものを突き詰めてしまったら……その力を使われてしまうかもしれない。今の世界が変わってしまうかもしれなくて……」
「ふむ。金之助くんにとって、そこが一番の懸念点だね」
口元に手を当てながら、先生は悩んでいる。
単純に俺の妄想に対して、医者として話を合わせているという感じではない。俺の話しも一つの真実として捉えて考えてくれている。
なんともありがたいことだ。
少し考え込んだあと、先生は諦めたように笑顔を見せた。
「うん、わからん! 君達の繋がりが消えちゃうなんてリスクがあったら下手なこと言えないや!」
「いや、そうですよね。なんか、すいません。色々と訳わからないこと言って……」
「でも、僕マサルさんとは結構付き合い長いんだけどさ。彼、悪い人じゃないよ」
水道水高額で売りつけようとしてきたけどな。
パチンコ台壊したり、俺を囮にしてルイから逃げようとしたり、怪我した俺を口実に小柳さん口説こうとしたり。普通にクズなんだが。
俺が疑いの目を向けていると、丸山先生は察したのか慌てるように続けた。
「いや、確かに素行がいい人だとは言えないけどさ……でも、本当に悪い人ではないんだよ。例えどんな力を持っていようと、君達を不幸にする選択をする人ではないと思うんだ。まあ、これは僕の独り言だと思ってね」
なんとなくだが、先生の言っていることもわかる。……ただ、それ以上に俺の今の世界を作ってくれたのがマサルであることも事実なのだ。
マサルがいなければ、ルイとも、小柳さんとも、結城さんとも関係なんか持てやしなかった。
バイト場でのポジションも変わらず、死んだような目をして、休みは暇潰しにパチンコでも打って。そんな豚野郎みたいな日々が変わったのは、マサルと出会ってからだ。
……マサルと真面目に向き合ってみてもいいのかもしれない。
「……先生ありがとうございます。機会を見て、マサルと話してみます」
「そうかい。なんにせよ、いい結果になることを祈ってるよ」
"プップー!!"
タイミングよく病院外からクラクションが鳴る。話し込んでしまった俺に痺れをきたしたルイあたりが、"はよせい"とばかりに鳴らしているのだろう。
「じゃあ、俺行きますね」
「気をつけてね。最後にもう一度言っとこう。金之助くん、男は度胸だよ!」
「……別に告白なんかしませんよ?」
苦笑いをしながら、丸山病院をあとにする。
俺を見送る時の丸山先生は、相変わらずニチャニチャ笑っていて少し気持ち悪かった。
◇◇◇
「青い空! 青い海! 彼氏と友達と、赤の他人が一人! 最高っしょ!」
「プギョッ、ブギギー!」
「うえっ……ひっく、ひ、ひっく……」
「ほらー、結城さん。海着きましたよー、そろそろ泣き止みましょうねー」
さて、やっとのこと海に着いた。
悠々と広がる真っ青な海にテンションアゲアゲの豚カップル。
瞳から涙が流れるのを必死にこらえる結城さんと、そんな結城さんの頭を撫でていつも通りにあやす小柳さん。
一応、何があったか説明しよう。
俺が遅れて乗り込み、ついに海に向かって出発した直後に発生したのは結城さんの愚痴だった。
迎えが遅れたことでコスモエネルギーの調和がズレてどーのーこーのとブチブチ文句を言い出したところで、ルイの言葉の暴力が結城さんに襲いかかった。
戦力差は圧倒的であり、一方的なタコ殴り状態に陥った結城さんはたまらずギャン泣き。
俺はルイをなだめ、小柳さんは結城さんをあやす。そんなこんなで大騒ぎしつつ、気づいたら海に着いていた。
まさか移動だけでこんなにも疲れるとは。
ちょっと、このメンバー舐めてたわ。
ちなみに、マサルに関しては大騒ぎ中もタバコを吸いながら運転してるだけだった。
申し訳程度に、一鳴きくらいしろや。
「とりあえず、どうする? 水着とかに着替えるなら更衣室もあるらしいけど」
さりげなく、女性陣に着替えをすすめる。
マサルじゃないが、もうここまできたら楽しみはそれくらいしかないのだよ。っていうより、まあ小柳さんのというかなんというか……
まずい、まずい。表情は崩さない。
あくまでクールにスマートに……
「いやー、あーし海洋恐怖症で海入れないんだよね! だから、水着持ってきてないのよ!」
「……わたしも、海水浴が目的じゃない。……だから、水着持ってきてない」
「あ、私もあまり素肌を他人様に晒すなと教育されてきたもので……水着持ってきてないんです」
何しに来たの、君達?
カナヅチの俺でさえ、さすがに空気読んで水着持ってきたよ? 俺の覚悟返してくれないかな。
「プギョッ! ブギギ、プギョップギョッ!? プギョッブギギー!!! プギョッ!!」
なんかマサルが納得いかないとばかりに、めちゃくちゃ鳴き出した。
何言ってるかわからないが、その調子だマサル。この圧倒的な不条理に抗議だ。
そして、あわよくば近場で水着を買ってきてもらって――
"パチーン!"
「プギョッー!!!」
鳴き騒ぐマサルの尻に、ルイの張り手が襲いかかった。
「ねえ、マー君。何を――」 "パチーン!"
「プギョッ!!!」
「そんなに必死に、水着を――」"パチーン!"
「プギッ!!!」
「着させようと――」 "パチーン!"
「プギッー!!!」 "パチーン!"
「してるのかなー?」 "パチーン!"
「プギョッギーッ!!!」
めちゃくちゃ尻叩かれまくってる。
動物愛護団体が動きそうなレベルで、だいぶショッキングな光景だ。
とりあえず、よくやったマサル。
お前の勇姿は忘れない。
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