40話目 海回はサービス回という概念は捨てた方がいい③
この世界のことを俺はよく知らない。
なぜ飛行機が飛べるのか。
なぜ何千キロ離れた人と話せるのか。
どのようにして映像が保存され、自在に流れているのか。
その他にも、日常の生活の中で当たり前に使っていることのほとんどの仕組みを俺は知らない。
だから、マサルの不可思議に関しても同じようなものかもしれないと思っていた。
みんなよくわかっていないけれど、日常の中に当たり前にそれはあるから不思議に思わない。
でも、ふとおかしいなと疑問に思ってしまった人が急に気になり出してしまう。
それにあたるのが、俺と小柳さんだっただけ。
別に実害がある訳でもない。正直、このままスルーすればいいとも思っていた。
……ただ、俺の中で少し状況が変わった。少しでもマサル問題に関して解明したいと思う気持ちが生まれてしまったのだ。
「先生。この前言っていた、俺以外にマサルのことをおかしいって言ってた人がいた話。まだ思い出せませんか?」
「ああ、そのお話ね。うーん、そうだな。やっぱり思い出せないね」
「ルイも言っていたんです。前に同じような事を言っていた人がいたけど、誰だか思い出せないって。……俺の推測ですが。確かにその人は存在した。でも、何らかの理由で忘れられてしまった。言い方を変えれば、その人に関する記憶を消されたのではないかと」
「……ふむ」
若干眉をひそめながらも、俺の話を先生は真面目に捉えてくれているようだ。
普通の人であれば何を訳のわからないことを言い出したのかと相手にしてくれやしないだろう。
だが、丸山先生だけは初めて会った時から、俺の話を否定せず聞いてくれる。何かを相談するとしたら、この人しかいないのだ。
「前も言ったけど、僕はあまり気にしない方がいいとは思うよ。金之助くんにとって不可思議なのかもしれないけど、実際それで実害がある訳ではないでしょ? ましてや、それを突き詰めるあまりキミやマサルさん、他の人達との関係も崩れるかもしれないよ」
「……言っていることはわかります。俺も別にこのままスルーすればいいと思ってました。でも、問題はさっき言ったことです」
顔を曇らせる俺に対して、先生は察したようにさっきの俺の発言の中からピンポイントで問題点を口にする。
「存在を忘れ去られる、記憶を消されるという点だね。要するに、金之助くんがその内皆に忘れられてしまうことが怖いんだね」
「それもありますが……俺の事以上に、小柳さんが気がかりなんです」
「あの娘が?」
いまいちピンときてない様子の丸山先生に、少し気恥ずかしさを抱えながらも補足を続ける。
「小柳さんも俺と同じ世界観というか…… マサルのことをおかしいと思う人なんです。彼女にそんな悲しいことは起きて欲しくない」
「……というと?」
「詳しくは知らないけど、小柳さんはずっと独りで生きてきた人です。そんな彼女にやっと友達が出来たんです。ルイや結城さんとの関わりの中で本当に幸せそうに笑うんですよ」
「……そんな彼女が皆に忘れ去られてしまうのを防ぎたいのだね」
「はい。その対象が、マサルに疑問を持つ世界観を持った人間なのだとするなら、小柳さんにその現象が起きる可能性も充分あり得るかと」
「なるほどねえ」
丸山先生は頷きながらも、ニマニマと笑みを浮かべながら俺の顔を眺めている。
これは俺の話をバカにしている反応ではない。俺の気恥ずかしさの奥にあるものを感じとった反応だ。
「金之助くん、とりあえず一つ聞いていいかい?」
「なんとなく内容はわかりますが……どうぞ」
「キミは小柳さんのことがラブなのかな?」
これまたオッサン臭い聞き方してきたな。
嫌な笑顔浮かべた時点で突っ込んでくるとは思ったが、ちょっと語句のチョイスが気持ち悪い。
「好き……かどうかは、よくわかりません。でも、彼女に悲しい思いはさせたくない。ボロボロ涙を流す姿はもう見たくないです」
「ふむふむ!! ラブだねっ!!」
明らかにテンションが一段階あがった先生はさらに顔を崩してニチャニチャと笑っている。若者の恋バナが楽しいのだろうが、やっぱりちょっと気持ち悪い。
「あっはっはっは、いいよ! 金之助くん、青春だね! それに、君達めちゃくちゃお似合いだよ!」
「……お似合い? いやいや、何を言ってるんですか。彼女めちゃくちゃ美人だし、俺なんか相手にされないですよ。だから、陰ながらでも彼女が幸せになれる力になれればと……」
「うんうん、キミは想像力が豊かすぎるね」
先生は少し眉尻を下げる。ふざけた笑顔を解き、俺を憐れむように、諭すように、優しい口調で話し出す。
「想像力が豊かすぎると、あらゆるリスクを想定して不安が生まれる。その結果自信が生まれにくいんだ」
「単純に成功体験がないだけですよ」
「それにキミは賢く、周りがよく見えている。そこに想像力が加わると何が産まれると思う?」
「……わかりません」
「優しさだよ」
先生は表情も口調も澄んだように落ち着いている。それでも、その目だけは必死に訴えかけてくれていた。
「想像力はキミに不安をもたらす。それと同等に、優しさをもたらすんだ。君は誰より優しい人なんだよ」
「そんな……大袈裟ですよ」
「彼女を幸せにできるのは、金之助くんみたいな人なんだよ。きっと、それは彼女も感じてるんじゃないかな」
先生の全く根拠のない言葉を受けて、あの時の小柳さんの言葉が脳裏によぎった。
"案外、その幸せって金之助さんのことかもしれませんね"
「金之助くん、君は変わらなくていい。でも、一つだけ言葉を授けよう。"男は度胸"だよ」
「度胸……俺に一番似合わない言葉ですね」
「不安を乗り越えて動いた先で、君はやっと
欲しいものを手に入れる権利が生まれるんだ。それでも、うまくいかず傷ついたら僕のところへおいで。お酒でも飲みながら、笑い飛ばしてあげよう」
「ははっ……本当に先生はいい人ですね」
胸の中に熱が生まれていくのを感じた。
ああ、人との繋がりというのは不思議なものだ。関わりの中で、自分が自分でなくなる瞬間がある。
でも、それはきっと自分が必死に閉じ込めていただけのものが、誰かの言葉や優しさでひょっこりと顔を出すだけなのかもしれない。
そして、生まれるのは欲だ。
俺はこの世界のことをよく知らない。
好きになった人にどうやって気持ちを伝えるのかも。
好きな人に、自分が特別な存在として選んでもらえる喜びも。
好きな人と、手を繋いだ時の温もりも。
その他にも、俺にはまだ沢山の知らない幸せが日常には隠れている。
訳のわからない物理や仕組みなんかには興味はない。でも、その幸せに関しては知ってみたいと、手に入れたいと心から思った。
そして、その時浮かぶ相手の顔は紛れもなく彼女だった。
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