39話目 海回はサービス回という概念は捨てた方がいい②

 丸山動物病院への向かう車内。俺は運転席を……というか、マサルを凝視していた。


 明らかにマサルは座っているだけであり、申し訳程度にハンドルを握っている。勿論、アクセル・ブレーキには足(後ろ足)は届いていない。

 でも、何故か車は動いている。ハンドルだってまともに回せていないのに、車はしっかりと曲がっている。


 今まで沢山の不可思議は見てきたが、命を預けるとなると不安になるな。そもそも、コイツ免許持ってるのか?

 何より、グラサンかけてドヤ顔で運転してるフォルムがイラつく。


「小柳さん……あれ、どう思います?」

「何がですか?」

「いや、マサルの運転……色々とおかしいですよね」

「あー、不思議ですよね。でも、いちいち反応してると疲れるので、もう受け入れようかと」

「だいぶ、諦めちゃってますね……」


 小柳さんは少し遠い目をしている。

 まあ、気持ちはわかる。あーじゃない、こーじゃないと騒いだところでおかしいのは俺達で、正常なのは世界だ。

 その図式は変わることはない。


 それが何故なのかと考えたところでわかりやしないし、結局は受け入れるしかないのだ。

 


「そういえば、ルイ。この時間じゃ、結城さんの迎えも遅刻だろ。遅れる連絡したか?」

「んー? あいつとの連絡はしーちゃんに任せてるし、あーしは何も」

「えっ!? お姉様が連絡してるものだと思って、私も特にはしてないですけど……あっ。結城さんから沢山連絡入ってる……」


 車内に沈黙が流れる。

 これはあれだな。間違いなく、やらかしてる。

 

「ごめんなさい……私、携帯鳴らない設定になってたみたいで。全然気づかなくて……」

「いやいや、小柳さんのせいじゃないですよ。もう着きますし、会って謝りましょう。マサル、ちょっと急ぎで頼む」

「プギッ」


 マサルが返事をすると共に、車のスピードがあがる。少し荒くなった運転に身体を揺らせつつ、俺達は丸山動物病院へと車を走らせた。



◇◇◇



「じゃあ、あーし達車で待ってるから!」

「プギョッ!」



 病院の駐車場に無事に着いたと同時に、ルイとマサルは先手を取ってきた。この後の行程で間違いなく面倒臭いのは、結城さんとのファーストコンタクトだ。

 

 それから逃れる手段は一つ。自分達は車で待ち、迎えは他のヤツに任せる。

 なんとも、シンプルな選択だ。


「ほらっ、金ちゃん! アイツ待ってるよ! 可哀想だし早くお迎え行ってあげて!?」

「ブブギョッ!! プギッ!」


 このカップル人に任せるつもりの癖に煽ってきやがる。

 ルイに関しては、どの面下げて"可哀想"なんて言葉が出てくるんだよ。


 そんな様子を見て、小柳さんが申し訳なさそうに口を開いた。


「あの……金之助さんも待ってていいですよ? 私がお迎え行ってきますんで」

「あ、いえいえ。さすがに、俺も行きますよ」


「いよっ、さすが金ちゃんっ! 男だねえ!」

「ブブギョッ! ブギ!」


 うぜえな、このカップル。特にマサルに煽られるとイラつきが増すわ。


 後部座席組は車を降り、若干急ぎ足で病院玄関に繋がる少ない階段を登る。

 俺は玄関に手をかけ、意を決し開こうとするが、直前で小柳さんから制止が入った。


「……待って。金之助さん」

「えっ、どうしました?」

「何か聞こえます」


 二人で耳を澄ませる。

 すると、叫び声のようなものが聞こえてきた。俺と小柳さんは顔を見合わせ、更に耳に神経を集中させる。

 

「びぎゃあああっ!! おいて……置いてかれたああああ!! ひぎっ、ひぎゃああああ!」

「だ、大丈夫っ! 大丈夫だよ結城くん! ほらっ、ちょっと遅れてるだけだよ」

「れ、連絡とれないもんっ! 騙されたたあああ! ぴぎゃあああいいいい! う、うみ……うみいいいいいい!」



 あー、思ったよりいっちゃってるな。これ。

 どんだけ海行きたいんだよ。


 病院内から聞こえてきたのは結城さんの泣きじゃくる声と、それをあやす丸山先生の声。

 状況の悪さを察知したのか、顔をしかめながら何かを考えこんでいる小柳さんに声をかける。


「結構ヤバそうですね。とりあえず、何か作戦でもたてます?」

「……女は愛嬌。それと、度胸と根性と死しても貫き通す覚悟。……小柳しおり、行くっちゃね」


 なんか、訛りながらよくわからないことを呟いていらっしゃる。女の子はそんな要素持ち合わせなくていい。


 小柳さんの眉は吊り上がり、何かスイッチが入ったようだ。そのまま、勢いよく正面玄関を開くと共に、ズカズカと中に入って行く。


「ちょ、ちょっと!? 小柳さん?」


 その後に着くように、必死に彼女を追いかける。


 小柳さんは一切の躊躇なく、待合室で泣きじゃくる結城さんへと真っ直ぐに歩いて行く。

 その姿はまさに猪。猪突猛進。なんか、もう変なオーラが出ている。

 

 そして、その勢いのままに有無を言わさず泣き叫んでいた結城さんを力強く抱きしめた。

 急に自分の身に起きた出来事に、結城さんは目を丸くしている。


「……!? な、なに……?」

「ごめんなさい、遅れてしまいました。でも、結城さんならコスモテレパシーでこれも予知してましたよね。あら? どうして、涙を流しているのですか?」

「……ひぐっ。と、とうぜん、遅れて来るのはわかっていた。この涙は、宇宙との交信時の代償……全ての事象は私の中に……」

「さすが、結城さん! すごいですね! よーしよしよしっ!」


 結城さんは抱きしめられながら、犬を愛でるかのように頭を撫でられている。

 小柳さんの中での結城さんのポジションが垣間見えた気がする。


 ……もっとグダグダ泣き喚く結城さんをあやし続ける事を想定していたのだが、強行突破で一発でおさめた。

 どこに死しても貫き通す覚悟を使ったのかは知らんが、扱いは天才的だったな。


 そんな光景を見て、今だに状況を理解できない丸山先生が口を開く。


「えっと……ああ。お迎え来てくれたのかな?」

「遅れちゃってすいません。しかも、色々とご迷惑を……」

「いやいや。それより、彼女何者? ウチで働いてくれないかなあ」


 先生、目がマジだ。結城さんのお守り役としてこれ以上ないほどの人材を見つけたのだろう。


 ただ一つ言えることは、そこまで追い込まれているなら結城さん事務を変えた方がいい。事務のためにベビーシッターを雇うとなると、もう訳がわからんぞ、先生。


「とりあえず駐車場に車停まってるんで、行きましょうか」

「あ、ごめんね金之助くん。僕、今日は診察入ってるから参加は結城くんだけなんだ」

「えっ……!? あ、ああ。そうなんですか。とても残念です」


 チッ、保護者が一人減りやがった。

 このメンバーの中の唯一の常識人枠を減らしてどうする。ある程度の秩序の統制は丸山先生頼みだったのに。


 小柳さんに存分に撫でられ続けた結城さんはホクホク顔となり、既に機嫌は直っていた。いつも通りに、うすら笑いしながらボソボソと話し出す。


「……ほら、早く行くわよホモノスケ。……丸山先生の水着姿が見られないからってがっかりしないで」


 コイツ、やっぱり置いてけばよかった。

 なんだよ、ホモノスケって。悪口のレベルあがってるじゃねえか。


「こーら、結城さん。そういうこと言っちゃダメです。今日は、みんな仲良くですよ」

「でも、ホモノスケが……」

「……ねえ? 言ってることわからんちゃ?」

「ひっ!?」


 一瞬、小柳さんからおぞましい程の殺気が溢れ出た。それを感知した結城さんは震えあがっている。


「結城さん、金之助さんに何か言うことは?」

「……ご、ごめんなさい。……キンノスケ」

「よくできましたねー! さあ、行きましょうか!」


 小柳さんと結城さんは手を繋ぎながら玄関へと向かう。

 とても仲睦まじいようだが、飼い主が犬を引っ張っているようにも見えた。主従関係怖い。


「あれ、金之助さん? 行きましょ?」

「あ、ちょっと丸山先生と話したいことがあって。すぐ終わるんで、先に車行っててもらっていいですか?」

「……? わかりました、車で待ってますね」


 小柳さんは不思議そうな表情を浮かべたものの、深入りはせず結城さんを連れて先に病院を出て行った。


 丸山先生は何かを察したのか、ソファに座り聞く空気を作ってくれた。その隣に、俺も腰を沈める。


「それで、金之助くん。僕と話したいことって、なんだい?」

「……マサルのことです」

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