38話目 海回はサービス回という概念は捨てた方がいい

 運動音痴だ。

 正確に言うと、超運動音痴だ。

 もっと更に正確に言うと、周りから責められるとかを通り越して、もうドン引きされるレベルの運動音痴だ。


 もっと更に色々と説明をすると、バスケでは三回以上ドリブルが出来たことがなく、サッカーに関しては蹴った瞬間に大抵捻挫する。

 運動会のリレーで俺が入ったチームが勝ったことはないし、そもそも俺からのバトンを受け取った女子に泣かれることもあった。



 そんな悲しいエピソードはさておき、この流れから言えることは、勿論水泳も例外ではないということだ。当然、カナヅチである。


 プールの授業では何回溺れたかわからない。そもそも存在感がないので溺れているのに気付かれず死にかけたこともある。


 要するに、俺にとって海に行くというのは生きるか死ぬかなのだ。

 強制的にデスゲームに参加させられた気分なのだが、そんな状況の中でも一つだけ心が躍る要素があったりする。それは何か?


 あの豚と同レベルの思考回路であることを恥じながらも、これは男としては当然の性だ。

 だから、心の中だけで高らかに叫ぼうではないか。


 女子の水着姿、楽しみ!!!




◇◇◇


 "金ちゃん、ごめんね! あともうちょっと! もうちょっとで着くから!"


 

 ルイからメッセージが入った。

 ちなみに、同内容のメッセージはかれこれ四通目だ。そして、一通目の"もう少しで着く"の連絡は一時間前の話しであった。


 要するに、俺は待ち合わせ場所でかれこれ一時間待っているということになる。


 


 丸山動物病院にて起きた、みんなで海行こう!騒動の夜、ルイから連絡が入った。


 特有の行動力と強制力であっという間に日程を決めるルイ。

 "車で迎えに行くから、九時に金ちゃん家近くの公園で待ってて!"と、こちらの反応などガン無視したまま最後のメッセージが送られてきた後、連絡は途絶えた。


 そもそも、俺の家教えた覚えないのになんで場所知ってんの? という疑問が生まれたが、"ルイだから"という理由で速攻で解決した。慣れって怖い。



 そんなこんなで当日となり、俺は九時前には律儀に公園で待っていた。

 そして、炎天下の中で一時間待ちぼうけをくらっているのである。


 "あとちょっと"をこまめに送ってくるのはなんともタチが悪い。一時間遅れるなら最初からそう言えよ。海行く前から、日焼けしとるわ。



"キキキキキキキキィィ!"



 心の中で文句を言ってると、公園入り口近くで急ブレーキ音と共に車が停まった。

 

 ……白のセルシオ。しかも、車には全然詳しくない俺でもわかるほど改造されている。

 車高も低く、ナンバープレートもなんかおかしい。一言で表現するならば、間違いなくヤン車だ。


 そして、運転席の窓が降りる。


「プギャギギ? プギョッブギョ!」


 運転席に乗っていたのはサングラスをかけたマサルだった。

 "待たせたな? 後ろ乗んな!"とばかりに後部座席をカッコつけて指差している。


 ああ、このどこからツッコんでいいのかわからない感じ久々だな。まあ、とりあえずこれだけは言っておこう。

 

 お前どう考えても、アクセル・ブレーキに足届かねえだろ。豚が運転してんじゃねえよ。


「金ちゃん、おはよー!」


 マサルの奥、助手席に座っていたルイから声があがる。


 そして、ルイの片手にはポテトがセットされていて、もう片方の手にドリンクを持っていた。

 こいつら、人のこと散々待たせといてマック寄ってきやがった。とんでもねえ。


「マー君安全運転なもんで、赤信号の度にいちいち止まるからさあ! 遅れちゃった!」

「プギョッ!?」


 赤信号は止まるもんなんだよ。朝から訳わからん空気作るのはやめてくれ。


 ため息をつきつつ後部座席のドアを開くと、そこにはすでに小柳さんが乗っていた。


「金之助さん、おはようございます。どうぞどうぞ」

「あ、おはようございます。小柳さん、先に合流してたんですね」


 そのまま、少し緊張しつつ隣に座る。

 というのも、密室空間で女性の隣に座るという状況自体初めてなのだ。

 

 それに加え、小柳さんの格好は白のワンピース。童貞心をくすぐらせるド直球清楚系できていらっしゃる。

 スラッとした華奢な身体と相まり、正直少し見惚れてしまった。この身体のどこにあのパワーが眠っているのか。


「よーし! じゃあ、これで全員集まったし、海向かって出発するよ!」


 ルイは片手を突き上げながら、意気揚々と声をあげる。


「あれ? ルイ、結城さんまだ乗ってないけど」

「……結城さんってだーれ? あーし、そんな人知らないー」

「ダメですよー、お姉様。今頃、うすら笑いしながら結城さんお迎え待ってますよー。マサルさん、丸山動物病院までお願いしますね」



 やや不服そうながら、ルイはそれ以上は何も言わなかった。

 なんやかんや、小柳さんの言う事は聞くんだよな。陰の支配者は案外彼女なのかもしれない。


 ポテトの匂いを充満させたヤン車は、しっかりと法定速度を守り、安全運転で病院へと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る