第33話 宇宙とヒーローと暴力と②
(ブギョ、ブギギー)
(ちょっと、豚さん。金之助さん頭打ってるから、あんまり揺らしちゃダメですよ)
(フブゴッ、ブギョブギギ?)
(何言ってるかわからないですけど、金之助さん心配するフリして、私の太もも触ったらシメ殺しますから)
意識の片隅で話し声が聞こえる。それと同時に、顔面に鈍痛を感じ目を開いた。
俺の視界に入り込んだのは、俺の顔を覗き込む豚の顔だった。
「……また、お前かよ」
「ブ、ブギブギョギョ!?」
"い、生き返った!?"みたいなリアクションとるんじゃねえよ。死んでねえから。
っていうか、前回と同じ流れで同じツッコミをさせるな。
ただ、この前と少し違うところがある。前回はフローリングのゴツゴツした固さの上に寝ていたが今回はやけに柔らかい。
ああ、そうか。待合室にあるソファで寝ているのか。それにしても頭の裏がやけに柔らかい……というか、温かい。
「金之助さん、気がつきました? 大丈夫ですか?」
覗きこんでいたマサルがどくと、その先で小柳さんが俺を見下ろしながら表情を曇らせていた。
「……よかった、小柳さん元気そうで」
「何言ってるんですか。私より自分の心配して下さい。また私……ごめんなさい」
小柳さんの目には涙がたまっていて、その水滴が一粒俺の顔に落ちてくる。
また俺を殴ってしまった罪悪感が強いのだろう。しかし、今回は意識がないようだったし、無意識下で起きたものは仕方がな……ちょっと待て。
そもそも、なんだこの状況。
なんで、小柳さんの涙が俺にかかる?
小柳さんが垂直に俺を見下ろし、俺は垂直に見上げている。何より、枕が柔らかく温かい……というか、これ枕じゃなくて太もも……
「うわああああ!?」
状況を理解した俺は飛び起きる。
「あ、金之助さん。まだ動かない方が……」
「ひ、膝! 膝枕!?」
「え……ああ、ごめんなさい。金之助さんは、男性がお好きなんですもんね。私なんかより、丸山先生に頼めばよかったですね……」
全然違う。
なんで俺のホモキャラ定着してんだよ。あのコステレ野郎どこ行った。
とりあえず、俺のファースト膝枕が丸山先生じゃなくて本当に良かった。軽いトラウマになるところだったわ。
「あ、あの。全然嫌じゃないし、むしろ嬉しいというか……いやいや、そうじゃなくて。とりあえず、これどういう状況……」
「お、金之助くん気がついたかい!」
診察室から一際大きな声をあげ出てきたのは、丸山先生だった。相変わらず陽気オーラをプンプンさせている。
その後ろについてきたのは、半べそをかいている結城さんだ。そんな結城さんの泣き腫らした瞳と目が合う。
「……チッ。目覚めたか……」
おうおう、コステレ野郎。まるで俺がこのまま目覚めないことを望んでいたような言い草だな。
起き抜けから喧嘩売ってくるじゃねえか。
「金之助くん、すまないね。本当は医者の僕がついているべきだったけど、中々結城くんがおさまらなくてね。別室であやしてたんだよ」
「あ、いえ。おかまいなく……」
いい大人があやされるなよ。
そして、コステレ。先生の後ろでこっそり中指立ててくるのやめろ。
どんだけ俺のこと嫌いなんだ。
「あの、俺小柳さんから電話きて。タダごとじゃない感じだったから助けに来たんですけど、小柳さん縄で縛られて倒れてて……もう何がなんだか」
「あー、とりあえず私が説明しますね」
そう言いながら、小柳さんはマサルを手招きする。
「ブギョ?」と、マサルは小柳さんの足元までトコトコ近づいていった。
「私、今日ここら辺の地理に慣れようとお散歩してたんです。そしたら、この病院から先生とこちらの豚さん……マサルさんが仲良さそうに出てきたんですよ。もしやマサルさんは、この病院で改造を受けた故に摩訶不思議モンスターになったのではないかと思いまして……。ここは悪の組織の基地であると踏んで病院まわりを調べてたんです」
これまたぶっ飛んだ発想だな。
マサルの摩訶不思議に対する原因究明をしたいのはわかるが、それじゃただの不審者だぞ。
「そしたら、そちらの……結城さん? が縄を持って現れ、これはマズイと逃げ出したんです。そしたら、凄い勢いで追いかけてきまして」
「……結城さんは何をしようと?」
結城さんは俺が話しかけると、あなたは嫌いですと言わんばかりに"チッ"と舌打ちしつつ、渋々話し出す。
「……病院まわりを怪しくウロウロしてたから、悪の組織の一員だと思った。……すぐにでも捕縛しなきゃウチの病院がヤられるかと思った」
なんでお前もそんなに発想がぶっ飛んでんだよ。お互い悪の組織だと思っちゃう奇跡とか起こさなくていいから。
「それで、力の限り走って逃げてたんですけど、結城さんすごい速くて追いつかれそうになったんで、触れられる前に自分の顎先はたいて脳揺らして気絶したんです」
「ちょっと意味が……?」
「私の人を傷つけない為の防衛術です。追いかけられた後に接触なんかされたら、間違いなくボコボコにしちゃうんで。でも、気絶しちゃえば殴れなくなるから……」
小柳さんは苦笑いしつつも、その瞳の奥には光はなく形容し難い表情を浮かべている。
……俺はその表情の裏にあるものを知っていた。彼女は自分の中の何かを諦めている。
変えよう、変えようと必死に自分の中でもがいてみても、どうしようもないことがあることを悟ってしまっているのだ。
では、なぜそれを俺は知っているのか。
答えは簡単だ。ずっと俺はその表情を、瞳を鏡で見てきたからだ。
あんな目に遭わせられても、なんとなく嫌いになれなかった理由がわかった。
彼女は俺に似ているんだ。
「でも、結局意識が戻りかけた時に防衛反応で金之助さんのこと殴っちゃったみたいですね。せっかく来てくれたのに……本当にごめんなさい」
「いや、俺は平気だから気にしないでくださ――」
「そもそも、私の忠告聞かないで縄ほどいたのが悪い」
会話を遮った結城さんは、俺に対して敵意を向けながら睨みつけている。
「忠告も何も、状況聞いてるのに訳分からんこと言ってただけでしょう」
「……訳わからなくない。理解できないのは、あなたがバカだから。バーカ、バーカ」
悪口が小学生レベルだな。
この人、一度敵だと認識したらネチっこく嫌がらせしてくるタイプだわ。
「そんな、ありもしないコスモなんちゃらでどーのこーの言われても理解出来るわけがないですね」
「ま、また言った……! コスモテレパシーは本当にある! あるのに……だから私、ちゃんと心配して縄ほどくなって……言っ……ひ、ひぐっ」
再度、泣き喚きスタンバイ状態に入った結城さんを見て、丸山先生は仕方がなさそうにため息をつく。
そして、父が子をあやすように軽く結城さんの頭を撫でつつ、やや困ったように話し出した。
「金之助くん。結城くんが縄をほどかないように必死に止めていたのは確かかな?」
「え……いや、まあ。確かに止められましたけど……」
「じゃあ、結城くんには本当に危険なのがわかっていたんだよ。そこだけは、理解してあげてね」
丸山先生の言っていることが、今いち理解できない。
いや……そういえばこの人初めて会った時もコステレ否定派ではなかったな。
「あ、あの。丸山先生は、その……コスモテレパシーが本当にあると思ってるんですか?」
「……まあ、コスモテレパシーうんちゃらはひとまず置いておいて。信じるか信じないかは任せるけど……」
丸山先生は少しまだ何かを迷っている様子だったが、意を決したように言葉を続けた。
「彼女ね、本当に未来視みたいなのができるんだよ」
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