第32話 宇宙とヒーローと暴力と

 結城さんは少し間を空けた後、軽くため息をつきながら話しだした。


「……宇宙の法則として、全ては繋がり決まっているもの。だから、今この状況も必然であるの。わかる?」

「いや、全然。それより彼女大丈夫ですよね? なんで縛られてるんですか?」

「……コスモテレパシーによれば、その縄は解いちゃダメ。それもまた宇宙の導き。そこから逸れることは大いなる災いが――」



 そのまま、ごちゃごちゃと結城さんのコステレ論が始まる。


 普段はヤバいレベルで口数が少ない癖に、自分の話したいことだけは饒舌になる。そんな彼女に対する俺の感情はただ一つだ。


 非常にウザい。


 まあ、それでも普段であればそういう痛々しいお方なのだろうと割り切り、スルーする方向へと舵を切れる。

 ただ、今は状況が違う。そこで倒れている彼女は知り合いである上に、こんな頼りない俺に助けを求めてくれた人物だ。

 

 今回に限ってはそんなおふざけをされていては困る。


「結城さん。もうなんでもいいけど、とりあえず彼女の縄ほどきますから」


 イラつきを覚えながら、ソファーで横になっている小柳さんに近づき縄に手を伸ばす。が、その手をか細い白い手が掴み制止した。


 目線を横にやると、結城さんが若干俯きながら必死に俺の手を掴んでいる。


「……ほどいちゃダメ」

「いやいや。理由を言ってもらわないと」

「……宇宙の導き。コスモテレパシーによる繰り返される輪廻に行動の制限が……」


 そして、また始まる。


 だが、小柳さんの身体の状態によってはすぐにでも病院へ連れて行く必要があるかもしれない。俺は内心焦っていた。

 結城さんの空気の読めなさに、さすがの俺も頭に血が登る。


「ちょっと、いい加減にしてもらえませんか! コスモだかテレパシーだか知らないけど、そんな遊びに付き合ってる状況じゃないんですよ!」


 声を荒げる俺に対し、結城さんはやや怯む。だが、聞き捨てならんと必死に声を震わせながら反論してきた。


「お……お遊び……じゃない。ほんとに、コスモテレパシーはあって……」

「だから、それはもういいです! そんなバカみたいな力ある訳ないでしょ!」

「あ……ある。あるもん……私は特別に使える……」

「ないっ!」


 俺も意地になり徹底的に否定する。

 別に何を信じようが、何を語ろうが、好きにしたらいい。ただ、物事にはTPOというものがある。それを逸脱してくるのなら、少し強い言葉でお灸を据えてやらねばなら……


「うわあああああああああん!!!」


 突然鳴り響いた絶叫にも近い叫び声。

 

 何事かとその声をあげた人物に視線をやると、結城さんは顔をグシャグシャにしながら幼児のように大粒の涙を流し泣き叫んでいた。


「うわわわああん! ホ、ホモのくせにいいいいい! ホモのくせにいいいいい!」


 俺に勝手につけた性癖を叫びながら泣き喚くのやめろ。というか、なんだこれ。

 いい大人がギャン泣きすんなよ。

 

「あ……あるも、コスモ……ある……うぎゃああああん!! ひぎ、びぎいいいいん! うぎょおおおおおおお!!」


 どんな泣き方だ。もう、怪物みてえな声あげてるじゃねえか。


 これはもうとりあえず放置だ。今優先すべきは小柳さんであり、ここでペースを乱される訳にはいかない。


 小柳さんの両手、両足に縛られている縄を不器用ながらほどきつつ、声をかける。


「小柳さん、大丈夫ですか? 俺の声聞こえま……」

「びぎゃああああ! ホモのくせにいい! ド変態のくせにいいぃぃ!」

「……声聞こえますかー? もう少しで縄ほどけま……」

「ホモおおおぉ! ボケええ、バカあああ! カスううううう!」


 ああ、うるせえ。頭ひっぱたきてえ。

 っていうか、お前そんなにでかい声出せるなら普段から出せ。ボソボソとミステリアスに話してキャラを作るな。


 そんな結城さんのことは完璧にスルーしつつ縄をほどき続けていると「んん…」と、小柳さんに少し反応がみられた。


「き、気がつきました? もう腕の縄とれますからね!」

「ん……んん」


 まだはっきりとした意識はないが、反応があるのは大きい。このまま気がついてくれればいいのだが。

 

「よし、とれた……」


 ようやく腕の縄がほどけた。ギッチギチに縛りやがって、めちゃくちゃ指痛えじゃねえか。

 よし、あとは両足の縄をほどくだ……


 ここで、異変に気づく。小柳さんの開放された上体がいつの間にか起きている。

 そして、目は開かないままだが俺に向かってファイティングポーズをとっている。


 俺はこの後必然的に起きるであろうことを瞬時に理解し、必死に声をあげた。


「ちょっ!? ちょっと、待っ……!?」


     "バキッ!"


 無意識下の小柳さんから瞬時に繰り出された右ストレートは完璧に俺の右頬を捉え、それと同時に目の前が真っ暗になる。


 ああ、またこの展開かよ。

 これも、自分がヒーローにでもなれると調子にのっていた報いだろうか。やはり。この世界には希望など持ってはならないのかもしれない。




◇◇◇


 まずは自己紹介と現状の説明をしよう。

 私は、丸山動物病院の獣医師をやっている丸山剛毅まるやまごうき

 モットーは"大抵のことは笑い飛ばす"だ。


 大柄な体格で何かと畏怖されてしまうことが多いので、医師としてなるべく明るく笑顔でいようと心がけている。


 さて、私は今日マサルさんの定期診察を終えた後ラーメンを無性に食べたくなった。

 マサルさんも、"ちょっと行っちゃう?"的なノリで誘ってきたので、予約もなくどうせ来院者など来ないだろうとマサルさんとラーメン屋に向かった。


 勿論結城くんも誘ったのだが、"お腹減ってない"とキッパリ断られた為、留守番をお任せした訳だ。この行動、判断がそもそも間違いだったのかもしれない。


 食事を終え、お腹いっぱい幸せ気分で病院に戻ってきた私の目の前にはカオスな光景が広がっていた。



 絶叫にも近い声をあげながら、大粒の涙を流し泣きじゃくる結城くん。


 鼻から血を流し、床に倒れ込んでいる金之助くん。


 両足を縄で縛られ、上体を起こしシャドーボクシングのような動きをしている見知らぬ女の子。



 なんだ、なんなんだこれは。

 意味がわからん。


 とりあえず、救急車か? 

 警察……むしろ名探偵を呼ぶか? 

 いやいや、何を言ってるんだ私は。落ち着け。


 そうだ、こんな時こそ笑いとばせ。

 このカオスな状況に飲み込まれてはいけない。ポジティブ人間、丸山をナメるなよ。


 あっはっはっは! あっはっはっは!

 はっはっは……ははっ。


 これ、笑ってる場合じゃないな。

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