第31話 人生は夢だらけ②

 なんだ、何が起きたんだ? と、とりあえず、助けに行かないと。

 丸山動物病院って言ってたよな……その近くか? 


 いや、待て待て。そもそも、あの小柳さんがあんな風に追い詰められていたのに俺なんが行って、力になるのか? 

 そ、そうだ。とりあえずルイに……


「榊くん!」


 店長の大きな呼び声に、歪んでいた視界が元に戻る。


「榊くん、電話から女性の悲鳴が聞こえたよ。……ピンチなんだね?」

「そ、そうなんです! でも、俺なんかが助けに行っても……そうだ。け、警察に……」

「榊くん。その娘は警察にでもなく、他の誰かでもなく、紛れもなく君に助けを求めたんだよ。君が行かないでどーする?」


 ……確かにルイにでも警察にでも助けを求められる中、あえて俺に連絡してきたのには理由があるのかもしれない。

 

 というよりも、頼られたのは俺だ。

 それなのに、また他の誰かの力を頼って自分は隠れるつもりだったのか? 

 

 俺の脳裏に、身体をはってルイを守ったマサルの姿がよぎる。

 

 豚だろうが、あの時のマサルは本当にカッコ良かった。あの勇姿を見て、豚だろうが、豚野郎だろうがヒーローになれる瞬間はあるのだと俺は思い知ったのだ。


「でも、店長一人に……」

「行きなさい、榊くん。お店のことは気にしなくていい。なあに、ちょっと僕が吐く血反吐の量が増えるだけさ!」


 人がその気になってるのに、なんとも微妙に嫌なこと言ってくるな。

 行かせたいのか、行かせたくないのかどっちなんだこの人は。


「話しは聞いたよ! どうやら、私の出番みたいだね!」


 スタッフ用の通用口の扉が勢いよく開くと共に、大声が響き渡る。

 今日も私は元気ですと言わんばかりの陽気オーラを纏いながら現れたのは、宮本さんであった。


「宮本さん……? 今日お休みのはずですよね?」

「なんだか胸騒ぎがしてね! 榊くん、後は私に任せて!」


 胸騒ぎでこんなタイミング良く現れるってすげえな。何この人。

 なんにせよ、これはありがたい。これで、気兼ねなく店を離れることができる。


「宮本さん……ありがとうございます! 俺、行きます!」

「榊くん、男っていうのは守るものがあるほど強くなれるんだよ! 死ぬ気で行ってきな!」


 そう言いながら肩を叩かれる。

 タイミングも、言動もカッコ良いのだが一つ気になる点がある。

 

 宮本さんの服装は明らかパジャマであり、髪の毛もボサボサだ。

 あと、めちゃくちゃ酒臭いんだけど。


「榊くん、いい? 男ってのはさ、結局ここの強さで決まるんだよ?」


 そう言いながら胸を叩かれる。

 ちょっと、あんまり近づかれると酒の臭いが……。何この人、昼間から酒飲んでたの?

 

 なんかいい事言おうとしてるけど、若者に説教したい酔っ払いオヤジみたいに見えてきた。


「あとね、男ってのはさ愛する人の……」

「と、とりあえず俺行ってきますね! よろしくお願いします!」


 ちょっと面倒臭い空気を感じとった俺は、まだ何か言いたげな顔をしている宮本さんを横目に駆け出して行く。

 店を手伝ってくれるつもりなのだろうが、あの状態のままで大丈夫なのだろうかと別の心配事が増えつつ、俺は丸山病院を目指し駆けて行った。






「いやー、榊くんが女の子の為に駆け出して行くなんて嬉しい限りだね! 店長!」

「そうだね、感慨深いよ。ところで、宮本さん。店に来た本当の目的はなんだい?」

「家でお酒飲んでたんだけど、おつまみなくなったから廃棄品でも貰おうかと思って!」

「まだ、昼間だよ。とりあえず、お店出る前に格好整えて、お水飲んで、消臭しようね」

「はーい!」



◇◇◇



 走りながら何度も小柳さんに電話をかけているのだが、繋がる様子はない。最後の悲鳴といい、只事ではないことが起きているのはわかる。

 俺は緊張と不安を胸に募らせつつ、無事である事を祈りながら必死に走り続けた。


 目的地は唯一得られた情報である丸山動物病院だ。個人的にはあまり行きたくない場所なのだが、今はそうも言っていられない。

 そこで、情報を得られなければとにかく周辺を探し回るか……。とにかく急がなければ。



 明らかな運動不足の為病院に着いた頃には脇腹が痛み、息は完璧にあがり、足は棒のようになっていた。

 相変わらず客の気配を感じず、ひっそりと陰気オーラを発しながら佇んでいる病院の玄関を開ける。

 

 空いているということは、少なくとも診察時間のはずだ。

 丸山先生に事情を話して、少しでも情報を得よう。この際、何か心当たりがあるなら結城さんでもいい。話が通じるか怪しいところだが、多少の電波発言には目を瞑ろう。


 難儀な捜索になりそうだが、例えこの身朽ち果てようと、必ず小柳さんを見つけ……



「……あら。……なに?」



 見つけ……見つけちゃいましたね、これ。



 受付がある待合室にて、いつも通りの愛想のなさMAXで出迎えてくれたのは結城さんだった。優雅に待合室のソファにて本を読まれていらっしゃる。


 そして、その横には縄に縛られつつソファで横になっている小柳さんの姿があった。

 気絶しているのか眠っているのか、起きる様子はないが、とりあえずの生存確認に胸を撫で下ろす。



「えっと……結城さん。これ、どういう状況ですか?」

「……何が?」

「いや、何がもなにも。そこで縄で縛られてるの知り合いなんですが」

「……そうなんだ」

「あの……だから、なぜこうなっているのかを聞いてるんですけど……」

「……何が?」



 ぶん殴ってもいいかな? 

 俺そんなに難しいこと言ってないだろ。なんか可哀想な人を見る目でこっち見るのとりあえずやめろ。

 意味わからんのはお前の方なんだよ。

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