第28話 この黒髪大和撫子、一騎当千だってよ④

「あの……本当にごめんなさい。暴力女だって絶対この町ではバレたくなくて、つい……」


 涙を拭いながら、小柳さんは辛辣な面持ちで話をする。比較的小柄な彼女がちょこんと正座をしながら潮らしく話す姿は、どこぞのお嬢様のようにも見える。

 先程まで拳を意気揚々と拳を振り回していた

のが嘘のようで、ただのか弱そうな女性と化している事実に俺は戸惑っていた。


「んで、しーちゃんは前の町で何かあったの?」

「し、しーちゃん?」

「名前しおりっしょ? しーちゃんじゃダメ?」

「お、お姉様がそれが呼びやすいなら……構いません……」


 そう言いながら、小柳さんは赤面する。

 とりあえず、ルイの初対面だろうがなんだろうが馴れ馴れしいのはいつものことだ。

 ただ、俺がツッコミたいのはルイのことなんでお姉様呼びしてんの? 


「あの……。私、ちょっと特殊な家の出で。小さい頃から色々な武術を叩き込まれてたんです。その上、結構極端な価値観で育てられたというか……あっ、不用意に私に触れないで下さいね。思わず手が出てしまうので」


 今いち全容は掴めないものの、色々と複雑な事情をお持ちであろうことは察せる。

 俺が初っ端ぶん殴られたのは、歩く爆弾を刺激してしまったということなのだろう。


「こんな性格……というか、体質なもので地元じゃ結構有名で。ずっと避けられて生きてきたんですけど、ちょっと大きな事件起こしちゃって……逃げるようにこの町に」

「オッケーオッケー、オールオッケー! あんま話したくないこと、話させちゃってごめんね」

「お姉様……。ごめんなさい、この町ではそんな自分の事絶対にバレたくなかったんですけど、早速彼氏さんのことぶん殴っちゃって。誤魔化しもきかなくて、パニクっちゃったみたいで……。彼氏さんも本当にごめんなさい」


 そう言いながら、小柳さんは俺に向かって深々と頭を下げる。


 ……ん? さっきから微妙に会話がおかしいと思っていたが、そういうことか。

 そりゃ、普通の思考ならそういう風に捉えるよな。


「あの、ちょっと勘違いしてるみたいですけど、俺はルイの友達です。彼氏はこの豚の方ですよ」

「あ、そうなんですか! それは失礼し……え? ……ん?」

「そうそう、金ちゃんはあーしの親友。彼氏は豚のマーくんの方!」

「ああ……えっと。ひ、人には色んなご趣味がありますもんね! い、いいと思います……」


 明らかに引いている。俺もだいぶ感覚が狂っていたが、美女ギャルがいきなり"彼氏です!"って豚を紹介し出したら、そりゃこうなるか。

 

「どちらにしても、彼氏の豚さんの方もぶん殴ったのは事実ですし。ごめんなさい……」

「あー、いいの! こいつ、金ちゃんのことダシにして女の子の家あがりこんで、口説こうとしてたクズだから! 盗聴であーし全部聞いてるし」

「……豚さんやけにブーブーしつこく鳴くと思ってたけど、私口説かれてたんですね」


 俺の感動を返せ。

 ブレなく、マサルはクズだったな。むしろ、もう清々しいくらいだわ。

 まあ、その件の処遇についてはルイに任せとけば問題ないだろう。


「えっと、金ちゃんさん?」

「あ、俺の自己紹介まだでしたね。榊 金之助です」

「あの、金之助さんも本当にすいませんでした。痛い思いさせちゃいましたよね……」


 涙を滲ませながら潮らしく謝る姿が、ただの美少女で困る。ちょっとした二重人格レベルだな。


「いやいや、さっきも言いましたけど殴られるきっかけ作ったのは俺ですよ。全然気にしないでくだ……」

「ねー、しーちゃん無理して標準語喋らなくていいからね。訛ってる方がかわいいよー」


 少しは俺にも喋らせろよ。

 なんか今日、俺に対してのスルー率高くない?

 

「いや、地元の方言で話すと素が出てしまうというか。やっぱり私、この町で変わりたいと思って出てきたので……」

「ふーん? まあ、しーちゃんがしたいようにすればいいと思うけど。ただ、友達はどんなしーちゃんでも受け止めるから。忘れないでね?」

「お、お姉様……」


 だから、顔を赤らめさせるな。

 百合展開やめい。

 

「あのさ、ルイ。小柳さんもマサルがおかしいと感じる人というか……こう、何を言ってるのかわからないタイプの人みたいなんだけど」

「ん? あー、なんか言ってたね。特殊体質でしょ。いいじゃん、金ちゃん! 仲間ができたね!」

 

 そういうことを言ってるんじゃない。

 俺は、その特殊体質について追求をしていきたいんだよ。

 なんで、マサルのことをあーだこーだ言うことに関してみんな無関心なんだ。よそはよそ、うちはうち並にキッパリしすぎだろ。

 

「いや、そうじゃなくて……」と、会話を戻そうとしたところで、小柳さんに横からツンツンと指でつつかれ、耳打ちをされた。


(違和感を感じるのが私達だけなら、ここで追求しても混乱が生まれるだけですよ。それに、自分の彼氏のことあーだこーだ言われても、お姉様も気分悪いと思いますよ?)

(いや……まあ、そうかもしれないけど。でも、このタイミングの方が……)

(……ごちゃごちゃうるさかね。お姉様に変な風に思われたくないのわからんね?)


 素が出ちゃってますね。

 さっきまで涙目で謝ってた人が出しちゃいけない殺気を一瞬感じたのですが。

 というか、キャラを統一させてくれ、こっちが戸惑うわ。


「ほほーう。金ちゃんとしーちゃん仲良しじゃん! あーし、お邪魔だったかなー?」

「と、とんでもないですお姉様! むしろ邪魔なのは……あ、いえ。何でもないです」


 俺か? 邪魔者は俺なのか? 


 なんか、この人色々と不安定すぎるだろ。

 嘘もめちゃくちゃ下手だし、人との関わり下手さが全面的に出ちゃってるな。最近、俺以上のコミュ障の登場が多くて保護者の気分だわ。


 まあ、小柳さんに関しては人生歴が関係しているのだろう……ということにして、色々と目をつぶろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る