第26話 この黒髪大和撫子、一騎当千だってよ②
(あー、ヤバ。マジヤバ。死んでなかよね? なんで私は……もう、バカバカバカバカ……)
(ブゴー。ブギョ、フブギー)
(せからしか……さっきからなんね? 無理矢理ついてきちょって……)
(ブギョ? フブギー。フゴッフゴッ)
(何言ってんのかわからんよ。なんでもいいけど、あんたミニブタの癖にあんまり可愛くなかね)
意識の片隅で話し声が聞こえる。それと同時に、顔面に鈍痛を感じ目を開いた。
俺の視界に入り込んだのは、俺の顔を覗き込む豚の顔だった。
「……あれ? マサル……?」
「い、生き返った!」
死んでねえよ。と思わずツッコんでしまったが、聞き慣れない女性の声に目を向けると、これまた見慣れない女性が体育座りをしながらこちらを見ていた。
いや、見慣れないのは確かだが見たことはある……。少しずつ記憶の整理がつき始めると同時に、女性が体勢を正座へと変えマシンガンの如く話し始めた。
「どうも、はじめまして。小柳しおりと申します。なぜこうなっているか説明させて頂きますね。私に話しかけてきた貴方様は急に意識を失い倒れたのです。どうすればよいかと思い悩みましたが、なんと幸運にも私の家が近くにあったということに気がつき、家で少し休んで頂こうかと引きずりながら運んだ次第です。いや、死んでなくてよかったです。ほんとナイスガッツです」
……嘘くせえ。目の前で知らない人がいきなり倒れたら救急車呼ぶだろ。
"知らん人が倒れた! あ、そうだ! 私の家に運ぼう!"とはならんぞ普通は。
この説明になんと返事をしようかと、少し戸惑いながら辺りを見回す。
なんだかいい匂いがする。でへへ、これが女子の部屋か……ってそんなやましい感想を持っている場合ではない。
見回すと、それほど広くはないアパートの一室といった感じである。一人暮らし用のワンルームだ。
ふと部屋の片隅にあった立て鏡に目をやると、そこには相変わらず冴えない男が映り込んでいた。
特に顔なんてひどいもので、まるで人とは思えないほどに醜く腫れ……あがって……。
なんだこの顔。いくら冴えないと言っても、こんな酷くねえぞ。さっきから感じる顔の鈍痛はこのせいかよ。
「あ、あの。この顔……」
「ああ……いや。あれですね、ほらっ! 倒れた時に顔からいきましたね! いやあ、まるで殴られた後のようですが、倒れた時のあれですね! うん、間違いないです」
嘘下手かよ。なんだそのあたふた具合は。
絵にかいたように動揺しちゃってるじゃねえか。
「でも、元はといえばあなたが悪いと思います。しつこくナンパしてきた挙句、私の手まで掴んで。そりゃあ、思わず手が出ますよね」
「……殴ったんですか?」
「……殴ってないです。何言ってるんですか?」
お前が何を言っているんだ。
小柳さんといったか、この人。もう墓穴掘るだけだから下手に話さない方がいいよ。
"ティロン"
不意に俺の携帯がなる。ポケットに入れっぱなしだった携帯を取り出し画面を見てみると、マサルからメッセージが入っていた。
『遠目から見てたけど、中々見事なコークスクリューだったぜ\(^o^)/』
\(^o^)/ じゃねえよ。久々に見たわその顔文字。
っていうか、この人しっかりひねりまで加えて殴ってるじゃねえか。女の子が高等技術入れ込んだ攻撃するなよ。
しかし、彼女の発言で一つ思い出したことがある。彼女は"ナンパ"と言っていたが、俺は確かにこの人に自分から話しかけた。その理由はマサルへの捉え方が俺と同じであった為だ。
その証拠に、マサルが頬杖をつきながら携帯を器用にイジっている様子に、明らかにドン引きしている。
「……あの、ちょっと聞きたいんですけど。この豚あなたのペットですか?」
「あー、ペットではないです。知り合いというか……」
「豚が知り合い……? この子倒れたあなたに駆け付けてきて、ブーブー鳴きながら無理矢理ついてきたんですよ」
なんだ。なぜマサルがいるのかと疑問だったが、心配してついてきてくれたのか?
自己中クズ豚野郎だと思っていたが、案外いいところもあるじゃないか。
さっきから笑いこらえながら携帯で俺の膨れ上がった顔を写メってるが、今はぶん殴らずに我慢してやろう。
「あの、おかしいですよねこの子。なんか携帯使いこなしてるし……さっきなんて路上でギター弾いてましたよ。なんですか? 妖怪の類いですか?」
「えっと……なんなのかと言われると俺もわからなくて。とりあえず今まで俺が体験したことをお話しします」
俺は小柳さんにマサルとの出会いや周りの人々の反応。丸山先生の話から妹の小春ちゃんのことまで、マサルに関する出来事の全てを一から説明した。
その間マサルは自分の話しをされているにも関わらず、さぞ暇そうに寝転びながら携帯をいじっていた。
前から思っていたが、コイツは自分の事をおかしいだのなんだの言われていても特に反応を示さない。
普通なら気分を害すなり、反論をするなり何かしらのリアクションを示しそうなものだが、
いつも"好きにせい"と言わんばかりに適当に話しを聞き流している。まるで、自分自身は特異的な存在だと認識しているかのように……
「なるほど。にわかには信じがたいですが、さっきの街の人々の様子を考えても事実なのでしょう。やっぱり妖怪か何かなんじゃないですか……?」
「妖怪だとしても、なぜ俺達だけ違和感を感じるんですかね?」
「わかりませんね。この子と直接お話ししたいですけど、言葉がわからないことには……」
「ああ、それなら携帯のメッセージ使えば人語変換されますよ。ほら、さっきなんか"見事なコークスクリューだった"なんてコイツからメッセージ入ってて。ははっ……なにか格闘技とかやられてたんですか?」
何気ない会話のつもりだった。ちょっとした世間話を会話に入れ込むなど昔の俺からしたら絶対に出来ない芸当を、ぎこちない愛想笑いと共に見事に披露したわけだ。
そして、俺はまたやらかした。彼女にとっての地雷を踏み抜いたのである。
「コークスクリュー……格闘技……。ふっ……ふふっ……な、何の話でしょう……?」
「い、嫌味とかじゃないんですよ! 殴られた理由は俺にあったわけで! ただ女性なのにすごいなあって思って……」
何やら、小柳さんの様子がおかしい。よく見ると顔から冷や汗を流しつつ、ブツブツと何か独り言を言っている。殴ったのがバレていたことがそんなにショックだったのか?
特に責めるつもりなどないのだが。
「ふっ……ふふ。目撃者がいたとね……」
そう呟きながら、小柳さんは隣で寝そべっていたマサルの後ろ足をつかんだ。
「プギッ?」
"なに?"と返事をした瞬間には、マサルの身体は既に宙に浮いていた。
そのまま下から突き上げられるように、小柳さんの放ったアッパーカットが空中に投げられたマサルの腹部に突き刺さる。
「ブホッ……」
情けない鳴き声と共に、"ぺちん"とそのままマサルは床に落下した。一目でわかる。一発KOだ。
俺は一瞬の出来事に、何が起きたか理解できずに固まった。
「……嫌。もう、あんな思いは……この町ではうまくやらんと……」
相変わらず小柳さんはブツブツ呟きながら、少しずつこちらに近づいてくる。
「あ、あの? 小柳さん……?」
「大丈夫……私は大丈夫……。今度こそは……」
次の瞬間、ものすごい勢いのストレートが俺の顔面に向かって放たれるも、手先が狂ったのかギリギリ俺の頬をかすめた。
「あ、あぶなっ!? 何を!?」
「外して悪かね……今度こそ一発で記憶をなくしてあげるけん……」
「お、落ち着いて下さい!」
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
最近ヤバい人にはよく出会っていたが、これはちょっと質が違う。コステレ野郎の話の通じなさ+ルイの凶暴性を合わせもったキングオブヤバいだ。とかなんとか言っとる場合か。
今すぐにでも逃げ出さないといけないのは分かっているのだが、うまく身体が動かない。
俺は情け無く地べたを這いずるようにして、玄関を目指し移動していく。
「だ、誰か! 助け……!」
助けを求めることが出来る人などいやしない。それはわかっていたが、声を出さずにはいられなかった。隣人でもいい、お願いだから誰か気づいてく……
"バーン!"
その瞬間、玄関の扉が勢いよく開いた。
そして、開いた扉の先に立っていた人物は、メスを構える見慣れた金髪ギャルだった。
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