第24話 その豚男は労働する②

 しかし、そんな重苦しい沈黙を破るように、"パチ……パチ……パチ"とまだらに手を打つ音が響く。

 何事かと音の鳴る方へ目を向けると、店長が涙を流しながら拍手をしていた。

 

「宮本さん……」

「……はい、店長。お赤飯ですね」

「うん。あと、お寿司とって。特上のやつ。鯛のお頭焼きとかもあったらよろしく」

「お店は?」

「今すぐ閉めていいよ。あと、クリスマス用の装飾品とかあるから飾りつけ片っ端からよろしく」

「がってん承知!」


 承知するんじゃないよ。何をめちゃくちゃな事始めようとしてるんだ。

 宮本さん、お店のシャッターおろし始めるのやめなさい。


「いやいやいや、店長。何をしようと……」

「いいかい、榊くん。私は君の上司だ。要するに私の言うことは絶対なんだよ。こんな日に仕事なんかしてられない……さあ! 宴の始まりだよ!」


 始まってたまるか。急に何を言い出してんだこの人は。

 宮本さん、折り紙のわっかを繋げたやつそこら中に飾りつけるのやめなさい。


「あ、あの宮本さんも店長のこと止めて下さいよ……。流石に営業止めちゃマズイでしょ」

「榊くん……私失礼なこと沢山言っちゃった、ごめんね。せめてもの償いとして、榊くんが立派に巣立った記念パーティーを最高のものにする事を誓うよ!」


 そんな訳わからん誓いをたてられても反応に困る。

 どっちも全く人の話聞きそうにないし……

 この人達こんなにぶっ飛んでる人種だったっけ? やばい人間にジョブチェンジするの最近流行ってるの?


 店長は段々と飾られていく店内を見ながら、まだ涙を流している。


「あの榊くんがこんなに立派になって……こんな日が来るなんて……うっ……くうう……うえっふ……ううううぅ……」


 やべえ、マジ泣きだ。普通にバイトに来ただけなのに、なんで中年男性のマジ泣きを見るハメになってるんだ。

 宮本さんがそんな店長に駆け寄って頭をポンポン叩きながら声をかけている。


「わかります、わかりますよ店長。初めて会った時なんて、"……あの" "……はい" "デュフッ"しか喋らないから、この子色々と大丈夫かなって思ってたし、正直気持ち悪いなとも思ってたし、出来るだけシフト被らないといいなとも思ってたけど、こんな立派に物事を言えるようになるなんて……! 私、感動しました!」


 自分の事は何とでも言ってもいいとは確かに言ったが、やっぱりちょっと傷つくから配慮してくれ。あなた飾らない人っていうより、ただの失言王じゃねえか。


 そんな宮本さんと目が合うと、今度はこちらに駆け寄ってきて顔を近づけてきた。

 いくら一段階成長を遂げ、金之助・改にバージョンアップしたとしても童貞は童貞だ。顔を真っ赤にする俺に、宮本さんはそっと耳打ちをした。


「……店長ね、君を連れてくる前からみんなに"不器用だけど、悪い子ではないから仲良くして欲しい"って頭下げて回ってたんだ。店長の気持ち汲んであげてね」


 ……本当にあの人には一生頭があがらないな。

 何を色々とくすぶっていたんだろうか。少し視界が開けた気がする。

 宮本さんしかり、バイトの人達も俺の事を苦手だとは感じながらもそっと見守っていてくれたのかもしれない。

 よく考えてみると、この職場で悪口を言われたり、イジメをうけたりは一切なかった。


 世界を歪んだ目で見る前に、まずは変なフィルターを外してもっと素直に見渡してみるべきだったのだ。

 思った以上に自分の周りには優しさが溢れているのに、そこに気づこうとしないのは傲慢だ。

 今はその優しさを少し信じてみよう。


「……さ、最高の宴にしましょう!」

「お、いいね榊くん! 人生にはそういうノリも大事だよ! ほらっ、店長もいつまでも泣いてないで飾りつけ手伝って!」


 その後季節外れのクリスマス装飾に囲まれながら、俺達は力の限り飲み食いし、騒ぎ散らかした。……30分だけ。


 というのも、どうやら商品の納品に来たトラックの兄ちゃんが店が閉まっていて納品できなかった事を本部に連絡したらしい。

 宴の途中鬼のように電話が鳴っていたようだが、テンションが上がりすぎて誰も気にもとめなかったようだ。

 何事かと駆けつけてきた本部のお偉いさんの手によって、俺達の楽園(パラダイス)は閉鎖されたのであった。

 

 調子をこいて腹踊りをし始めた店長がお偉いさんと出くわした時の顔を、俺は一生忘れないだろう。

 こうしてまた一つ、青春の思い出が増えたことにしておこう。

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