第23話 その豚男は労働する
「おはようございます」
「おや、おはよう榊くん」
ニコニコと人の良さそうなオーラを発しながらも、目の下に濃いクマを浮かべている中年のこの男性がウチのコンビニの店長である。
この人は朝だろうが夜だろうがいつも店にいて、血反吐を吐きそうになりながら何かしらの仕事をしている。
いわゆる俺の命の恩人であり人として最も信頼している人物なのだが、いつ過労死するものかと内心ヒヤヒヤものだ。
たまには帰ってゆっくり休んでほしいと伝えた事があったが、"榊くん。知ってる? 上司がカラスは白いと言ったら、白いんだよ" と生気を失った目で語られた。
もうこの人は引き返す事ができないのだと悟ってからは、せめてもの恩返しとしてなるべくシフトを増やすようにしている。
「おっはよーございまーす! お、店長! 今日も目のクマの濃さに反して髪は薄いね!」
「あはは、宮本さんは今日も元気だね」
一際大きな声で失礼な挨拶をナチュラルにかまし、俺より時間ギリギリに登場した女の子。
俺と同様にこのコンビニのバイトであり、名字は宮本さん。下の名前はわからん。
今風の茶髪のボブカットに、愛嬌のある声と笑顔。かといって飾らずバッサリとした性格の為、同性にも異性にも人気なのだろう。人との関わりというものに自信がみなぎっていて、ある意味俺とは正反対だ。
バイト歴としては俺より先輩だが、新人の頃に何度か教えてもらった程度で、一緒に仕事をする事はなかった。シフトの時間帯的にあまり被らないのだろう。
久々の対面に俺は若干緊張していた。
「そりゃもう元気に楽しくがモットーですから! さあ、今日のエンジョイワークを共にしてくれるハッピーな相方は誰かにゃー!?」
「あの、おはようございます」
「……あ、ああ。榊くんか。久しぶりだね……」
ああ、懐かしいなこの感じ。
最近周りの人達がぶっ飛んだ人ばっかりだったから忘れていたが、俺は本来この立ち位置よ。
多分悪い人ではないのだろう。ただ、飾らなすぎて"ちょっとこの人苦手なんだよな……"って思いっきり顔に出ちゃってるよ宮本さん。
どんなコミュ力お化けだろうと、俺の陰気オーラにはなす術なしか……。
ククッ、最強とは孤独なものよ。
「宮本さんはともかく、榊くんがギリギリ出勤なんて珍しいね。何かあったのかい?」
「いや、友達とファミレスで喋ってたら遅くなっちゃって……」
「んな!?」 「んな!?」
店長と宮本さんがハモった。
身体に電流が走ったかのような、ややオーバーなリアクションをかましている。
「宮本さん、今のは……幻聴?」
「いえ、違います店長。私も確かに聞きました」
「じゃ……じゃあ、榊くんは……」
「待って店長! まだ、涙を流すには早い! 私に任せて!」
宮本さんは切羽詰まったような表情を浮かべながら、俺に諭すようにして語りかけてきた。
「榊くん……いい? 友達っていうのはお金を渡して一緒にいてくれる人の事をいうんじゃないからね?」
「いや……別に渡してないですよ……」
思いっきり失礼な質問だな。店長は店長で、なんか後ろでソワソワしてるし。
「じゃあ、なんかそのお友達に変な団体とかに誘われたりしてない? それか、怪しいお水売られたりとか」
「……さ、されてないです」
「店長グレーです! 今確実に動揺し、目線を逸らしました!」
なんだこの人、プロの尋問官かよ。
ついマサルを思い出し、怪しい水に反応してしまった。こうして冤罪というものは生まれていくのだろうか。
というか、そんなに俺に友達いちゃだめなの?
「いや……その……」
「榊くん、人の事を道具としてしか見ていない極悪人って存在するんだからね。心当たりないかよく考えてみて」
「あの……」
「ねえ、その友達女の人だったりしない? 異性であることを利用して騙してくる詐欺師とかもいるんだよ!」
……ムカつく。
悪口や、陰口。自分の事を非難されるというのはもう慣れている。正直今更何をどう言われようとそこまで気にしない。
ただ、これは違う。俺のことじゃない。
何も知らないくせにルイのことを勝手に疑って否定している。確かにイカれているが、ルイはそんな人間じゃない。
自分の心の中にフツフツと怒りが湧いてくるのを感じた。ただ、それは宮本さんに対してじゃない。自分に対してだ。
俺がバカにされルイが怒り狂ったあの時、俺がマサルにバレるからと止めに入ると"そんな事より、もっと大事なことをしている"と言い放った。自分のことより、友達を守ることを優先したんだ。
しかし、今の俺はどうだ?
言いたい放題言われても何も言えずどもるだけ。普段のキャラから脱却できず、人間関係に怯え、動き出せない自分自身に怒りを覚えながらまた自分を嫌いになる。
……違うだろ、いい加減にしろ。俺がしなければいけないのは、あの時の言葉を裏切らないことだ。
親友として胸をはってみろよ、金之助。
「宮本さん、ほらっ。榊くんも困ってるからほどほどに……」
「い、いい加減にしてもらえませんか!」
フォローに入った店長の言葉を遮るように、気がつくと大声を出していた。
聞いたこともない俺の感情のこもった声に、店長も宮本さんも目を丸くしている。
陰キャ特有の急にキレるやばいヤツとか、この後の仕事の空気とか、余計なワードが頭をよぎる。
ただ、今はそんなことより大事なことをやっているんだ。邪魔をするな。
「……心配してくれているのはわかります。ただ、俺は頭は悪いけどバカじゃない。それどころか、人に対しては臆病な程に慎重です。そんな俺に、胸張って友達だと言える人ができたんです。俺のことは何と言ってもらおうと別に構いませんけど、これ以上友達のことを言うのはやめてもらえませんか」
空気が凍るとはこういう事を言うのだろう。誰もが身動きできず、気まずい時間が流れた。
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